『高堂巓古 Officia Blog』 -52ページ目

礼賛四十八手 その十

photo.JPG 渋き谷、渋谷。私にはどこが渋いのかまったくわからず、昔からこの地が苦手で仕方がないのだけれども、これまた不可思議なことに大概、物事のはじまりは渋谷からはじまる。したがって、渋谷で時を過ごさなければならないときも多い。そんなとき、私はやや空に逃げることにしている。駅から直結しているエスタシオンなる五階のカフェにはいり、渋谷を少し俯瞰することで、街を許すことにしているのだ。とはいえ、


ここのカレーには渋い美味さがある


 とおもう。ホテルのラウンジ階にあることからもわかるように、値段は安くはない。したがって、一杯千円の珈琲を飲むよりは、なんら氣どりのないカレーを食べたほうがよい氣がする。なんら衒いなきカレー。なかなかありそうでない。カウンターに坐って銀座線を眺めているとよくわかるが、渋谷界隈というのは、かなり凹んでいる。隣の表参道までで完全に地下になるというのに、始発の渋谷駅ではビルの二階を悠々と走っているのだから、おそろしい落差である。この凹みへと流れる氣に乗って、多くの方々が渋谷で群れやすいようになっているのかもしれない。そして、行き場を失った氣がよどむのだろう。五階からカレーを食べていて、あゝ、この黒いルーのようになりたいとおもう。別に、味がよいとか、香りが素晴らしいとかいう理由からではない。なんとなくここのルーに孤独さを感じるのだ。孤独を失い、生活に堕した男ほど惨めなものはないのではなかろうか。渋谷の黒カレーには孤独なダンディズムがある。