『高堂巓古 Officia Blog』 -56ページ目

教育四十八手 その十八

photo 5.JPGphoto 5.JPG 立花大敬の著書に、人は器が割れた破片だという視点がある。破片はそれぞれ形が異なるから、大概、ぴったりとあわない。しかし、なかに異なる破片がはいれば、三者三様がひとつの景色となり、やがてはもとの器にもどることができるという話であったと記憶している。先ほどのホームルームでは、生徒たちに若手作家がつくった白磁のグラスを見せていた。


いかにこの白磁がたしかで、作家の想いがこめられているか。


そのようなことを素人ながらに伝え、そして、白磁を割った。教壇のうえで無残に散った破片をふたつみっつ拾い、上の大敬話を少しした。たしかに物理的な白磁は毀れたが、これだけのことで、生徒の心には白磁が残る。そう、白磁は心がつくるものである。嗚呼、俺の白磁。。。(涙)