『高堂巓古 Officia Blog』 -49ページ目

弱き四十八手 その十五

photo 3.JPGphoto 3.JPG 完全無欠の男が歩むサクセスストーリーを読みたくて、小説を手にとる人は皆無であろう。例えば、作家の乙一はプロットを四章仕立てにし、第二章と第三章のあいだに主人公をえぐるような問題を置くようにされているそうだ。それも突発的な事故とかではなく、場合によっては主人公のトラウマをもえぐる問題が折り返し地点で起こるわけである。このような物語回路は赤ん坊のときに構築されていると云われている。しかし、どうしてこのような英雄伝的ストーリーばかりが原型になるのだろうか。


私はこれを利きの差から生じているのだと考える。


例えば、左右には手にも眼にも肺にも利きというのがあるけれども、利きがあるということは、そこに強弱が必然的にでてくる。左右においてフラジャイルなほうが英雄に憧れてもおかしくはあるまい。だから、物語は必ず利きでない脳から誕生するのだとおもう。いい物語というのは、等しく不器用な脳からの嘆きなのである。