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薬師寺や平城旧跡を望む城跡からの眺め

↑平山城ではありますが、天守台の上からは周囲が一望でき、薬師寺や平城旧跡(以上写真)の他、大仏殿や興福寺なども見ることができます。写真は拡大してあります。

 

天守台から大和郡山周辺を一望

 

 

郡山城天守台石垣と橙色の飾り

 

天守台の上へは、天守台石垣の東側に階段があって、登ることができます。

 

郡山城天守台からの眺め、薬師寺や街並み

 

郡山城の天守閣は現存せず、絵図すら残っていませんので、その姿を想像することもできません。残念ではありますが、標高差20mとされる天守台からは、周囲が一望でき、時は流れていても秀長と同じように景色を見ているのかなという気になれます。

 

写真は、東方向を望んだもの。眼下に先ほどまで通ってきた屋外カフェや旧県立図書館、多門櫓・追手門向櫓などが見えます。隠れていて見えませんが、近鉄線より東の一帯が三の丸になります。山並みの左方、茶色の部分が若草山で、その近くに大仏殿や興福寺が見えます。

 

郡山城天守台からの眺め 薬師寺・平城旧跡

 

こちらの写真は、冒頭と同じく北方向を撮影したもの。トリミングなどしないとこんな感じに見えます。遠方になりますが、正面に薬師寺や平城旧跡が見えます。

 

郡山城の石垣と堀、遠景

郡山城天守台から平城旧跡や薬師寺を望む

 

ちなみに、二の丸は本丸の南と西に広がっています。写真は極楽橋から南方を向いて撮ったもの。先の方に天体観測ドームが写っているところから二の丸内にある県立郡山高校の校舎とみられます。もう1枚は、柳澤神社手前から南西方向を撮ったものです。

 

郡山城の巨木と鎮守の社

 

天守台から見下ろした柳澤神社。この先の極楽橋を通らず戻ることにします。

 

郡山城の古門と石垣

 

南端の竹林橋を渡ると本丸を出てしまいますので、手前で左に折れ、ここをくぐり抜けて内堀の途切れた縁に出て、そこを伝って極楽橋近くの柳澤文庫に向かいます。

 

柳澤文庫の建物と案内板

 

柳澤文庫は、郡山藩旧藩主である柳澤家から寄贈された歴代藩主の書画や郡山藩の資料など古文書、古典籍の他、地域に関連する書籍を多数所蔵する地方史誌専門図書館だそうです。

 

これで本丸内は一巡できたので、追手門外に直接出ることのできる坂道をくだり、帰途に就くことにします。

 

ぶらり歩きの道順

 

郡山城跡のルート案内図

a:追手門付近 b:城址会館(旧県立図書館) c:柳澤神社 d:天守台 e:柳澤文庫

 

何もこの道順で歩けと言いたいわけではありません。あくまでも撮影写真の位置関係の確認のため。

 

郡山城跡と近鉄特急

↑郡山城の中堀に沿って走る近鉄特急。追手東隅櫓・東多門櫓が見えます。ちょっとピンボケ!写真のセンスもなくてすみません。

 

 

NHK大河ドラマ「豊臣兄弟」で脚光

 

NHKの大河ドラマ「豊臣兄弟」がいよいよ「本能寺の変」となりました。以前撮っていた郡山城跡の写真の出し時です。郡山城というのは奈良県大和郡山市にあった城。他にも、広島県安芸市吉田の郡山城が毛利氏の城として有名ですが、こちらは、豊臣秀長が天正13年(1585年)に城主となり、豊臣政権の畿内統治の拠点として大規模に整備したもの。3重の堀がめぐらされ、東西1.6㎞、南北1.5㎞、外堀の総延長が約6㎞といわれます。

 

中堀に沿って近鉄線が走っています。郡山城跡の最寄りの駅は、近鉄橿原線郡山駅です。冒頭の写真は、追手東隅櫓・東多門櫓の前を走る近鉄特急。

 

郡山城跡の石垣と水面

 

鉄御門跡を曲がって本丸に入ると、堀と石垣が現れます。

 

郡山城跡 追手東隅櫓と近鉄特急郡山城跡、追手東隅櫓と東多門櫓

 

右手前方(北の方角)を望むと、堀の先に櫓が見えます。追手門向櫓です。その後ろから一部をのぞかせているのが追手門。そちらに向かいます。

 

郡山城の追手東隅櫓と多門櫓

 

追手門向櫓と追手門の間に見えてきたのが、多門櫓です。

 

郡山城跡 追手東隅櫓・東多門櫓

 

気が付くと、右手にも櫓がありました。冒頭の写真にあった追手東隅櫓ですね。

 

郡山城 追手門と東隅櫓

 

追手門まで来ました。左右に大きな盆梅があります。門をくぐると、道は左折、坂になっています。

 

郡山城跡の建物と提灯

 

坂を登り切ると右手後にお城らしからぬ建物が建っています。それもそのはず、奈良市から旧県立図書館を移築し、現在は城址快感として利用されているもの。日露戦争の戦勝記念として奈良公園内に建てられたものだったとあって、和風な外観の洋風建築が明治な雰囲気を醸し出しています。とくに、今の建物では見かけることがない窓の装飾は素敵です。

 

郡山城天守台と石垣

 

元来た道を先に進むと、内堀を挟んで天守台の石垣が見えます。

 

郡山城跡の追手東隅櫓と東多門櫓

 

元来た道を左手にとると、内堀側にパラソル仕立ての屋外カフェがあり、反対側は多門櫓の裏となります。

 

郡山城の極楽橋と石垣

 

内堀に架かる橋にやってきました。なんで極楽橋というか知りませんが、天守曲輪に渡りましょう。

 

郡山城跡の柳澤神社と木々

 

天守曲輪には神社がありました。柳澤神社です。徳川綱吉の側用人で大老格まで務め、赤穂浪士を切腹させたことでも有名な柳澤吉保と、その子であり郡山藩主の吉里をしのんで、旧郡山藩士らが明治13年(1880年)に創建したもの。

 

神社の北側に天守台が見えます。神社の西側を通って天守台に向かいます。

 

郡山城跡の石垣と見学客郡山城跡の逆さ地蔵と石垣

 

天守台を北側に回り込むと、石垣の中に足を上に頭から斜めに差し込まれた「逆さ地蔵」をみることができます。写真では、小さな四角部分にある地蔵様の顔の部分を拡大し、露光もいじり見やすくしたものを添付しました。

 

築城の際、石垣に使う石が足りず、領内の寺の地蔵や墓石、平城旧跡から礎石まで持ってきたのだそうです。豊臣時代の石垣がそのままみられるのは貴重なようです。

 

今回はここまで。天守台にのぼるのは次回に回します。

 

プランターの丸ナスと紫の花プランターで育つキュウリの画像

↑プランターで育った丸ナス、キュウリ

 

 

我が家に実のなるものが増えた

 

日銀が金利を引き上げても円安は収まらず、政府も打つ手がないのか1ドル162円台に突入しようかという有り様。物価の高騰に止まる気配は見られません。株価は記録的な値上がりしているといっても、所詮庶民のもつわずかばかりの株ではたかが知れています。

 

ささやかな抵抗だと言って、妻が買ってきたナスとキュウリの苗が、種の場合とは違って十分な水やりのかいあって暑さの中でも無事生長し、この度実が生りました。

 

長ナスが実をつけた様子プランターで育つ丸ナス

↑長ナス、水ナス

 

最初に収穫できたのは丸ナスでしたが、次の実がなるのはなかなか時間がかかるもので、長ナス、水ナスはようやく実が大きくなりだしたばかり。一方、キュウリは生長が早く、毎日のように新鮮な野菜が食べられるというのはありがたいことです。

 

プランター菜園といえども、馬鹿にできません。ただし、土代や水やりなどの費用を考えれば、採算がとれるのか甚だ心もとないところです。

 

柿熟したマルベリーと葉木瓜の若実、庭に実る食べ物

↑富有柿、梅、木瓜

 

食べれるものが生る庭というのは、うれしいものです。我が家では富有柿を筆頭に、梅、木瓜、ブドウ、ブルーベリーが今実をつけています。マルベリーは少し前に実をつけていましたが、終わりました。残念ながらイチゴは雑草に駆逐されてしまったようです。今回これにはじめて野菜が加わることになりました。

 

プランターで育つ未熟な緑色のブドウブルーベリーの実が鈴なりマルベリーの実、葉、枝

↑ブドウ、ブルーベリー、マルベリー