シューマンの幻想交響曲論がいつ発表されたのかは、

村山則子『ベルリオーズ ドラマと音楽』

(作品社2024年 pp.152-153)に載っていた。

 

それは1835年8月4日、7日、11日、14日に

『新音楽時報』に「ある芸術家の」生涯のエピソード」

として発表されたものだった。
 

さて、シューマンは

「リストはベルリオーズのその後の交響曲

(この幻想交響曲の続編たる挿楽劇)への序奏として、

最近パリでこれ(harico rougeの注:ピアノ編曲版『幻想交響曲』)

を演奏した。」と書いていた

(シューマン『音楽と音楽家』岩波文庫 1958年 pp.70-71)。

リストがピアノ編曲版『幻想交響曲』を演奏した後に

『レリオ』が演奏された、と解釈できる。

そのような演奏会があったのだろうか。

ベルリオーズの『往復書簡集 Ⅱ』の年譜(p.217)によると、

1835年5月3日にパリ音楽院ホールで、

ベルリオーズのための演奏会が開催され、

『幻想交響曲』と『レリオ』が演奏されたが、

大失敗だった、となっている。
 

フランツ・リスト、マリー・ダグー『往復書簡集』の年譜(115頁 )を見ると、

このコンサートにリストは参加しているが、

モシュレスの(ピアノとオーケストラのための)

『アレクサンドルの行進に基づくブラヴーラのソロ』

を演奏した、となっている。

 

その少し前、4月9日には

「リストは市役所で事前演奏会を開く。

リストはベートーヴェンの『月光ソナタ』と

『ベルリオーズの「レリオ」の主題に基づく大幻想曲』

(sa)Grande Fantaisie symphonique sur les thèmes du 《Lélio》de Berliozの

ピアノのパートを担当した」となっている*。

*「彼の(sa)」が作品名の前についているので、リストの曲。

de Berliozのままだとベルリオーズの曲になってしまう。イタリックにすべきところ。

 

一方、セルジュ・ギュートの『リスト』では4月9日にリストは

『月光ソナタ』と『ベルリオーズの「レリオ」のテーマに基づく交響的ファンタジー』を演奏した、となっている

(Serge Gut, Liszt, L'Age d'Homm, p.115)。

 

福田弥『リスト』(音楽之友社)の作品目録には

『ベルリオーズの「レリオ」の主題に基づく交響的ファンタジー』は

1834年完成の作品番号H1として、

ピアノと管弦楽による協奏的作品という

項目中に記載されている(p.40)。

 

ベルリオーズ『往復書簡集 Ⅱ』の年譜(p.217)では

「プログラムには『レリオ』の『漁師の歌』。

リストはこの曲と『山賊の歌』に基づく幻想曲を演奏する」となっている。

確かに、リストの『ベルリオーズの「レリオ」の主題に基づく大幻想曲』は

『レリオ』の1曲目『漁師の歌』と3曲目『山賊の歌』の主題に基づく

ピアノとオーケストラによる協奏的作品である。

リストの曲の前にオーケストラと合唱による『山賊の歌』が演奏された、と理解できる。
 

リストが演奏したのはピアノ編曲版『幻想交響曲』ではなく

『ベルリオーズの「レリオ」の主題に基づく交響的ファンタジー』だったが、

シューマンには誤って伝えられたのだろう。

リストの演奏記録を見つけるたびに気をつけているのだが、

ピアノ版『幻想交響曲』のうち一部を演奏することはあっても、

全曲演奏した記録はみつけられていない。

演奏会で50分ほどの長大な曲をピアノ一台で聴かせるのは

至難のわざであり、現実的ではない。

現代でも演奏会で『幻想交響曲』全曲演奏にチャレンジする

ピアニストは少なそうだ。

ネットで調べると、アレクサンドル・メルニコフが

2022年11月5日、トッパンホールで

ドビュッシー『前奏曲集第2集』全⒓曲、リスト編『幻想交響曲』という、

だいじょうぶか?というプログラムで演奏会、

というのが見つかった。

『前奏曲集第2集』だけでも、

ドビュッシーといえば『月の光』でしょ、という観客を

鼻白ませるに充分だったろうに。

コロナにめげず演奏会は実施できたのかな。
 

妄想を逞しくすると、『レリオ』の楽曲をすべてピアノ編曲すれば、

ピアニスト、テノール、バリトン、合唱団、語り手で

『幻想交響曲』+『レリオ』の演奏会が開ける。

 

(歌曲を別にすると)ピアノ曲が書けなくて

徹頭徹尾オーケストラの人だったベルリオーズと、

対極的にピアノから初めて、オーケストラの大曲へと進んで行ったリスト。

 

演奏は人任せにするしかなくてしばしば苦しんだベルリオーズと

ピアノなら何でもできてしまうリスト。

一台のピアノで100人のオーケストラに対抗できる

くらいのピアノ版『幻想交響曲』を作ろうとしたピアニストの視点から、

徹底的にアンチ・ベルリオーズ化したベルリオーズの演奏会を

試みてみるのも面白いのではないかと思う。

『ベルリオーズの「レリオ」の主題に基づく交響的ファンタジー』は、

CDラックの中から見つかった。

ブリリアントから『リスト ピアノとオーケストラのための作品集』

という4枚組のボックスセット(輸入盤)のCD3に

GRAND FANTASIE SYMPHONIQUE on Lelio of Hector Berlioz

というタイトルで収録されている。

 

 

 

 

一枚だけでも中古で購入可なので興味のある方は一聴を。