今日は月に一度の全体朝礼。かつてはその準備に深夜までかかっていたり、どうやったらうまくみんなに伝えることができるかプレッシャーで胃が痛いと感じたりしていたことをふと思い出した。

月の初め、自分の言葉一つでその月の出来が変わる、という感じで気負っていた。きっと会社を「一人で背負っている」的な勝手な思いを持っていたと思う。

今はある程度分担してもらうようになり、特別な準備はほとんどしなくなった。楽なったようにも思うが、あれこれ事前に考えていたシナリオを間違えなく実行することに必死だった時より、会議に集中して、会議の展開に合わせて柔軟に対応するようになったと思う

かつての必死さは独りよがりな部分があり、また余裕がなくて空回りしていたのかなぁと感慨深く思い出される。

慣れたから、といえばそれまでだが、うまく行かないなりにも必死で毎回やっていることで、自分のキャパを拡げることができたけっかではないかと思う。もがきながら格好悪く一生懸命やることは無駄じゃぁないというわけだ。

しかしそういった苦労に耐えて頑張ることを可能にするのは、未来への希望や確信にちがいない。自分はずっと自分の成功、会社の発展を疑わずに信じている。絶対にうまくいくと思っている。だから辛抱強くやれる。

従業員さんが粘り強く頑張れるようにするためには、彼等が未来に対してビジョンを明確にイメージ出来なければならない。経営者の責任は、従業員さんに明るい未来図を見せること。それをせずに、ただ頑張れ、しっかりやれっていっても、人を動かすことはできない。

いかに従業員のみんなに将来ビジョンを伝えることができているのか。まだまだ不足しているに違いない。来月はその辺に留意して全体朝礼に望みたい。
経営数字が把握できていない状態をかいぜんしよ、数字が見えるようにしようと取り組んだシステム開発が6年前のこと。導入した時はその電算システムが経営をの質を一気に高めるものと期待していた。

ところが蓋を開けて見れば期待していたメニューが期待通りに動かない。表示されたものが正しいのか確証が持てない。沢山の修正を求めたところ、委託先のシステム会社の対応が悪く、しまいにはその会社は経営不振で頼れる状態でなくなってしまった。安く受託してもらった結果、最悪の自体に陥ってしまった。

幸いにも基本業務については何とか運用でカバーすることができ、また後を引き継いでくれる別のシステム会社が見つかった。これは本当にラッキーで、そうじゃなかったら今頃とんでもないことになったと思う。
ただ、引き継いでくれたとはいっても、システムについて当初抱いていた期待通りにはお金がかかりすぎるので断念せざるを得ないことが多かった。

幸運だったのはこのシステムがオープンシステムで、ソースデータを自由に見ることができたということだった。

出来上がったシステムをハイと渡してくれることが望めなくなったことで、なんとかしようとソースデータをみて研究し、ほしいデータを抽出できるようになって行った。まさに必要は成功の母である

しかし時間がかかった。金をカケナイヨウにするのだから当然といえば当然だが、試行錯誤、トライ&エラーの数はハンパない。そういうやり方でこの5年間徐々に精度を上げてきた。

そして今日、やはり長らく正しい算出に苦労していた仕入換算の計算に巧妙が見え、具体的な改善策をしることができた。何をやれば良いかがわかればあとはこっちの物。ドンドンよくするぞ、みんなありがとう!
酒類の市場縮小を見越し取り組んだ旗艦店の業態変更。それ以来今年の11月で満5年を迎える。早いなぁ。

業態変更当初は自分の気合いばっかり空回りして、従業員さんに迷惑をかけてばっかりだった。5年近くたとうという今、自分は成長したのかなと考えると、まだまだだなぁ、胸張れる成果残していないなぁ

自分が具体的な指示をすること、そして現場に信頼して任せることの兼ね合いが大切なんだと思う。けど僕の場合はつい言いすぎてしまうキライがある。それも一度に沢山。さらに朝令暮改も多い。「言いたい」という欲求を抑えることが出来ないんだ。部下を信頼して任せるより、自分の欲求を優先してしまっている。そういったこと、5年前からの成長がまだまだ足りない。

この5年間変わらず一緒に働いてくれている社員さんに心から感謝したい。一方で僕の元を去って行ってしまった人達へ、もっと良くしくしてあげれたら良かったと悔やむことが多い。

ここ1年余り社員さんの離職率はゼロ。離職率が低いことが必ずしも優れた経営を意味するわけでは無いが、以前よりは安心して働ける環境になってきたのかなと少しばかり安堵を覚える。けれど、就業環境の改善がなされつつあるなかで思う。環境整備よりも大切なものが「従業員さんに対する深い愛情」なんだ、それがもっと必要ではないかと。

愛情は度量の大きさそのものなんだと思う。度量の大きさは我欲を忘れること。稲盛塾長に利他の心を教わっていても、頭でしか理解できていない。血肉化が必要だ。雑誌致知にあった。食べること、飲むことに汚くてはいけない、節制しなければならない。そんなこと酒屋に入るときには思いも寄らなかった。食べること、飲むことが好きでこの道を選んだようなものなのに。

こんな自分に大きな度量が備わることはまだまだ道のりは険しそう。けど「心に描いた通りになる」 本日のフィロソフィの通りだ 未来を信じて前向きに頑張ります。