今日は月に一度の全体朝礼。かつてはその準備に深夜までかかっていたり、どうやったらうまくみんなに伝えることができるかプレッシャーで胃が痛いと感じたりしていたことをふと思い出した。
月の初め、自分の言葉一つでその月の出来が変わる、という感じで気負っていた。きっと会社を「一人で背負っている」的な勝手な思いを持っていたと思う。
今はある程度分担してもらうようになり、特別な準備はほとんどしなくなった。楽なったようにも思うが、あれこれ事前に考えていたシナリオを間違えなく実行することに必死だった時より、会議に集中して、会議の展開に合わせて柔軟に対応するようになったと思う
かつての必死さは独りよがりな部分があり、また余裕がなくて空回りしていたのかなぁと感慨深く思い出される。
慣れたから、といえばそれまでだが、うまく行かないなりにも必死で毎回やっていることで、自分のキャパを拡げることができたけっかではないかと思う。もがきながら格好悪く一生懸命やることは無駄じゃぁないというわけだ。
しかしそういった苦労に耐えて頑張ることを可能にするのは、未来への希望や確信にちがいない。自分はずっと自分の成功、会社の発展を疑わずに信じている。絶対にうまくいくと思っている。だから辛抱強くやれる。
従業員さんが粘り強く頑張れるようにするためには、彼等が未来に対してビジョンを明確にイメージ出来なければならない。経営者の責任は、従業員さんに明るい未来図を見せること。それをせずに、ただ頑張れ、しっかりやれっていっても、人を動かすことはできない。
いかに従業員のみんなに将来ビジョンを伝えることができているのか。まだまだ不足しているに違いない。来月はその辺に留意して全体朝礼に望みたい。
月の初め、自分の言葉一つでその月の出来が変わる、という感じで気負っていた。きっと会社を「一人で背負っている」的な勝手な思いを持っていたと思う。
今はある程度分担してもらうようになり、特別な準備はほとんどしなくなった。楽なったようにも思うが、あれこれ事前に考えていたシナリオを間違えなく実行することに必死だった時より、会議に集中して、会議の展開に合わせて柔軟に対応するようになったと思う
かつての必死さは独りよがりな部分があり、また余裕がなくて空回りしていたのかなぁと感慨深く思い出される。
慣れたから、といえばそれまでだが、うまく行かないなりにも必死で毎回やっていることで、自分のキャパを拡げることができたけっかではないかと思う。もがきながら格好悪く一生懸命やることは無駄じゃぁないというわけだ。
しかしそういった苦労に耐えて頑張ることを可能にするのは、未来への希望や確信にちがいない。自分はずっと自分の成功、会社の発展を疑わずに信じている。絶対にうまくいくと思っている。だから辛抱強くやれる。
従業員さんが粘り強く頑張れるようにするためには、彼等が未来に対してビジョンを明確にイメージ出来なければならない。経営者の責任は、従業員さんに明るい未来図を見せること。それをせずに、ただ頑張れ、しっかりやれっていっても、人を動かすことはできない。
いかに従業員のみんなに将来ビジョンを伝えることができているのか。まだまだ不足しているに違いない。来月はその辺に留意して全体朝礼に望みたい。