ゆうべ、親父が「大事件や!」と騒いでいるので、なんじゃろなと思ってテレビを見たら、福田首相が辞めると。いや私自身は、全く、大ニュースに思えなくて逆にビックリしました(^^;

 まあ、このニュースのおかげで太田農相の問題だけはウヤムヤにできそうですが。


 元々、安倍元首相が辞めた時、次のはどうせ短命のつなぎ総理なんだから潰れてもどうってことない人にしとけとか、そんな話があったように思いますが、しかしさらにその次の人は違うぞ、そっちが本命だぞと言う含みがあったはずです。
 ところが今になってみて、福田は本当にその通りになりましたが、しかしその次の人に関しても、どうせ短命のつなぎ総理なんだから・・・と言えたりしないでしょうか。もういろんな意味で、何にもかわっとらん。


 しっかし辞任に当たってのスピーチで、ねじれ国会がどうとか、重要な問題が顕在化だとか、何を抜かしているんでしょうか。そんなもの、就任前からわかっていたことじゃないですか。それでもやると言う決意を持って総裁選に出馬したんじゃないのか。そうだとしたら無責任だし、そうではないとしたらやっぱり無責任。つまり無責任。


 安倍-福田と振り返ってみると、ご両所はもう本当に、見ただけでまことに辛気臭い感じのする方でしたので、次が麻生だとしたらその点だけはまだマシですかね。よくわかりませんが。


 最近のテレビ番組で、常識クイズみたいのが流行っていますが(Qさま!っていつの間にあんな番組になったんだ?)、歴代の総理をフルネームで挙げよと言う問題が出ることがあります。将来、福田康夫は正答してもらえるのでしょうか。


koume

 できれば言語明瞭意味鮮明な文章を書きたいと思うことは誰しも当然なことだと思いますが、残念ながら「言語明瞭意味不明」といわれる表現があります。まあ、言語不明瞭意味不明よりはマシなのかもしれませんが。
 で、その言語明瞭意味不明って言葉を聞くことは稀にありますが、ではその正反対の、言語不明瞭意味鮮明と言う表現はあるでしょうか。それそのものはちょっと聞いたことがないです。


 ただ、そう言われるべき表現はしょっちゅうあると思います。どういうのかというと、よく「玉虫色」と呼ばれるような表現です。わざとぼかして言うが、行間と言うか空気を使って意味だけは伝えるような。


 論理の飛躍を伴うものがよくあります。これについては、一般的にはあまり言語不明瞭とは思われていません。が、思われてはいないがゆえに問題の根は深いです。
 例えば「マイナスイオンはリラックス効果がある」です。疑問を呈すのが面倒になるほど知れ渡った「誤解」ですが、なぜマイナスイオンにリラックス効果があるのかなどとは誰も考えずに、妙な言葉にいきなり結果が引っ付いています。「リラックス効果があるから、効果があるんだ」みたいな感じです。
 もちろんこちらの場合は、意味鮮明とは言いつつもその意味が正しいかどうかは別のことです。そもそも言語不明瞭と言うより、科学不明瞭と言うべきかもしれません。


 要は、誤解や思い込みを援用して、「な、わかるだろ?」てな感じで空気を押し付けるような表現法ですが、科学的誠実さなど最初から放棄している態度のために、逆に科学的な批判が難しくなっています。根拠が論理にあるわけではなく、「これがわからないなんて、KYだなあ」みたいに恥や感情に訴えた所にあるからです。最近では、大野事件のご遺族を「被害者」に仕立てて、医師や病院を暗黙のうちに「加害者」に思わせる仕掛けにも現れています。本当の加害者?は疾患であると言う点を誤魔化して。


 さていつも読ませて頂いているFoodScienceですが、松永和紀さんのコラムに、東京都が施行した、冷凍食品の原産地表示義務付け制度の話が載っています(http://biotech.nikkeibp.co.jp/fsn/kiji.jsp?kiji=2358 )。このコラムは充分にわかりやすく面白い内容なのでぜひ読んでいただきたいと思いますが(有料ですが)、ここで東京都が行っているのは、原材料の原産地を表示すれば食品の安全性が向上するであろう、と言う不明瞭な理屈です。
 この制度、松永さんも批判していますし、他の方も批判していますし、私も馬鹿馬鹿しい制度だと思いますが、それは膨大なコストがかかるからと言う理由ではなく、コストがかかる割には実質的な意味が一切ないからです。


 例えば中国産の野菜がすべからく危険で低品質で、国内産の野菜がすべからく安全で高品質であると言う現実でもあればまだしもですが、残念ながらそんなことはありません。いや、あると思われてはいるでしょうし、あると思われているから(あると思っているから、ではない・・・おそらく。)こそ東京とはこんなことをしているのでしょうが、それはあくまでも間違いと言うか、晴らさねばならない誤解なのであって、その誤解を前提にした政策を打つことは極めて近視眼的にはメリットはあるでしょうが将来的には誤解が根強くなっていくだけです。まさにこれこそ、臭いものにフタ。


 原産地表示には、「安心効果」はあります。ただしあくまで、与えられた安心です。安心なんてほんとは自分でするものであって、他人から与えられるものではないはずですが、何故か今の世の中は安心ですら他人から与えられてしかるべきと思われている風潮があります。
 当然そんな安心は、自分自身で安心したわけではないので、制度のほうで何か手違いがあれば瞬時に揺らぐような安心です。だからみんなはいつも不安です。
 その上、当然、安心と安全は全く別物です。


 松永さんのたとえ話が面白いので引用します。
『 本サイトで、多くの執筆者が指摘している。中国製には犯罪が原因のリスクの高い食品もあったとみられるが、日本のメーカーや商社が日本の農薬取締法や食品衛生法を守らせて中国で作ってもらっている極めて品質の高い食品も多いのだ。「中国産」とひとくくりに語るのはナンセンス。和歌山ヒ素カレー事件の後に「和歌山産は危ない」と考えるのと同じレベルだ。』


 言語明瞭・意味鮮明な表現は難しいものですが、志としては、それを目指すべきなのではないですか。原産地表示さえしておけば、消費者は勝手に安全だと勘違いしてもらえるだろう、てな態度はせこいし、消費者を馬鹿にしています。しかもコストも他人に押し付けている。
 まあ、世の中には言語不明瞭意味不明なことばっかり言ってる弁護士もいるわけですが・・・とここではぼかしていますが、これを明瞭な言葉で言ってしまうと、気持ちいいだろうけど、やっぱり許されないだろうなぁ(笑


koume

 石川県の浅野川の氾濫において、田んぼや畑の一部に壊滅的な被害を負った事は以前紹介しましたが、被害を免れたと思っていた所もちゃんと見てみたら全然そうじゃなかったです(^^;

陥没


 陥没しちょります。ここにコンバインが入れないのは当然ですが、この近くにも怖くて行けないなぁ。


 ちなみに先日は、田んぼの中で魚がいっぱい死んでいるというまことに奇抜な事例も見ています(笑


koume

 先日、イオンが調達コストの低減を目的として、農産物を生産者から直接仕入れるようにすると発表しました。それでなくとも元々農業業界では、何年か前からとみに、生産者から消費者へ直接販売しようとする人が少なからずおり、うちも米の3割ほどは直販です(ブログからも受付は可能です・・・これは宣伝)。


 農産物の場合は鮮度がものを言うし、近年は特に「生産者の顔が見えれば安心」というよくわからない風潮がありますので直販はもてはやされていますが、ところが一般的には、直販と言うのは必ずしも低コストになりません。


 単純な話ですが、うちの場合は顧客に米を配達する際は運賃が実費でおよそ700円ほどかかります。が、スーパーで同量の米を買うとしても、小売価格のうち輸送コストが700円も占めていることなどありえず、桁が違います。
 もちろんこの場合の直販と、イオンが直販するのとでは意味合いが違いますが(生産者直販の立場からすると、イオンですら一種の中間業者だし)、それでもイオンが一件一件の生産者から仕入れるのと1次卸からまとめて仕入れるのでは、中間にかかるコストは(品物一つ一つに均せば)まとめて仕入れるほうが明らかに安くなります。


 こんなことはほとんど常識であって、本気で「中間業者を廃した方が安くなるんだ」と主張しているのはタチの悪いマルチ商法のディストリビュータくらいでしょうが、さてイオンの場合は本当に調達コストが安くなっているのでしょうか。


 もちろん、「調達コスト本体は高くなっているが、それ以外の面(例えば、安心関連に使えるネタが増えるとか)でメリットがあり、トータルコストは低くなる」事はありえます。ならばまだ良心的な話ですが、それ以外にもいくつかシチュエーションは考えられます。


 まずありそうなのは、生産者が輸送コストを被ってしまうことです。はっきり言って農業業界で一番立場が弱いのは生産者です。「運賃はそっち(生産者)もちでしょ?」と平気な顔で要求してくる業者は山ほどいますし、イオンくらい強大なシェアと価格影響力を持つ企業の要求は並みの強制力ではありません。もちろん、そんなの嫌だと断ることも出来るのですが、業者としては「あっそう、なら他所を探すから」で終わってしまい、交渉も何もあったものではありません。


 もう一つ可能性としては、ほんとのほんとに調達コストが安くなってしまうこともありえなくはないです。つまり農協や市場がけっこう大きいマージンを取ってたかもしれないことです。ただし、私は実際のところは中間業者がどれほどのマージンを取っているかは知りません。知りませんが、JAは農家から非常に馬鹿馬鹿しい名目のコストをあっけらかんと取っています。例えば、JAの米集荷場(農家がJAに出す米を持っていくところ)からJAの貯蔵倉庫までの輸送費とか。何でそんなもん農家が払うねん(笑


 私は別に、直販がいけないと言っているわけではありません。メリットがあれば、どんどんやればいいです。ただ、大前提的に、中間業者を無くせば安くなるとする話には注意が必要だと言うことと、もし本当に中間業者を廃しただけで低コスト化になるのであれば中間業者は猛省すべきだということです。
 もし今後、イオンの野菜が安くなったとしたら、それは直接取引きで安くなったという言い訳の影で単に生産者が泣いているだけかもしれません。そうでないかもしれませんが、つまりわからないと言うことです。


koume

 以前、朝日新聞社の某(ネット上では)有名記者が言い訳がましく、「マスコミの体制に不満があるのは重々承知だが、中が変わるのは時間がかかる」とか言っていたのを思い出しますが、大野病院事件判決後の報道もあきれるものが多くて閉口します。


 もちろん、ご遺族が感情的な意見を述べることは理解できますしそれを止めるべきとがいえませんし、それを一切取り上げるなともいいませんが、少なくとも、裁判の争点に挙がっていない事象をメインに押し出して記事構成するのはもうどんだけ勉強不足なんだよと思います。と言うかもはや、勉強不足ではなく勉強絶無。きっと判決要旨も読んでないんでしょう。
 なんかもう、毎日や産経などの記事を読んでいると、ご遺族の味方をしているように見えてその実、ご遺族自身をも貶めているようにすら見えて仕方ありません。感情をあまりに軽々しく扱いすぎています。


 報道とは、関係者(一部無関係者も)からコメントを取ってくればそれで終わりなのでしょうか。判決後の裁判を、しかもそれなりに大きく取り上げるなら、最も重要なのは判決要旨をちゃんと取り上げて解説することなのではないでしょうか。しかし、判決そのものを前提にしない報道が多すぎます。どこをどう見ても「判決は不当」を前提とした記事で、しかもなぜ不当なのか(感情以外には)説明していない記事はもううんざりです。


 そんな変な記事をいちいち読むのも、と言うかもう見るのも嫌といった心境な上に、ちゃんと批判されているところもほかにたくさんあるので(shy1221さんのところ が特にわかりやすかったです)、これ以上考えるのは止めにするとして、一応地元紙にこんなのが載ったという報告を。


北國新聞8月21日朝刊 コラム「時鐘」より
http://www.hokkoku.co.jp/_syasetu/syasetu.htm  ←毎日更新なので明日には内容が変わります



◎産科医に無罪判決 医療事故調の発足を急げ


 帝王切開で出産した女性をミスで死なせたとして産婦人科医が業務上過失致死と医師法違反の罪に問われた福島県の県立大野病院事件で、福島地裁が被告の医師に無罪を言い渡した。二〇〇四年に起きたこの出来事をめぐり、執刀医の逮捕も起訴も不当だとして医療界や関連学会が猛反発したばかりでなく、出来事を機に産婦人科医の産科離れが全国的に一気に進んだことでも注目された裁判だった。


 厚生労働省も、医療分野の出来事をいきなり刑事事件として捜査することのまずさに気づき、中立的な調査委員会で原因を究明し、再発防止に生かしたいとして医療版の「事故調査委員会」創設に取り組んでいる。今年四月には第三次試案を公表し、日本医学会の支持をおおむね取り付け、最終案のまとめの段階を迎えている。判決を踏まえて医療事故調の発足を急いでほしいものだ。


 もちろん、検察側の判断によって高裁、最高裁までいく可能性が否定できない。が、福島地裁の判決はよくできている。すなわち、一刻を争う切迫した状況の下で、非常に難しい判断を迫られる医療現場や、医療措置の在り方から医師の判断に誤りがあったとはいえないとしている。


 子どもは助かったが、亡くなった女性は極めてまれな子宮に胎盤が強く癒着した例だった。が、処置の極めて難しい例でも、担当医が責任を追及されることが多いため、たとえば、昭和大医学部の産婦人科講座の岡井崇・主任教授は自らの体験もまじえた物語「ノーフォールト」を著した。


 医師に神のごとき完全さを求め、期待に反すると訴訟に踏み切る風潮に反省を求め、そうした風潮が結果として医師と患者の遺族を苦しめる現実を生み出していると指摘し、医療過誤がなくても遺族に補償を与える制度の必要性を提起している。


 病気や医療の困難を無視した責任追及は危険を避ける医師を増やす。産科医不足はそれだろう。これでは日本の医療が崩壊する。病んだ現実への処方せんとなる医療事故調の最終案を期待する。



 えーと2段落目と最後の段落はちょっとアレですが、内容はわかりやすくなっていると思います。こんな前提で話を作るなら3日前の記事はなんだったんだと思うところもありますが、まあこれもマスメディア内の体質の話になるんでしょうか。
 マスコミは、まさに自分たちが自分たち以外の組織に求めるほどに、代謝速度を速めるべきでしょう。毎日変態記事問題でもさんざん指摘されていますが、本当に置き去り状態です。


koume