前回の続きです。今回は、会話調でいきます(笑


suzu: 人口が増えても、その土地の農業や人々の生活を守りながら沙漠化を防止する方法はないか?

koume: 無いだろう

suzu: うっ、あっさり(爆)ではどーすればいーか?

koume: それこそ、今後さらに化学農薬に頼りまくって食糧生産を上げるくらいしかしか。 問題は、食料需要が増えることね。


 けど実際、沙漠化が進行している土地には、食料需要は増えてても全然供給できてないのね。 人口が増えていて、本来は食料需要が増えるはずだが、しかし供給に関しては無視し続けているってのが現代社会。
 沙漠化って結局ガン細胞みたいなもので、食い止めることはできても無くすことはできないよね。できるだけ沙漠化を抑える努力はするべきだが、根治するとなると相当難しい。
 というか本来、沙漠化問題は直接的にはその当事国の問題だから、日本やアメリカなどに居ては、風を吹かせて桶屋を儲けさせるしかない。要するに、農業が問題だとするなら、エネルギーや食料の消費を抑える、残飯を減らす、輸入を減らす。

  しかしここで考えなければならないのは、当事国としては、沙漠化を進行させて利益を上げてるって面もあることなのね。

suzu: 国連とかの補助金とか?


koume:いや、例えば木材の伐採なんかはかなり直接的な沙漠化の原因だと思うけど、当事国としては、その木材を外国や国内で消費して、利潤を上げてるのね。

 焼き畑農業とかも、それで生産した食糧を輸出して、利益を上げてるわけ。で、それをやめるって事はつまり、国自体が破綻してしまうってことだ。日本が食料余りを懸念して食料輸入を減らしてしまうと、それは輸出国が困るってことなのだ。

 沙漠化の進行を食い止めなければならない、って言っている主体が誰か、って問題なんだけど、我々、日本や欧米ではそういうことをよく言うわけ。
 しかしさっきも言ったように、この問題は、沙漠化が進行しているアフリカや東南アジアなどの当事国が何とかしないと絶対達成不可能な問題なわけ。こっちは実は、問題を提起することはできても、しかし実行に関しては何もできない。何かしようとすることはつまり、その相手国に対して「損をしてくれ」ということに他ならないのね。

 問題は、当事国自身が沙漠化を問題として認識しているかどうか、なんだ。

 日本国内で、食べ残しを減らしたり、割り箸を極力使わないといった運動ができることはわかる。しかしそれをしても、実は、ただ単に輸入したものが国内で余るだけなのではないか?という疑問が残るのね。国内消費量を減らしても、相手国が輸出量を減らさないと意味がないというか。

 なんか、ものすごく希望が持てないような意見になりましたが(笑
 現実的には、細かい草の根運動をしていくしかないかなという気はするのね。それとあとは、沙漠化が進行している当事国に、現在のものとは別の、何か利潤を上げられる産業を作るか。
 これからの世界は、輸入国と輸出国が逆転しなくてはならない。しかし、輸出国はモノ(原料)を輸出するのではなく、産業を輸出するのだ。この辺、マンガ「沈黙の艦隊」ちょっと入ってるんだけど(笑


 つまり、前に言ったように、「損をしてくれ」ということは打診する。しかしもう一方で、「得をする方法も教える」という活動もするのだ。それでプラスマイナスゼロに持ち込む。世界の緑化を進めれば利益が得られるようなシステムができれば最高だろうけど、それはちょっと難しいかな(^^;


suzu: そりゃねぇ(^^;


koume: ただし、例えば熱帯雨林を切り開いて木材を輸出していた国に、それはもうやめてくれ、代わりにこれをやればもっと儲かる、という産業を輸出できれば、少なくとも熱帯雨林の減少は食い止めることができる。

 いわゆる先進国は、いわゆる発展途上国から原料を輸入して、ひたすら「産業」を作り出してきた。今後は、その作り貯めた「産業」を、輸出する番だ。「原料」を輸出する時代は終わったのだ。
 ・・・ってとこでいかがでしょうか(^^;

suzu: しかし、その草の根運動で沙漠化したところにポプラとかの乾燥や寒さに強い木を植えるという運動があるが、それはどうですかねぇ?


koume: まずそれでは、スピード的に、沙漠化の進行に対して全然間に合わない。森林は出来るのに20年かかるのに、沙漠は年々増えてるんだから。

 それと結局それでは、その国自身が食っていけないのね。


 沙漠化が進行する原因は何か?とまず考える。それは例えば農業かもしれない。林業かも、畜産業かもしれない。工業かもしれない。
 しかし問題は、形態は違えどすべて、生活の手段として行われているということだ。つまり、極端に言えば、沙漠化の進行を食い止めるということはその当事国から生活の手段を奪うということに等しいのだ。だから、沙漠化の進行を食い止めるには、それの対価として、新たに生活の手段を紹介しなくてはならない。

 補助金などの、お金の形で、当事国に渡す方法もある。しかしそれでは結局のところ一時しのぎで、そのお金がなくなったらまた結局は沙漠化を進行させる事になるだろう。
 それよりも、新たに従事するべき仕事を輸出できれば、今後にわたって利潤を生むことができるのだ。

 なんだか、理屈だけって感じの話になったけど、日本にいたら実際分かりにくい問題だよね。わかったような気にはなれるけど。俺にもきっとわかってないんだろう(爆死




ベリンジャー・ストーンセラーズカベルネソービニヨン[2001](赤)ストーン・セラーズ カベルネ・ソーヴィニョン 2000 ベリンジャー



ぶどう品種:カベルネ・ソーヴィニョン

価格:¥900ぐらい

飲んだ日:2005.08.17-18

個人的評価(10点満点):6点


カリフォルニアはナパ・ヴァレーの老舗ベリンジャー。過去の日記でもシャルドネ の感想を書いてます。

若いワインらしく濃い紫のかかったルビー色に、とてもフルーティで甘酸っぱいフルーツのような上立ち香。味も取れたてのプラムや木苺のように甘酸っぱく、やや辛口で、スパイシーな感じもします。冷やして飲むとすいすい飲めました。温いとくどくなってきます。

爽やかだけど、コクもあるので屋外でのバーベキューなんかに冷やして飲んだらちょうどいいかもしれないですね。私はチーズのブリーやオムライスとともに飲みましたが、なかなかに美味しかったです(^^) ただ、やっぱりディリークラスですから翌日になると酸っぱくなって飲みにくくなってしまってました。


同じストーン・セラーズシリーズのメルローも購入したので、今度飲んでみてカベルネとどう違うか、楽しみです。

 例えばアメリカ人が、日本の国会議員選挙に触れると、「なぜみんな、自民党に投票しないんだ?」ととても驚くそうです。理由はその公約(マニフェスト)。これだけ素晴らしい内容の公約が出ているなら、投票しない手はないだろうというのです。

 もちろん、われわれ日本人はこのアメリカ人の違和感について、理由を知っています。日本の政治において、マニフェストは守られないのが普通であり、選挙戦にはほとんど何の意味もないというのが常識だからです。
 
 小泉純一郎は、郵政民営化について、これは選挙公約であったからと強硬に押し込み続けました。しかし、彼が掲げた公約の中で守られたものは結局これだけです。8月15日の靖国神社参拝も公約の中に含まれていましたが、あっさり無視されました。事情はわかりますが、だったら郵政民営化法案だって「公約だから」と押し通されるされるいわれはないはずです。


 今、テレビの報道番組では、各政党のマニフェストについて検討が行われています。全く無駄なことをするものです。10月ごろになって、各政党の掲げたマニフェストの内容を覚えている人はいったいどれだけいるのでしょうか。


 だからといって、マニフェストなど掲げても意味はない、のでしょうか?その辺は議論の余地はあります。しかしわかっていることは、踏み倒されることが常識となっているマニフェスト。政治に対する国民の信用など全くない好例です。「国民の信頼回復に最大限努める」良い事をいう人はそこらじゅうにいますが、もう無理でしょう。せめて、実現可能なマニフェストを提示して、きっちり実現してみてはどうですか。まぁそれでも一回や二回では信頼回復など不可能ですが。


 今回の選挙戦、自民党の戦術は不愉快なので(広島にホリエモンを出すとか。広島の選挙民をバカにしとる)、ぜひ負けて欲しいところですが、自民党は負けないでしょう。仮に民主党が勝ったとしても、あんな寄せ集め集団では、政権維持など不可能です。結局空中分解して、やっぱり自民党、ということになるでしょう。あーあーむなしい政治。

 私は選挙日は、投票所にはいきます。投票用紙は白紙のまま提出しますが。


koume

 先日、suzuさんから『草原の砂漠化』について感想を聞かれました。その『草原の砂漠化』レポートの内容とは、



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 ・・・(途中略)地球上では多くの人々が土壌を使って農業を営んでおりますが、その農業は気候(降水量)や植生によって、牧畜と耕種とに大別できます。
 乾燥地である沙漠を除き、全世界の人々は半乾燥地の草原で牧畜を、そして湿潤地の森林で耕種を伝統的に営んできました。
 この伝統農業の本質は、牧畜や耕種などによる土地利用が原植生を全滅させないことにありました。
 当時の人々は「生態系の自己維持機能」を経験的によく知っており、ある年数の土地利用で草や作物の生育が衰えると、牧畜や栽培を休みました。すると何年か後にはそこのし植生が回復して、人々は再びその土地で農業を営むことができました。このような人間と自然との関係を「風土」といっても良いと思います。
 この風土が20世紀後半になってからおかしくなってきました。
 過剰な化石燃料を背景に近代農業が全世界に蔓延してくると風土を無視し、徹底的に生産性の向上を追及します。その結果「農業が地球環境を破壊する」現象が地球上いたる所で起きてきました。
 その一番の被害者が草原でありそこに住む人々、すなわち「草原の風土」です。

 沙漠化の脅威の晒されている世界の草原を保全することは、次世代の人類に対する私たちの責務です。
 今危機に瀕している草原は、過去何千年もの歴史の中で、そこに生まれ育った人々が生活の場、仕事の場として脈々と築き上げてきたその地域固有の資源です。
 沙漠の民は、草原の破壊が自分たちの首を絞めることを先祖伝来の日常生活で実感しており、草原生態系という貴重な地域資源を構成する全ての生物が健全に共生できる環境を望み、守ってきました。
 私たちが沙漠化防止の国際協力にあたってまず考えるべきは「草原の風土(自然と人々)をいかに保全する」かです。

 以上についてどう思うか?

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で、考えてみたのが以下。


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その1


 化石燃料が普及した背景には、近代工業・・・イギリスの産業革命を背景とした地球規模の機械化がある。その点で、農業器具も、化石燃料を動力とした機械化の方向へ進んだことは必然であり、これは農業側の需要というよりむしろ産業革命の結果としてみたほうが良い。
 つまり、農業は、化石燃料を欲したのではなく、化石燃料を押し付けられたに等しいと考えることもできるのだ。

 また、生産性の向上は、直接的には機械化や化学肥料の完成に拠るが、間接的には、資本主義経済そのものの要請による部分が多いと考えられる。
 つまり、産業革命と時期をほぼ同じくして起こった資本主義経済は、常に利潤を追求しなければ破綻せざるを得ないシステムであるがゆえに、生産を増やして利潤を獲得する以外に道は無かったというべきである。

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 ・・・ここまで書いて、なんか本題とはずれてることに気づいたので、以下はその2


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 まず留意しなくてはならない点は、過去において地域資源の浪費が(現在ほど)起こらなかった理由は、本当に「草原生態系という貴重な地域資源を構成する全ての生物が健全に共生できる環境を望」んで来た結果得られたのか?ということである。
 この点に懐疑的なのはなぜかというと、結局のところ、過去において浪費は「たまたま」起こらなかっただけなのではないか、と思えるからだ。つまり世界の人口が、過去と現在ではまったく違うという事情を考慮すると??

 また現代、貨幣経済の発達によって、遠隔地間での取引がスムーズに行えるようになった。これはどういうことかというとつまり、現代においては必ずしも、人間のいるところで食料を作る必要はなくなったということである。
 過去においては牧畜や狩猟・農業などは、人口の多い場所では少ない場所よりもさらに多く行う必要があった。しかし現代は、農業生産をする場所と人口が集中する場所が離れていてもまったく問題は無い。さらに、国家間において、農業生産国と消費国が分離していることも珍しくは無い。
 ここでついに、人類は、まったく食糧生産を行わない「都市」を獲得する。これこそ過去において、ありえなかった場所である。

 「都市」においては食糧生産を行わないがそれ以外の、もっと効率的に利潤を得られる場所が提供される。効率的にとはどういうことかというと、食糧生産においては作業者一人当たりにそれなりの広さの土地(農業においても牧畜においても)が必要になるが、「都市」においての仕事というものは、極端な話、机一つから行えるのである。
 つまり、都市は、食糧生産地よりも小さい面積で多くの人口を抱えることができる。また、多くの人口を必要とする。
 多くの人口を抱える場所が多くの人口を生み出すことは生理学上当然であるから、人口増加により食料需要は、供給とのバランスに対して危険的なほど悪化する。

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 ・・・ここまで書いて、論点がやっぱり「砂漠化の防止」から外れてきていることに(やっと)気づいたので、以下は次回(笑


koume

バロッサ・セミヨン [2003] ピーター・レーマン 750ml   バロッサ・セミヨン 2000 ピーター・レーマン

ぶどう品種:セミヨン

価格:¥1,400ぐらい

飲んだ日:2005,08,14-15

個人的評価(10点満点):7点


南オーストラリア州バロッサ地域はオーストラリアワインの10%を生産しており、高級ワインの産地としては最大規模です。その中でも地元の人々に最も尊敬されているのがピーター・レーマンだそうです。今回のワインは樹齢60年を越えるセミヨン種から造られています。


色はオーストラリアのシャルドネより濃い黄緑色。バロッサのセミヨンはフレッシュなリースリングと重みのあるシャルドネの中間的な白、だそうですが、一口飲んで確かにそんな感じがしました。シャルドネのような爽やかな酸味でやや辛口なんだけども、その奥にほのかな甘みを感じます。

冷たいうちは酸味が強く、辛口ですっきりとしていましたが、常温になるにつれ甘みが出てバランスよくなりました。ついつい飲み進んでしまうバランス良さです。しかし、逆に温すぎるとアルコール臭が強くため、くどくなってきました。

オーストラリアのセミヨンは初めてですが、今まで飲んだ同国のシャルドネとリースリングに比べるとこちらの方が好みかな(^^ このワインは熟成にも向くようです。また、ピーター・レーマンのワインには貴腐セミヨン もあるので、こちらも飲んでみたいですね。


suzu