にぎやかな落日/朝倉かすみ
この装画、全て意味があるのです
読後じっくり見るのも楽しい
光文社の内容紹介
北海道で独り暮らしのおもちさんは八十三歳。東京に住む娘は一日二度、電話をしてくれる。近くに住むお嫁さんのトモちゃんは、車で買い物に連れて行ってくれる。それでも、生活はちょっとずつ不便になっていく。この度おもちさん、持病が悪化し入院する ことになった――。日々の幸せと不安、人生最晩年の生活の、寂しさと諦めが静かに胸に迫る物語。
「書きながら、母と同じ体験をしたような気持ちになりました」
という朝倉さん
読んで、私も老いを体験したような気持ちに
「悲しい」という言葉がいつまでも胸に残る
老いを実感して、「しんしん悲しむ」
悲しいなら、いっそわからなくなってしまえ
と思う
この本の主人公、おもちさんは
少しずつ、なんだかちょっとわからなくなる
たまに正気に?戻って
悲しくなる
おもちさんのリアルな日常
おしゃれも好きで、社交的で、家族や友人にも恵まれている
悲しいばかりじゃないけど
読後、じわじわ胸にくる
リアルが刺さる
おもちさん、島谷もち子さん
朝倉さんのネーミングセンス
わたしはとてもしっくりくる
カラスのパンやさんを思い出したけど
関係あるのかないのか?
オモチちゃん かわいい
山本周五郎賞受賞作『平場の月』から二年四カ月、
待望の朝倉作品が刊行された。
今作は、80代のひとりの老女の内面に寄り添う、
人生最晩年の物語。
誰もがいつかこんなふうに感じる老境の心情が、
静かに切々と迫ってくる。
インタビュー・文 杉江松恋
平場の月のブログはこちら
朝倉さんの「ゴムのスカートを履く」が衝撃すぎていまだに忘れられない
以下、ネタバレします
どのみち満腹はしあわせだ。
しあわせなことなのだ。
ひもじいよりずっといい。
しかも、このごろでは、なにごとかをやりとげたきもちになれる。
昼ごはんをがんばって平らげた83歳のおもちさん
毎度のごはんを残さず食べるようにしているおもちさん
満八十三歳。
お、今日は調子がいいゾ、とかすかにうなずく。
頭の中がいつもよりハキハキとした感じである。
自分でもどうも調子が悪い(ボケている)と感じている
うっすら気付きつつも、向き合わない
知らないふりをするおもちさん
ンー、「今」がずうっとつづくなんてこたないよネェ。
けど、「今」を「今」だと思える「今」は、そう思えなくなるときまで、いつまでも、ずうっとつづくのではないか、と、そんな発見がどこからかやって来て、おもちさんの胸にとまった。
「あたし、ひょっとすると、ずうっと生きてるかもしれないネ」
「だれかの世話にならないば生きてけないんならサー、
赤の他人のほうが絶対いいヨ。
ビジネスライクが1番サー」
身内は遠くにありて思うもの、という入院仲間の野森さん
でももう満八十四歳。
生来の癇症は影をひそめたと自分では思っている。
いつのまにやら温厚なおバアさんになっちゃった。
正直言って、チョッピリつまらない。
注意深くバスのステップを降りたのに、泥の水たまりをバチャっと跳ねさせてしまったおもちさん
独りで失敗した時、困った時に衰えを実感するという
ショックを受けたり腹を立てる馬力はなく、
「しんしんと悲しむのみ」なのだという
いつも、ほんのちょっとだけがんばっている感じがする。
ー中略ー
起きること、起き上がること、着替えること、歩くこと、
いちいち全部、ほんのちょっとだけがんばっている感じがする。
美味しいときも、楽しいときも、嬉しいときも、からだのなかのどこかで、なにかを、ほんのちょっとがんばっているのだった。
夫の勇さんが特養に入所
長男の嫁のトモちゃんがよく来てくれて
娘は1日2回電話をくれる
そうやって初めての一人暮らしをがんばっている、満82歳のおもちさん
自分なりに楽しんでいるおもちさんが
「今がずっと続けばいいな」と生きていく話なので、終わらないように終わりたかった。
という朝倉さん
このお話は、生きているおもちさんの話でよかった
読み終わったら「たんす、おべんと、クリスマス」
このワードで泣ける




