家族じまい/桜木紫乃
【第15回中央公論文芸賞受賞作】
「ママがね、ボケちゃったみたいなんだよ」。
突然かかってきた、妹からの電話。
両親の老いに直面して戸惑う姉妹と、それぞれの家族。
認知症の母と、かつて横暴だった父……。
別れの手前にある、かすかな光を描く長編小説。
(Amazonの紹介文より)
いつも何かを知りたくて小説を書いている
という桜木さん
『家族じまい』は、『ホテルローヤル』の担当編集者に、
ホテルローヤルの“その後”を書きませんか、と言われたのがきっかけだったとのこと
終わりを意味する「終う」ではなく、
ものごとをたたんだり片付けたりする「仕舞う」
そんな桜木紫乃さんのインタビュー記事
(ネタバレあります)
桜木さんの直木賞受賞作『ホテルローヤル』について以前書いた記事
以下、ネタバレあります
読後思ったこと
桜木さん、プリンを食べさせてくれてありがとう
インタビュー記事の中で
自分と向き合って書いたとおっしゃっていた桜木さん
一読者の私も、向き合う向き合う向き合わされるー
最後の章が、82才視点というのも良かった
なんて薄情、情がないとふつふつ思いつつも
果たしてそうだろうか
私には情があるのだろうか、と考えさせられる
目の前のことを、ただ淡々と積み重ねていく毎日
慈しむでもなく、ただ受け入れて生きていく
私はこれから、どんな顔をしてこなしていくのだろう
毎日、目の前のことを、、
〈第1章 智代〉
息をひとつ吐いてから感情の在処を探す。
一拍おいてから掘り起こされる感情はいつもほんの少し冷えている。
しなやかな柳のような男だと思っていた夫の頭に、10円ハゲを見つけた智代
へぇと、驚きでも心配でも笑いでもない自分の「へぇ」の客観視
寒さにしびれる腰や太ももといった自覚症状があるせいで、悪気のないひとことを素直には聞き流せない。
湿布を貼っているところに帰宅した夫
どうした、転びそうなのを踏ん張って痛めた
「素直に転んだほうがいい年でもないんだろうねえ」
昨夜から一歩踏み出して得られた時間は何の変哲もない親子二代の風景なのだが、
この一瞬を手に入れるために歩いた回り道のことを考えると、
智代の心もちは少し乱れる。
親も自分も、もう若くはないという諦めが、明日をほんのり明るくすることがあるのだった。
3年ぶりに元旦に夫と実家に行き、両親の変化を見る
明日をほんのり明るくする
声に出さず「二十八歳」を胸の内側で上げ下げする
義弟に嫁いだ若い嫁を思い、「二十八歳」を上げ下げ
上げ下げ
〈第3章 乃理〉
「ごめんね、心細い思いさせて」
つるりと口から滑り出た言葉に、乃理自身が驚いていた。
つるりと滑り出る
認知症の母と二人暮らしの父が、自分も入院することになり
俺が先に死んだら、と
親の口からとうとう冗談抜きの「死んだら」話が出て、つるりと滑り出た言葉
正論はできるだけ尊敬にまぶして放たなければいけないと、気づいたときは遅かった。
尊敬にまぶして放つ
娘のいる函館に家を探す段で、新築戸建てにこだわる父に歳を取ったらあまり物を持たず暮らすなどと言ってしまう
〈第四章 紀和〉
これ、キワ、と読む
女性なのだけど、のりかず、じゃね?
父はここで金を受け取る娘の恰好悪さには気づかない。
恰好悪さ
格好悪さではなく
離婚した別居の父が26才のサックス奏者の娘に罪滅ぼしでくれる3万円
〈第五章 富美子〉
面倒くさい。
お互い元気で死にましょう。
縁を切ると、還暦の娘に言われて
捨てることに大きな意味を持たせ、
罪悪感に蓋をする娘に何も言い返せないのは、
対等だと思っていなかったせいだった。
富美子は娘に捨ててもらうことで子育ての負い目を反転させ「勝ち」を得たのだ。
対等なんてものは、双方の無理が生む幻みたいなものだった。
ーその「いつも」が「稀」になってゆくのが老化ってやつですよ
いつも通りの編み物
いつも通り立ちあがろうとしてクラっとなり自分に語りかける82歳の独り言
富美子の内側にひたひたと冷たい水が満ちてゆく。
30年も会っていない次女との縁
とうの昔になくし、影も形も残っていないのだと、あらためて思う
あちらこちらに散らばるようにしてそれぞれの事情が転がり、
いつしかみな、その事情に足を取られながら歩いている。
家族、それぞれの年代のそれぞれの老い
婦人公論 対談 前編
婦人公論 対談 後編
そして、桜木さんの初の絵本は「家族じまい」に関連している





