シリコンバレーに来るまでは

どんなスーパーがあるんだろう、、と色々と気になった

ものです。

日本食スーパーで代表的なのが

「ミツワ」と「ニジヤ」

mituswa

どちらも大きさ的には街の地元スーパー

ぐらいのサイズです。(ジャスコ、西友ほどは

ありません)


が、、ほぼ、、そろいますね。医薬品以外は。

日本のスーパーにあるものと大して変わらないでしょう。

mituswa2

日本輸入品からこちらで生産している商品まで

色々とありますが、「漬物」「和菓子」などもあります。

もちろん空輸の場合冷凍されていますが。

mituswa3

値段は1.25倍~2倍ぐらい。

おせんべいや重いものが高い気がします。

ただ、、、セールをやるので

セールに合わせてまとめ買い、、というとこでしょうか?


ミツワシカゴ  のHPにチラシものっています。

気になる方はごらんください。値段はドルですよ。

チラシの郵送サービスもあります。レジで頼めます。


ニジヤのHP にもチラシのっています。



久々の息子ネタ、、です。



「マミーお洗濯物干しました~~。」

と、5歳の息子のかわゆい声。


夕飯の支度をしていた私は

気にも留めず。。。そのままに。


夫が帰宅して

「うわ~~俺のカレーの本がぁああああっ」

の叫び声。


テーブル一面水びたし、、

夫が先日の日本出張でゲットしてきた

カレーの作り方の本がびしょびしょ。


一方、、息子の書いた絵は

選択物干しにきちんと干されていました、、、。


こっちの方が大事だったのねえ。。

senntaku

またかっ!アメリカめっ


とい事件が起きました。

は~~。日本帰国までに(未定)あと何回こんな目に

会うんでしょう、、。


税金の関係で

私が夫の扶養であることを

証明する書類を

税務署に出さなくてはいけなくなりました。

公証人に書類を作ってもらい

記録付配達郵便(受取葉書+追跡機能)付で

書類を送りました。


ups


しかし、、昨日我が家に

「あなたは期間内に申請書を提出しなかったので

扶養の申請は拒否されました。」

という通告書。


夫からは「おまえちゃんと住所書いたか?」と

文句までいわれる始末。住所印刷済みの返信封筒で

送ったんだから間違っているはずはない、、。

郵便追跡サービスでもちゃんと「到着受理」済みになっている。


そこで税務署に夫が電話をすると、、


夫「記録配達郵便で書類を提出しているのに、

書類が届かず申請は拒否されましたというメールがきている

どうしたらいいんだ、、?」


係「オーッ。私の部署に来るまでに数箇所窓口があるので

その間にロストしたのだろう。もういちど書類をもって

できたら窓口にきてくれ!」


夫「出した書類はどうなったんだ?」


係「それは分からない。良くあることなんだ。」


夫「・・・・」


ねえ!!ねえ!どう思う?

記録配達分の料金と公証人に払った手数料

一体何のため??

金返せ~~~っ。


※後日サンノゼの窓口に直接行ってきました。

記録配達の受理葉書をもって窓口のおばさんに

事情を説明したけれど良くあることのようです。


やっぱり終わっている、、アメリカ。

Microsoft Official Trainer  (MOT)の有資格者向けに

Office2007の講習会向けデモ映像が公開されています。


Office2007はインターフェースががらっと変わっています。


今まで「ファイル」「メニュー」とか表示されていた

ツールバーが一新しています。


「リボン」と呼ばれるようになり、「ホーム」「挿入」「表示」といった

作業単位に作業のボタンが集約されています。


PowerPointに関しては、グラフ関係のデザインテンプレートが

充実しています。かなりカッコイイ図柄に変更可能です。


オンライン試用版がWEB上で公開です。

ベータ版をインストールするよりは、、きっと安全です。

気になる方はこちらへ

office2007 ベータ


ひさびさの美味しいものの情報です。

しかも初の日本食レストラン!

(何軒か評判の日本食レストランにはいっていますが

ブログにのせる味では全く!ないので

無視していましたが、、)


やっと行けました。ハア。

メンロパークにある「桂月 kaygetsu」

和食会席料理が食べられると評判のお店です。


いっつも主人から

「ベイエリアで許せる和食屋は

桂月だけだ!」

と聞かされていたので

憧れもひとしお、、。

夫が仕事でよく使っているお店です。


お店の雰囲気から、、

子連れではいけないので

お子さんがいない友人とランチタイムへ!

(ディナーは100ドルはしちゃうそうなので断念)


メンロパークなのでちょっと距離が

ありますが、オープンの11:30を目指してお店へ。

Sharon Heights Shopping Centerの中に

あります。(ミカドの裏)

KEIGETU1


色々とメニューはありましたが

一皿づつ出てくる、、という「桂月ランチ」を頼みました。

お刺身とてんぷらが楽しめるセットです。

KGETU2

ちゃんとしたお刺身が出てきました~~。

ムキャア~~


そしててんぷら。。

海老に、お芋に、大葉に、、と

カラリっとしたてんぷらです。


KAIGETU3


温かいお茶も出してもらえるので

一瞬ここは日本か?と思いましたが

まわりはアメリカ人ばかり。

日本人は私達ともう一組カップル

だけでした。


ランチセット

チップ込みで

30ドル!


高いよね~~~。

でも他の日本食レストランにいくぐらいなら

回数我慢して桂月に行くほうが

満足高い!です。

このあたりで一番美味しいという

日本食「T」に行った時には

こんなのに10ドルも払いたくない!

と思いましたが


桂月なら払いましょう!30ドル!


※お蕎麦やチラシ寿司など

もっとリーズナブルな10ドルぐらいの

メニューもあります。

また行ってその他のメニューも

ご報告します~~。




山崎豊子「沈まぬ太陽」の二部は

「御巣鷹山」編です。

taiyou2

この第二部は主人公の恩地元は

遺族係にさせられます。

(実際のモデルの方はその担当ではありません)


しかし、一部の遺族の方は

本名で登場し、実際の事故の凄惨さを

忠実に表現しています。


でも何よりも読んでいて驚いたのは

日航機の事故では


かなりの完全遺体が多かったこと。

これは頭部の損傷による死亡です。


次に、腹部でまっぷたつになった

遺体も多かったこと。

ベルトが凶器になったのです。


飛行機事故の衝撃に対して

人間がどれだけあがなえるかわかりません。

でも次のことが

不時着時に注意すべきこととして

色々と言われていることです。


●ベルトと体の間に枕や毛布を

とにかくはさむ

→ベルトによる衝撃から内臓を守る。


●同じように頭部も保護する

→航空会社は緊急用に

ヘルメットも用意すべきでは?


●足は前の座席にくっつけて

ふんばる。または体育座り。

(足を下ろさない)

→もしも前の座席が後ろに下がった場合に

足を保護するため


飛行機に頻繁に乗る我が家にとって

決して

ひとごとではないと感じます。


「沈まぬ太陽」御巣鷹山編が映画化なるようです。

http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20060531-OHT1T00036.htm

JALかANAかの話ですが、、


山崎豊子の「沈まぬ太陽」有名な作品が

その一端を握っています。


「アフリカ編」「御巣鷹山編」「会長室編」の

三部作です。


taiyou

実は全くのあらすじを知らず。。

読んではじめて内容を知ったのですが

あまりの内容に衝撃を受けました。


山崎豊子は事実をテーマにした手法で

今回このフィクションを作っています。


ある航空会社の話。

無理やり労働組合の委員長にさせられた主人公(恩地元)が

委員長時代の活躍がもとで

報復人事で「カラチ」「テヘラン」「ナイロビ」と

転勤を命じられます。

今では考えられない報復人事です。

しかもこの話にはちゃんとした

実在のモデルがいました。


この本のモデルになった航空会社は

JALでした。


転勤先の僻地には日本人学校などなく

子供達の教育もままなりません。

海外に住む者として、その子達のことを思うと

涙がでました。


主人公はその後日航機事故の遺族係をします。

これが「御巣鷹山編」です。

そして腐敗しきった航空会社の内情を指摘した

「会長室編」へと続きます。


会社というものがここまで個人に対して

報復人事をするのかと驚愕しますが

何よりも一つの会社に複数の組合があり

その組合がいがみあっているのが恐ろしく。

そういった勤務を強いられる人たちに

整備されている

JALの飛行機に乗っているのが

恐ろしくなりました


小説はどうしても主人公よりの視点で

書かれていますがすべてが

フィクションとも言えないぐらい

その後

週刊新潮とJALの戦いも繰り広げられているので

あながち嘘とも言えないでしょう。


飛行機に良く乗る方、、、

ぜひ読んでください。ちょっと怖いです。

(ご近所の方全五巻お貸ししますよ♪)


そろそろ熱も冷めたので、、、書こうかと。


今回日本帰国に使ったのはJAL。

実は私はANAの方が好き。

だけど、マイルの都合で一回はJALに乗らなくては

いけなくなり、、仕方なくJALへ、、。


以前はJALもANAも大差ないよ~~と

思っていたので適当に利用していましたが

国際線と国内線を乗り継いだりしていると

CAさんの力量がモロ分かります。


前回ANAのビジネスに乗った時にCAさんが

殺気だっていたのはあまりの満席ぶりに仕方ない

かな、、と思ったけど。


今回のJALのSFO→NRTのCAは最悪でした。

「ホレっエサっ」

みたいな食事の出され方。

上戸綾ちゃんの「アテンションプリーズ」の接客なんて

いったい何処いっちゃったの!!!

っていう酷さ。

こまごまとした対応の酷さに半ばあきれ

二度とJALには乗るかっ!と

国内線へ乗り継ぎ。


機体の遅れと天候不良で結局1時間遅れで出発

またまたJALのCAかあ、、と思っていると

国内線のCAさんの対応の素晴らしいこと!

もうもう、、!!!まさにドラマどおりの接客態度。

どうしてこんなに違うの??

ととても親切にしてくださったCAさんに

お礼がてら、、?「国際線のJALは酷かった、、」と話すと


「私達JASなんです、、」

とのこと。

つまり、JASはJALに吸収されたので、

元JASのCAさんだったんです。

しかもお話を聞くと


「JALとJASのクルーは

同じ便になったことがない。。」

とのこと。

え???

一緒に仕事しないようにしている??


ある心配事が、、

私が乗った国内線は実は最終便。

もしかして、、時間的に不利なフライトは

JASに振っているんじゃないかと、、、、、。


実はそんな風に疑ってしまう

理由があったのです、、、。


この話はまた続きます。






シリコンバレー地方版 というサイトがあります。

そちらの筆者さんが掲載されている面白い文章を

ぜひ皆さんに見てもらいたいので転載します。

(アメリカでチェーンメールで回ったものらしいです、、)

子供を持つ親としても考えちゃう文章です、、。


いま35歳以上の人はもうとっくに死んでいる筈らしい


そもそも僕らのベビーベッドときたら、

鉛のたっぷり入ったテカテカの派手な塗装だったし
薬の入ったビンやドア、引き出しなんかも子供が開けられないような仕組みはなかった


初めて自転車にのったときからヘルメットなんかしてなかったし、

大きくなったらヒッチハイクだってしたしね
子供の時だって車に乗るときはシートベルトなんかしなかったし、

車にはもちろんエアバッグなんかついてなかった


天気のいい日にトラックの荷台にのせてもらうのはとっておきのごほうびだった
水だってペットボトルなんかじゃなくて、

庭のホースから飲んでたよね、信じられる?


カップケーキだのバターたっぷりのパン、

砂糖の入った炭酸ジュースなんか大好でたくさん飲んだり食べたりしたけど、

いっつも外で走り回ってたからだれも肥満になるヤツなんかいなかった


一本のジュースを仲間で回し飲みもしたけど、

それで病気がうつって死んだやつなんかいなかった
ガラクタを集めて何時間もかけて

ゴーカートを作って坂道の上から走らせたりしたよね。

 ブレーキをつけていなかったことに気がつくのは

いつも発車してからなんだ
なんどか茂みに突っ込んで、

ようやくどうすればよいのか学ぶんだ
朝早く家をでたら、

街灯がつくまで一日中外で遊んでいられた


僕らを呼び戻す携帯電話なんかなかったしね

信じられる? 携帯電話の無い世界!


プレイステーションも、X-Boxはもとより、

そもそもテレビゲームなんてものは存在しかなった。 

99チャンネルもあるケーブルテレビもなけりゃ、

レンタルビデオ、サラウンドシステムも、

パソコンやインターネット、オンラインチャットなんて無い世界

でも、僕らには友達がいた


家から飛び出せば、一緒に遊ぶ友達はすぐに見つかった
ドッジボールで遊んでいて、

ボールがぶつかってマジで痛い思いをしたもんだ
木のぼりして落ちて、骨や歯をおったりするアクシデントに見舞われても、

裁判沙汰になんかならなかった


だってアクシデントだもん

誰も責められないよね? アクシデントだもん


友達と殴り合いのケンカして、

あざをつくったりしてもなんとかそれを乗り越えることを学んだ
テニスボールと棒切れさえあればいろんなゲームを思いついて遊んだもんだ


目が潰れるぞって親におどされたけど、

やっぱりミミズを食って見たもんだ、

で、ミミズは永久に体の中で生きているってのもウソだって身を持って確認したよね


自転車や歩きで友達の家まで行って、ドアをノックしたり、

あるいは勝手に中に入って、友達といつまでも語り合っていた
リトルリーグには入団試験があって誰でも入れるわけではなかった
入れなかったヤツはくやしさを乗り越えることを覚えなければならなかった


クラスメートの中には、勉強ができなくてダブってるやつもいた。 恐ろしいね
試験の結果が「調整される」なんてことはあり得なかった


自分の行動は自分の責任
どうすればどういう結果になるかはちゃんとわかっていた


警察に捕まった子供に親が保釈金を出すなんで想像もつかない時代だった
親に警察に連れて行くぞって脅されたもんだ
想像できるかい?


こういう時代に子供時代を過ごした僕らには自然と、

危険と向き合う能力、問題を解決する能力、画期的な発明をする能力が身についた
過去50年の発明と革新の歴史を振り返ってごらん


僕らには自由があった、失敗も、成功も、責任も そしてそれらとどう向き合うかを学んだ

おめでとう 君もその時代の一人だ

幸運にもこうした時代に生まれ育った他の人にも是非この文面を回して欲しい


「子供のため」の大義名分のもと、

弁護士や政府に過保護に育てられた35歳以下の連中には本当に同情する


(英文)

People over 35 should be dead. Here's why . According to today's regulators and bureaucrats, those of us who were kids in the 40's, 50's, 60's, or even maybe the early 70's probably shouldn't have survived. Our baby cribs were covered with bright colored lead-based paint. We had no childproof lids on medicine bottles, doors or cabinets, .... ! and when we rode our bikes, we had no helmets. (Not to mention the risks we took hitchhiking.) As children, we would ride in cars with no seatbelts or air bags. Riding in the back of a pickup truck on a warm day was always a special treat. We drank water from the garden hose and not from a bottle. Horrors! We ate cupcakes, bread and butter, and drank soda pop with sugar in it, but we were never overweight because we were always outside playing. We shared one soft drink with four friends, from one bottle, and no one actually died from this. We would spend hours building our go-carts out of scraps and then rode down the hill, only to find out we forgot the brakes. After running into the bushes a few times, we learned to solve the problem. We would leave home in the morning and play all day, as long as we were back when the street lights came on. No one was able to reach us all day. NO CELL PHONES!!!!! U n t h i n k a b l e ! We did not have Playstations, Nintendo 64! , X-Boxes, no video games at all, no 99 channels on cable, video tape movies, surround sound, personal cell phones, personal computers, or Internet chat rooms. We had friends! We went outside and found them. We played dodge ball, and sometimes, the ball would really hurt. We fell out of trees, got cut and broke bones and teeth, and there were no lawsuits from these accidents. They were accidents. No one was to blame but us. Remember accidents? We had fights and punched each other and got black and blue and learned to get over it. We made up games with sticks and tennis balls and ate worms, and although we were told it would happen, we did not put out very many eyes, nor did the worms live inside us forever. We rode bikes or walked to a friend's home and knocked on the door, or rang the bell or just walked in and talked to them. Little League had tryouts and not everyone made the team. Those who didn't had to learn to deal with disappointment. Some students weren't as smart as others, so they failed a grade and were held back to repeat the same grade. Horrors! Tests were not adjusted for any reason. Our actions were our own. Consequences were expected. The idea of a parent bailing us out if we broke a law was unheard of. They actually sided with the law. Imagine that! This generation has produced some of the best risk-takers and problem solvers and inventors, ever. The past 50 years have been an explosion of innovation and new ideas. We had freedom, failure, success and responsibility, and we learned how to deal with it all. And you're one of them! Congratulations! Please pass this on to others who have had the luck to grow up as kids, before lawyers and government regulated our lives, for our own good!!!! People under 35 are WIMPS!

「GARMIN」という会社の

StreetPilot c340

というカーナビ買いました!


CARNAVI

大きさはちっちゃくて。。

右手左手の親指同士、人差し指通しを

くっつけた輪ぐらいの大きさです。

持ち運びが十分OK!


400ドルちょっとなので、まあいいとしましょう。

日本だと10万以上する機種はざらだし、、

車に埋め込まれているからねえ。


毎回お出かけするのに

YahooMAPを印刷して使っていたので

これでドライブのストレスから解消されるかも。

タッチパネル式なので操作も楽。


難なのはちょっと東、ちょっと西、、とかに

移動できないこと。今いるポジションがメインです。


日本じゃ見向きもしない仕様なんだけどね。

コスト的にはしょうがないかも。

米国では価格&機能で人気の商品みたいです。

これから購入を希望していた方にはオススメ。

(もちろん米国限定です)


これだけ車社会なのに

カーナビ着けている人は皆無です。