祈るまえに、恋をして。 -9ページ目

祈るまえに、恋をして。

ときどきぽつりと更新。

いつからか長い間
娘はこの母が
好きじゃないだろうなと
思ってきたところがある。

まぁ、働いてばかりだったしね。
彼女にとって肝心な時
そばにいない母親でした。



彼女がまだとっても小さかった時
これはホントに今にして思えば
よろしくないことなんだけど
時々わたしは彼女の前で
倒れたふりをして
彼女をからかったことがある。

ぱたりっと大げさに突っ伏すわたし。
「あぁママ倒れるぅぅぅ」
すると彼女はとっても真剣に
「ままっママーッツ!!」と呼びかけ
「わーん、わーん」と涙した。
その姿があまりにいじらしく、
かわいくて、かわいくて
若かったわたしは調子にのって
その遊びを繰り返す。

幼い母親は、そうやって
子の愛を試してしまったのね。

それでも彼女は成長する。
いつの頃からか
娘はわたしの体調不良を
とても嫌うようになった。

朝、わたしが熱を出して寝ていようものなら
思い切り「嫌っ」って顔をして
むっすりと黙って学校なんかにいく
そんな小学生になっていた。

大丈夫?ともなんとも言わない。
熱があるっていうのに
「ごはん」と言う娘。
そうでした、そうでしたと
ふらふらになりつつも
台所に立つわたし。
テレビドラマみたいなね
ママ、わたしが手伝うよっ
みたいなことは一切
言わないないのね。

そんな時娘はわたしを
必ずじーっとみて、
いっつも口が
への字になっていた。

あーよっぽどこの母に
なんの感情もないか、
嫌っているんだろうと
思って落ち込んでいたりした。

彼女が中学1年生くらいまではね
ぎこちない親子っていうの?
そんな感じ。
そんな時期をこの娘と過ごしてきたなと、
ミラノの街並みを見ながら考えていた。



ミラノでその憧れの女性が
素敵なレストランに連れていってくれた。

グラスのぶつかる音
カトラリーの響き
歌うようなイタリア語
愉快な笑い声
テーブルのキャンドルが揺れ
次々に運ばれる料理に
うれしそうな人々の顔を照らす。

だけどわたしは
ワインを一口含んだところで
とっても呼吸が苦しくなる。
心臓がものすごいスピードで脈打ち
自分でもわかる
わたしは顔面蒼白だ。

そのまま後ろ向きに椅子ごと
倒れそうだった。
辛うじて、辛うじて
大和撫子はゆっくりと
自分の座席横の椅子に
横たわってしまった。

慌てたのは周りだ。
レストランオーナーは
そのひとの友人で
救急車を呼ぼうかと言う声を
やっと手で制し、夜風にあたって
休ませてもらった。

申し訳ないことをしたと
詫びながらタクシーにのって
ホテルに送ってもらった。
娘はわたしの横で
静かにその身を固くしていた。

ホテルに戻るなりわたしは
そのまま眠ってしまう。
深夜2時。ふと目が覚めてみると
わたしのベットのすぐ脇に
一人掛けのソファとオットマンを
引きずり出し、
娘はそこで寝入りこんでいた。

きしんちゃんと声をかけたら
「あぁーママが目を覚ますまで
見てたのに!起きていようと思ったのに!」
そう言ってあとはなんだか
もにゃもにゃと寝ぼけたような
ことを言いベットに入っていた。
あぁもう大丈夫?お風呂入れる?
そう言ったなり、もう小さな寝息を
立てはじめる。

後日その憧れの女性と
会っていて、
びっくりしたねと話をしていた時のこと。
きしんちゃんがとっても心配そうに
緊張してたのよと教えてくれた。

結局わたしは
この娘に心配をかけどおしで
この娘がわたしの命を奮い立たせ
そして管理してきた
ようなところがあるんだろうと想い、
あの日の彼女の姿の
不器用なまなざしを
愛おしく思う。

$祈るまえに、恋をして。

忘れていたのはわたしだ。
寝込むわたしの布団を用意して
くれたのはいつも幼き彼女だった。
一度、お茶漬けを作ってくれたんだよね。
そうそう二人分のマクドナルドを買ってきて
君は泣きそうな顔をしてたんだった。
祈るまえに、恋をして。

わたしはミラノの洗練が大好きだ。

あこがれの女性がこの街に
住んでいる。
友人といえば申し訳なく
やっぱりあこがれのひと。
この街にふさわしい
洗練された女性だ。

わたしは娘に
この女性を見てほしかった。
かっこいい女性って
こんな人。

だから、旅行終盤のミラノで
忙しいこの方に
お時間をいただいた。


日本人女性だが
この地に暮らし、
ミラノ⇔東京間で仕事をし
ちゃんとミラノに納税もしてるんだから
しっかりと根を下ろしている。

華やかな世界の成功者だけど
決して自慢しないし
うんちくを披露したりしない。
人を批評しないし、
不快な言葉を口にしない。
物腰は柔らかで
極上に洗練されたファッションで
美しい。

ため息が出る。
あーこうやって品格を
身につけなきゃいけないんだな
と思わせる透明感とか謙虚さにね。

清廉として
苦しかった時代を
乗り越え昇華した時
その凛とした姿を作ったのだろうと
言う感じ。

ミラノの石畳を歩く姿は
どのミラノマダムより
マダム然として美しかった。





イタリアを旅していると
色々なところで
働く日本人女性に出会う。

わたしたちも
フィレンツェのレストランで
ホールを忙しく立ちまわる
一人の日本人女性
と出会った。

そのレストランは
まだ日本人向け観光ガイドには
載っていないと言われていたが
現地に働く日本人たちが
多く集う店だった。

華やかな客の間をぬって
立ち働く彼女に
声をかけたのは
そのうちひとりの日本人だ。

ずっとこちらで働いているの?

彼女はうーんと濁しながら
でも、姿勢を立て直し
ホントは建築の勉強してて
仕事を捜してるんですけど
なかなかなくて
食べて行かなきゃならないから
ここでこうやって働いているんです。
競争率半端ないんで。

そう言って笑った。
そうなんだ、夢を追って
がんばりやさん
なんだねと言われて
笑っていた。

だけどなんとなく
くぐもって見えたのは
わたしだけなんだろうか。
そう若くもないそのひとに
イタリアに来てから随分と
時間がたっていると
話した彼女に
いきいきと輝いているね
なんて、ちょっと違う。

なんだろうなーと
思いながら食事を終えて
夜の街に出た。

これってママの意地悪?
とつぶやくわたしの後ろを
娘はついてくる。

祈るまえに、恋をして。



その夜の出来事を
彼女に打ち明けた時
そのひとはゆっくり言ったのだ。

そこで生活のために
働いちゃだめよね。
やりたいことがあったら
その場所にいなきゃね。
どんなに苦しくてもね。


フィレンツェの街で
働く女性が
なんだか曇ってみえたのは
そのひとの人生に
大きな言い訳が
見えたからだろうか。

あこがれのひとは
きっと日本を出た時に
自己責任、自助努力を
自分の心に誓ったのだろう。
最初からこの街が
彼女に優しかったわけじゃない。

一度も今の仕事の現場から
離れなかったそうだ。
例え収入がなくとも。
だからきっとミラノが
彼女を受け入れ
彼女を愛しているのだねと。

言い訳の数だけ
女の顔は透明感を失うのかな
とか、そんなことを考えていた。


それにしても
時々女性誌に紹介されている
彼女のくらしぶりは
圧巻のおしゃれ。

その部屋のあちこちに
彼女の一貫した審美眼が貫かれ
その洗練に我が娘は驚嘆していた。

ママ、すごいね。
うちはこーはならないね。
と彼女に聞こえない
小さな声でわたしに言う。

何が飲みたい?と聞かれて
無邪気にオレンジジュースと
答えたならば、それは冷蔵庫から
出てくるペットボトルにあらず
しぼりたてのブラッドオレンジジュース。
小さな小さな声で
ママ、うちはこーならないね。

母は言い訳のしようもなく
ただ、静かな中庭を見つめて
聞こえないふりをしていた。
わたしはひとりで
娘を育てると決めた時
幼子を前に
弱音を捨てた。

何があっても
この子を守らなくては
そう思えばこそ
時に易々と恐怖心を
乗り越える。

時に親ゆえのよかれと思った
強引な手引きに
娘が泣きながら
責めることもあった。

自立を想えばこそ
彼女に課すハードルに
わたしへの劣等感を
あらわにすることもあった。

ママは強くて、優秀で、
なんでもこなす。
知らず知らずの内に
わたしはその実像と
かけ離れた姿で
彼女の前に立ちふさがり
越えられない壁みたいな
存在になっている



そうなんだろうなー
とは、感じていた。


祈るまえに、恋をして。
ホテルの部屋からナポリ

祈るまえに、恋をして。

ナポリの港からカプリ島に
向かうその朝
朝食をテラスで。

「あの、ちょっとお願いが
あるんですけど」と
いじいじ言ったのは
娘とテーブルをはさんで
座るこのわたし。

「ちょっと相談」と言うだけで、
目の前の我が娘は
間接的説教か?という感じで
眉間にしわを寄せ
怪訝な顔をする。

いや、そんな話じゃない。


ママ、青の洞窟・・・無理かも。


へぇ?


わたしは“水”とか“海”とか
実は恐いのだ。

遠くから眺める分には
楽しめる、癒される。
目の前に水が広がると
とたんに息苦しくなり
汗がにじむ。
海ともなれば地に足つかぬ
得体の知れ無さに
手足の力が抜け
すくむのだ。。

夏のプールのカルキの匂いに
青春の思い出がある人は多いだろう。
わたしはいつも絶望的な気分になり
えづくように喉の奥がせりあがり
呼吸が苦しくなっていく。
プールの隅でただただその時間が
終わってくれよと祈り
唇を紫色にして震える
孤独な記憶ばかりなのだ。

青の洞窟は
島に渡ってなお、
小さなボートにのり
あの洞窟には
さらに頼りない小さな
手こぎボートに
乗り換え向かう。

深い深い海の上で
小舟に乗り換えるなんて
そんなことしたらわたし
卒倒するにちがいない。

青の洞窟ひとりで行ける?
それともママと一緒にカプリを散歩する?
そんな相談。
彼女は答えた。

わたし?青の洞窟行くよ!平気!

この母を置いて行くらしい。


祈るまえに、恋をして。

秘かにその海に
荒れ狂ってくれと願っていた。
はじめて訪れたくらいでは
受け入れぬと言われるその洞窟に
わたしなど不適合なのだからと
どうか波立つ朝であってくれと
祈っていた。

だけど凪の海。
これはわたしが携帯で撮った
ぶるぶるブレブレ撮影画像。
神はわたしに行けと言う。


ママ、大丈夫だよーと
言いながらフェリーに乗り
酔い止め薬を渡してくれた。
ママ、大丈夫?と言いながら
島を回るボートを待ち、
こうやって乗るんだよと
教えてくれた。
手に汗握るわたしに
無理についてこなくていいから
わたし、ひとりで大丈夫という娘。
だけどね、ママもったいないから
見に行けば?一回きりでいいじゃん。
そうつぶやくのだ。

あの頼りないボートが転覆したら
どうしたらいいの?
というこの母に
娘は吹き出し
そんなこと起こらないってば
とカプリの風を受け涼しげに言う。

大丈夫、ママが
ボートに乗るまで
見ててあげるから。

わたしにできないことが
彼女にはできる。
いつのまにかそんな風に
育っていた。
ママにも苦手なことがあるんだね
そう言いながら娘は笑っていた。