祈るまえに、恋をして。 -10ページ目
少女って言うのは
さっきまでぷーっと
なっていたかと思えば、
つーんと知らんぷりして
でもいつの間にか
ケラケラと笑顔満面
だったりする。
ころころと
よく変わるのだ。
イタリアを訪れて以降
少女きしんちゃんも
最初は仏頂面で
その感情の起伏に
母であるわたしは
ご機嫌を伺いながらも
内心めんどくさーと
思わんでもなかった。
くるくると短いスパンで
変化を繰り返すきしんちゃんの表情が
違う意味で変化の時を迎えるなんて
わたしでさえ想像していなかった。
この旅で、この場所をきっかけに
彼女は自分の未来を語りはじめ
今もなおどんどん変化をしている。
ここで。

これには正直わたしもびっくりした。
ここはリゾート地カプリ島。
別荘や5つ星ホテルに
美しい人々が集い
有名メゾンの期間限定ショップで
超レア商品をお買い上げになる
っていう顔を持つ。
確かフェラーリ経営一族の
別荘があり、青の洞窟があるところ。
うーんと古くは
古代ローマ皇帝のお気に入り
だけど、いたって
のんびりムード。

このおおらかな空気に
彼女はこの島に降り立った瞬間
真剣な顔で
「ここに将来住むから」
と言ったのだ。
へぇ???
あれほど日本命の娘が
この島の空気がたまらなく
わたし、大好き!!!
と叫んでいた。
へーへー
で、ここでどうやって
暮らすの?
と聞けば
午後3時半くらいまで働いて
あとはのんびりするの。
本気とも冗談ともとれる物言い
ながら、目は真剣なのだ。
へぇ、リゾート地で
働く人になるの?
リゾート地って来る場所じゃないのーっ?
そんな超現実的質問を
繰り返す母に
少女はむっつり無視を決め込み、
意思を持って
高台にあるアウグスト公園
に向かう小路を進むのだ。
この地に心奪われし
少女の後ろ姿を
見つめながら
やいのやいのと
外を見よと
母が口うるさく言うより
よほどこの海が
この島の空気が
彼女を成長させるのかしら
彼女を変える力があるのかしら
と考えながら後を追って歩いた。
途中、このカプリにある
修道院が作ったという
フレグランスやボディケア商品
が売っているなんとも上品な
Carthusia(カルトゥーシア)
というお店がある。
「あんおーぉ、ここ寄りたいぃぃぃ」
叫ぶわたしに、
あぁめんどくさいという
顔をして
先を急ぐ娘が
引き返してくれる。
いつのまにか
立場が変わって
めんどくさいのは
この物欲に溢れた母?


娘は今でも
ここが大好きという。
きしんちゃんが
部活動で不在になる
数日間があって
そのタイミングを
きっかけに家出。
相変わらず
「わたしってこの子に
どーなってほしーのかしら?」
とか、曖昧な感じでブツブツ考えて
いたんだけど。
それにまだイタリアの旅の
記録はあるんだけど。
でも、スーツケースに
くるくるカーラーも
お化粧品がつまったバニティケースも
下着も、なにもかもつめこんで
リキシさんの部屋に
向かっていたりした。
こんな時、リキシさんは
必ず旅の提案をしてくれる。
京都は?伊勢は?
台湾もいいね。
だけど今回、4泊5日
関東圏にいるきしんちゃんが
どうも心配で
東京から出ることが
できなかった。
だから、最近リキシさんが
はまっている小説の舞台
門前仲町界隈をふたりお散歩。
深川龍神や富岡八幡宮を起点に
深川江戸資料館あたりを
ぶらぶーらして歩いていた。
このあたりやっぱり江戸の中心。

これを見るたび
東京タワーも負けないぞぉと
おもうわたし。

散歩の終点、橋を渡って中央区
ドイツの橋を模した清州橋。
スーツケースをリキシさんの部屋に
持って行ったのに。
パソコンだって持って出たのに。
部屋について荷物を出そうとしたら
スーツケースにつけた
お気に入りの南京錠を空けるカギがない。
仕事から帰宅したリキシさんは
どっと疲れたという顔をしながら
今日は君のお部屋に行こうと
夜のタクシーに荷物を乗せた。
「Vちゃん、うちに来るだけなのに
なんで鍵しめたの?」
「うーん、習慣!」
かくして、
きしんちゃんお留守中の
つかのまわたしの家出は数時間。
ここだけの話、
リキシさんにご許可をいただき
そのお気に入りの南京錠
鍵屋さんに空けてもらった御代金は
そーとー高かった。うぷぷ。
もし
イタリアで娘が
わたしの恋について
聞いてきたら
それなりにお話をしようかな
と思っていた。
平素わたしは
彼女の前で
リキシさんの存在を
極力消してしまうのだ。
混乱しちゃうからね。

(フィレンツェ)
だけど
きしんちゃんは
なんにも聞いてこなかった。
帰国してからの彼女は
ヨーロッパを見て
ひとつ大人になった
自信みたいなものを
まとっていた。
ある日
わたしが、頬杖ついて
ニュースなんかみていたら
その視線を遮るように
あらたまって鎮座し
「ママ、ねぇ、ねぇ、恋人いるんでしょ?」
と聞いてくる。
逃げようのない彼女の視線に
戸惑いどうしたの?と聞けば
もう自分は十分に大人で
ママの恋愛とか恋人とか
ちゃんと理解できて
受け入れることもできるから
そろそろ本当のところを
教えてほしいと言うのだ。
きしんちゃんは大人なの!
ねーっねーっ教えて!
ママの好きなひとがホントは
誰かわかっているんだから!!
と叫んでいた。
そりゃそうだ。
その人にちがいない。
世の中が身動きとれなくなった
あの震災直後
突っ張り棒と食糧を持って
我が家を守りにやってきた
リキシさんを特別な人だと
教えてもいい。
でもね、でもね。と母は問う。
あなたさん、そのぉママが
じゃぁこの人がママの恋人ですって
答えたとしてホントーに受け入れられる?
ママの帰りが遅かったら
『わたしをひとりにして!デートなんて許せない!』
ってならないの?
後からうつうつ考えるでしょ?
彼女はこの母の問いかけに
しばらーく考えて
とっても丁寧に何かを扱うような
表情をしながらうーんうーんと考えて
少し照れたように
「そうなるかも」と言い
「やっぱ今は聞かなくていいやぁ!」
と自室に戻ってしまった。
鼻歌を歌いながら。

きしんちゃんのはじめての
海外旅行は14歳のハワイ。
娘を連れて、初めての海外旅行。
ふたりきりっが心細くて
リキシさんに頼み込んで
ついて来てもらった。
あぁ正しくは
連れてきてもらった。
わたしとリキシは
それはそれは気を使った。
くっつかない、見つめあわない
会話は“おともだち”口調。
リキシさんは完璧なガイドに
徹してくれた。
「きしんちゃん、どこ行きたい?
何食べたい?どーしたい?」
初めての海外旅行は
彼女は始終むっすり。
外国なんて来たくなかったのに!
このおじさん、ナニ?
このおじさん、と、ママどんなカンケーっ?
そんな風だった。

14歳のきしんちゃんが
ママ!あのおじさんと
くっついて歩かないで!!!
“ふうふ”じゃないんだから!!
とわたしに説教しながら
ぶーたれていた
ハレクラニのバルコニー。
(きしんちゃん撮影)