このイタリア旅行から帰国後
今、徐々にいろいろなことが
変化しつつある。
あれほど
苦手意識を持っていた
「外国」への感情が
好意とか好奇心へと変化
しつつあるし。
物事の見方や捉え方に
柔軟性が出てきている。
苦手の「実態」が
言葉の壁と
治安への不安だと
認識が出来てから
無駄に日本以外の国を
非難する態度も
消えてきている。

(サンピエトロ大聖堂)
わたしにも変化があった。
よく海外に出て
自分が日本人である
ということを
改めて認識するという
ことはよくあること。
でも今回はじめて
“祖国”という言葉を
強く感じた。
日本はわたしの祖国です。
その祖国が痛みを負いました。
私と同じ血を持つ人々が
深く傷つきました。
どうか助けてください。
どうか私に力をください。
そんな、感情を持った。
日本はまぎれもなく
わたしの祖国であり
守らねばならない国だということ。
私たちはイギリス経由で
ローマに入った。
わたしたちはイタリアで
本当に多くの人に声をかけられた。
「どこから来たの?」
「日本は大丈夫?」
そんな質問。
「まだ深刻な状況は変わらないし
深い悲しみに包まれている」
そんな風にお返事をした。
ぼくらも胸を痛めている。
そんな風に応えるビジネスマン。
「地震」も「原発」も
彼らには他人事ではないと言った風。
「お母さんは大丈夫?」
と聞いてくる現地ガイド。
きっとマンマが大好きにちがいない。
フィレンツェでは
カードショップの店主が
日本語に堪能で
「ほらね、先週ドゥオモでミサがあってね
ぼくはTシャツを作ったんだ」
と見せてくれた。
大きく日の丸が書かれ
Pray for Japan
と書かれている。
僕はね、日本は必ず復興すると
信じているんだ。
日本が大好きだし
日本人は最も賢い人種のひとつだ。
きっと大丈夫。僕は信じてる。
そんな風に話しかけられた。
そんな風に話しかけられる時
きしんちゃんは必ず
私の隣でだまってそれを
聞いていた。
サンピエトロ寺院でも
ローマ法王によって日本に向けて
祈りが捧げられた。
フィレンツェやミラノでも
祈りは捧げられていた。
宗派を越えて。
よくある
「大丈夫?」という言葉に
隠れている
見下すような態度も
憐みのような想いも
なかった。

(ミラノドゥオモ)
きしんちゃん
どうだろう?
ママの見てきた日本は
いつも困った国や
貧しさから抜け出せない国を
お金や人の力で
救ってきた姿だよ。
それはとても誇らしいこと。
でもいつの間にか
ママはそれを
日本が常に救いの手を
差し伸べる側で強者で
救われる側を弱者として
どこか優劣をつけて
いたように思うんだ。
こういうのを
見下していたって
言うんだね。
ママの誇りは
いつしか
奢りになっていたようだよ。
そんなお話。
世界のみんなはいつも
「救う側」と「救われる側」
っていうのがあって
ママはいつだって日本は
救う側に立っていられると
思ってた。
そんなことなかったね。
立場は簡単に入れかわる。
日本は今
世界のみんなの助けが
必要だね。
きしんちゃんの
見て行く日本の姿は
ママのその姿とは
少し違うかも
しれないよ。
そんな風にわたしは
きしんちゃんに話しかけて、
きしんちゃんは静かにそれを
聞いていた。

