祈るまえに、恋をして。 -11ページ目

祈るまえに、恋をして。

ときどきぽつりと更新。

きしんちゃんは
このイタリア旅行から帰国後
今、徐々にいろいろなことが
変化しつつある。

あれほど
苦手意識を持っていた
「外国」への感情が
好意とか好奇心へと変化
しつつあるし。

物事の見方や捉え方に
柔軟性が出てきている。

苦手の「実態」が
言葉の壁と
治安への不安だと
認識が出来てから
無駄に日本以外の国を
非難する態度も
消えてきている。


祈るまえに、恋をして。
(サンピエトロ大聖堂)

わたしにも変化があった。

よく海外に出て
自分が日本人である
ということを
改めて認識するという
ことはよくあること。

でも今回はじめて
“祖国”という言葉を
強く感じた。

日本はわたしの祖国です。

その祖国が痛みを負いました。
私と同じ血を持つ人々が
深く傷つきました。
どうか助けてください。
どうか私に力をください。

そんな、感情を持った。

日本はまぎれもなく
わたしの祖国であり
守らねばならない国だということ。





私たちはイギリス経由で
ローマに入った。

わたしたちはイタリアで
本当に多くの人に声をかけられた。

「どこから来たの?」
「日本は大丈夫?」
そんな質問。

「まだ深刻な状況は変わらないし
深い悲しみに包まれている」
そんな風にお返事をした。

ぼくらも胸を痛めている。
そんな風に応えるビジネスマン。
「地震」も「原発」も
彼らには他人事ではないと言った風。

「お母さんは大丈夫?」
と聞いてくる現地ガイド。
きっとマンマが大好きにちがいない。

フィレンツェでは
カードショップの店主が
日本語に堪能で

「ほらね、先週ドゥオモでミサがあってね
ぼくはTシャツを作ったんだ」
と見せてくれた。

大きく日の丸が書かれ
Pray for Japan
と書かれている。

僕はね、日本は必ず復興すると
信じているんだ。
日本が大好きだし
日本人は最も賢い人種のひとつだ。
きっと大丈夫。僕は信じてる。

そんな風に話しかけられた。

そんな風に話しかけられる時
きしんちゃんは必ず
私の隣でだまってそれを
聞いていた。

サンピエトロ寺院でも
ローマ法王によって日本に向けて
祈りが捧げられた。

フィレンツェやミラノでも
祈りは捧げられていた。
宗派を越えて。

よくある
「大丈夫?」という言葉に
隠れている
見下すような態度も
憐みのような想いも
なかった。

祈るまえに、恋をして。
(ミラノドゥオモ)


きしんちゃん
どうだろう?

ママの見てきた日本は
いつも困った国や
貧しさから抜け出せない国を
お金や人の力で
救ってきた姿だよ。

それはとても誇らしいこと。

でもいつの間にか
ママはそれを
日本が常に救いの手を
差し伸べる側で強者で

救われる側を弱者として
どこか優劣をつけて
いたように思うんだ。

こういうのを
見下していたって
言うんだね。

ママの誇りは
いつしか
奢りになっていたようだよ。

そんなお話。

世界のみんなはいつも
「救う側」と「救われる側」
っていうのがあって
ママはいつだって日本は
救う側に立っていられると
思ってた。

そんなことなかったね。

立場は簡単に入れかわる。

日本は今
世界のみんなの助けが
必要だね。

きしんちゃんの
見て行く日本の姿は
ママのその姿とは
少し違うかも
しれないよ。

そんな風にわたしは
きしんちゃんに話しかけて、
きしんちゃんは静かにそれを
聞いていた。

この旅に出るまでの数日間
そして出立する日まで
いや搭乗するその寸前まで

「いぎだぐないー。いぎたくないー」
ときしんちゃんはゴネまくっていた。

イタリアなんか行きたくない!らしい。

きしんちゃんの持論は
こんな震災でみんな大変な時
みんなの(学校の友達の)
そばにいたい!部活に行きたい!
というピュアな理由。
で、まぁわからんでもない。

「で、なんでーみんなのそばに
い・な・きゃ・いけないの?」

と聞いたところで、
キッと睨まれ
「結局ママの思った通り
わたしっ従わなきゃいけないんでしょ!」
「いっつもそうじゃない!!」
と怒られた。

まぁねー、そうねー。
とか言うものの
ほとほとわたしも疲れて。

だからといって置いて
行くわけにも行かず。
そんなに言うなら
「ママと行くか」
「ママが行く間おばあちゃんといるか」
決めなさい!と選択肢をわたしておいた。





私には彼女に残すべき
資産というものがない。
借金もない。
私が死んだら、
わたしの預金通帳と保険金と
売れるとしたら
絵画と時計くらいかな。
あぁ指輪もあった。
あとはもうなーんにもない。

持っていたマンションは
足かせになりそうで
元夫に分与として渡してきた。

『だから、この子に
“経験”だけは 残しておこうと
 いろいろやってきたんだけどねー。
 そ・れ・もマンション買えちゃうくらいよー。
 でもー嫌だって。このハハに向かって。
 しくしく泣くかよー。
 こっちが泣きたいよぉー
 どっぅしよっかなー』

とか。ひとりごちていた。

結局、旅立つ日
あなたさんどーすんの?と
こちらがむっすり聞いたら、
あちらもむっすり
「行く!」と言って
ついてきた。

大切な大切な宝物の
ソニーのデジカメを持って。


祈るまえに、恋をして。

ローマの朝。

きしんちゃんは
初めて見るローマに
ぐるーっとあたりを見回して。

「ほおぅっ♪」と
小さくあげた声を
わたしはちゃんと聞いた。

素直かわいい、ほおぅっ♪

はじめての街頭。

祈るまえに、恋をして。

きしんちゃんは
とっても
日本が大好きだ。


アニメーションの世界で
かの国が悪びれることなく
我が国のコンテンツを
コピーする様を見て
本気で怒っていたりする。

日本が本物なのに、
日本が正しいのに、
あんな国大嫌い!!!サイッテーっ。

日本もほんの十年、十五年前まで
コピー天国でしたよ
なんていうと
憮然とするか
聞こえないふりをする。

きしんちゃん世代が
わたしたちの世代と
明らかに違うなと想うことの一つは
日本が世界に誇れる
経済大国になってしまってから
成長してきたってことだろうか。

もちろん彼女はばかじゃないから
国家規模の優劣とか
歴史的背景を諸国が、
そして祖国が背負って
いることも分かっている。

だけどJAPAN is No.1。
日本は優秀な国。
そんな風。
留学をすすめても
もってのほか。
トーキョーの女子高生
が一等クールって感じ。

そんなきしんちゃんに
この母はなんだか
うまく説明のできない
“アンバランス”な
印象を持っていて
「どーしたもんかな」
と思っていた。

日本が大好きは
いいことなんだけど

なんだかね。


なんだろう。
このあまりに純粋な偏り感。



わたしは
「常に自分は正しい側にいると信じている」
人がすこし苦手だ。
独りよがりに見えるからかな。

そもそも立場が変われば
正義や優劣に対する評価は
変わるんだっていう視点を
持ってほしいんだけどね、ママは。
なーんて言っても16歳には通用しない。
はぁ?って感じ。

きしんちゃんは
世界の正義や優劣が
とても多面的で
表情をころころ変える
ことを知らないままなのだ。
まだ子供だから。

あちら側から見てみれば?
そんなこと
言葉で語っても
わかんないわなーと
思いながら
イタリア行きの手配をしていた。

20代のはじめ、イタリアに2回渡った。
侵略征服を繰り返した歴史、都市計画、
美術、ビジネス、ファッション
ありとあらゆる顔を見せるこの国は
昔、わたしに優しかったし
とっても意地悪だった。