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祈るまえに、恋をして。

ときどきぽつりと更新。

会社をやめて
何をしようって
娘を海外につれて
行こうと決めていた。
退社したその日から。

人生の岐路となる
進路を決める前に
日本とは違う
大きな歴史
華やかな文化
なにより外の価値観を
我が娘に見せ始めよう
と想ったからだ。

準備は1月下旬から。
そして3.11がやってきた。

渡航すべきか
すべきでないか。
渡航できるか、
できないか。
様々なことを考えた。

ラジオに出演するNPOの代表が
日に日に関西圏へ、海外へ向かう
関東圏の住民に
「逃げるのか、なら戻って来るなと言いたい」
なんて言っているのを
しんとした気持ちで聞いていた。

それがエキセントリックなのか
正常なのか考えて。
答えなんかないけどね。
それぞれに違う視点で
理屈があるようにも思うから。

日本の中のあちこちが
一丸となろうと
うたえばうたうほど
誰かの気持ちは
こちら側とあちら側に
分かれていくようで
なんだか重々しい気持ちで
渡航チケットを眺めていた。

でも結局いくんだけどね。
こちら側があるなら
あちら側が何なのか
娘に見せなきゃいけないと
そう思ったからかな。

祈るまえに、恋をして。

海外エアラインが
成田への発着をやめてしまって。
空港はなんだかグレートーン。
わたしはなんだか口をつぐんだまま
搭乗口にむかっていた。
そんな旅のはじまり。

そう言えば、やめた会社の
採用試験の面接で
「将来なんかやりたいことある?」
と聞かれたことがある。

22歳のわたしは
娘と世界を旅します、と答えていた。
世界中を見せてね、
オーロラなんか見ちゃうんですよ。
息子じゃなくて娘ね。

そんなことを空港で思い出していた。

今じゃなきゃだめだと
そう思ったから
飛行機に乗った。
母は本当に少しずつ、
少しずつ緩やかに
その記憶が欠片となって
崩れはじめている。

小さな小さな行動のズレ
辻褄のあわない感じ
繰り返されるお話の
少しの違和感。

忘却の時というのか
年相応の呆け。



いい歳してなんだけど
誕生日だから
母の電話を待ってみた。
お誕生日おめでとうを
言ってもらいたい。

でも誕生日の当日も
次の日も次の日も電話はならず。
ここで不貞腐れるわけにも
いかないから
自分から電話をしてみた。笑

もしもしぃと聞く母の声は
まぁ久しぶりで

「あぁVちゃん久しぶり」

と明るく答える。

からだは大丈夫?
困ったことはない?
わたしは彼女の近況、状況を
矢継ぎ早に確認した。

母の姉は癌で余命いくばくもなく
兄弟そろって有馬温泉に
行って来たのよと言う。
全て従兄弟たちが
手配してくれたらしい。

地震や、放射能の
その一連について、
きしんちゃんの近況について、
話すわたしは
すっかり自分の誕生日を
伝えそびれていた。

まぁいいか、わざわざ
言う話じゃないよなと
思うところ。

だけど。
このまま
母の時間がなくなったら
やっぱりあの時おめでとうを
言ってほしかったと
後悔するはずで。
「あのぉわたし誕生日が来たんですけど」



ぼんやりと間があいて

「あぁ忘れていたわぁ」

と言うから

「育ててくれてありがとう」と
ゆっくりおどけて言ってみた。


母は最近こんな時
つぶやくような小さい声で
「何にもしてあげられなかった」
と、何度も何度も言う。
お母さんあの時なんにも
してあげられなかった。

そう言う母に
慌ててあれもこれも
お父さんとお母さんの
お陰ですよと声にした。


母は先日
デパートで買い物してて
お財布スラれたと報告してくれた。
お買いものしてたら
もう油断しちゃって
慌てちゃって、
気が付いたらさっきまであった
お財布がないの。
6万円も入っていたのに。
と憤り、悔しがる。

今度から慌てたりしないで。
危険な目にあわなくて
よかったわよと
そんな話をして切った。


再度電話があったのは
夜の事。

お財布は下駄箱の中に
あったらしい。
どうしちゃったのかしら
あわててお家を出たのかしらね
と、照れて笑う母。

わたしは大げさに喜んで
スリじゃなくてよかったと。
ほんとうに大げさに喜んで
電話を切った。


わたしが生まれて42年。

母にも42年の時間が流れた。
どうかお母さん
もう急がないで
そばにいてと
願う。










「世の中ままならぬ」なんて
達観したようでいて
物事目の前にすれば
あれこれと物申すのだから。
本当にムツカシイ。

お誕生日の朝
きしんちゃんが学校に
登校して後
リキシさんが花束を抱えて
おうちにやってきた。


祈るまえに、恋をして。

大きな花束と
アジサイを抱えて。

祈るまえに、恋をして。

このひとは
ままならぬことが
男女には縦横に
横たわっていると
学んでいる。

だから“努力”を
惜しまない。

その日の私の部屋は
たくさんのお花で華やいだ。




きしんちゃんは数日前
今年はプレゼントちゃんと買うんだからー。
と言い放ち、何がほしい?と聞かれていた。

あー、やっぱりこの子は
イタリアに連れて行ってから
この母を想う気持ちが変わったのねぇ
と、うれしかったわ。

「きしんちゃんは
何をくれるんだろうね?」
とか言いながら

部屋にある立派な花束に
気後れしなきゃいいんだけど
みたいなことも考えたりしていた。

「ママ!みんなみたいに立派な
花束じゃないけど受け取ってぇ」
と小さな花束を差し出す我が子を
妄想していたわけ。




その夜。きしんちゃんはなんかフツー。

「ねーなんで今日花がたくさんあるわけ?」

ときしんちゃんは聞いてくる。

「あのぉ、ママ誕生日なんですけどぉ」

とこの母が言えば

「ひひぃぃぃぃ」と息を吸い
「忘れてたぁぁあ!」と叫んでいた。

そーですよね、そーですよね。
いーの、いーの。涙

きしんちゃん曰く
「いっや、不思議に思ったんだよねー
こんな『花』ばっかでさ。
あじさいなんてあって
“虫”飛ぶじゃーんって思ったもん」

そう、我が家は虫が怖くて
観葉植物などを置かないのだ。

母の誕生日を忘れたのはいい。
そうそう母子家庭なんて
幼子目の前に母の誕生日祝いを
するなんてこたぁしない。
いたって普通の1日なのだ。

しっかし“虫”が飛ぶって
はなしはないだろう。
もっと考えることあるだろう。
リキシさんがくれたのに。
と言いながら
そうねそうね防虫ね。
と夜更けに虫対策をしたわたし。

なんだかちがうだろ。

この今だままならぬ
我がむすめ。