母は本当に少しずつ、
少しずつ緩やかに
その記憶が欠片となって
崩れはじめている。
小さな小さな行動のズレ
辻褄のあわない感じ
繰り返されるお話の
少しの違和感。
忘却の時というのか
年相応の呆け。
いい歳してなんだけど
誕生日だから
母の電話を待ってみた。
お誕生日おめでとうを
言ってもらいたい。
でも誕生日の当日も
次の日も次の日も電話はならず。
ここで不貞腐れるわけにも
いかないから
自分から電話をしてみた。笑
もしもしぃと聞く母の声は
まぁ久しぶりで
「あぁVちゃん久しぶり」
と明るく答える。
からだは大丈夫?
困ったことはない?
わたしは彼女の近況、状況を
矢継ぎ早に確認した。
母の姉は癌で余命いくばくもなく
兄弟そろって有馬温泉に
行って来たのよと言う。
全て従兄弟たちが
手配してくれたらしい。
地震や、放射能の
その一連について、
きしんちゃんの近況について、
話すわたしは
すっかり自分の誕生日を
伝えそびれていた。
まぁいいか、わざわざ
言う話じゃないよなと
思うところ。
だけど。
このまま
母の時間がなくなったら
やっぱりあの時おめでとうを
言ってほしかったと
後悔するはずで。
「あのぉわたし誕生日が来たんですけど」
ぼんやりと間があいて
「あぁ忘れていたわぁ」
と言うから
「育ててくれてありがとう」と
ゆっくりおどけて言ってみた。
母は最近こんな時
つぶやくような小さい声で
「何にもしてあげられなかった」
と、何度も何度も言う。
お母さんあの時なんにも
してあげられなかった。
そう言う母に
慌ててあれもこれも
お父さんとお母さんの
お陰ですよと声にした。
母は先日
デパートで買い物してて
お財布スラれたと報告してくれた。
お買いものしてたら
もう油断しちゃって
慌てちゃって、
気が付いたらさっきまであった
お財布がないの。
6万円も入っていたのに。
と憤り、悔しがる。
今度から慌てたりしないで。
危険な目にあわなくて
よかったわよと
そんな話をして切った。
再度電話があったのは
夜の事。
お財布は下駄箱の中に
あったらしい。
どうしちゃったのかしら
あわててお家を出たのかしらね
と、照れて笑う母。
わたしは大げさに喜んで
スリじゃなくてよかったと。
ほんとうに大げさに喜んで
電話を切った。
わたしが生まれて42年。
母にも42年の時間が流れた。
どうかお母さん
もう急がないで
そばにいてと
願う。