祈るまえに、恋をして。 -13ページ目

祈るまえに、恋をして。

ときどきぽつりと更新。

そんなこんなで
日常にある些細な違和感も
大抵のことを苦笑いしながら
やり過ごすことができるようになり、

物事を素直に受け取る
姿勢が昔よりはるかに
できてきたつもりの42歳。


GONKOちゃん!
ここで反省をひとつ。



その昔、天海祐希より
テーラードジャケットが
似あったわたし(嘘)

接待とは流れるように始まり
流れるように終わるが鉄板の信条。

揉み手でお迎えし、
ご指定銘柄のビールにたばこ。
スマートに会計をすませ
あっと驚く速さでタクシーを呼び
お土産とタっ券(タクシーチケット)
を握らせる。

ねじが抜け落ちた今となっては
信じてもらえないとして、
わたしは長らく
営業トップランナーだったので
そらっもう完璧だったわけ。
酔っぱらっても、
目は「 \ 」マークだったはず。

ところがやってくれました。
ある日の接待。
我が上司は酒に飲まれてしまい
酩酊気味になていく。

マ ジ カ ヨ。

わたしは日ごろから
この上司に対する不満が溜まっていた。
こいつに足を引っ張られるなんて。

宴席がおわり
客人たちをタクシーに乗せる段になって
気が付けば土産がないっ。

その酩酊上司が
お土産用のでっかいバームクーヘンが
入った紙袋三つかかえ持ち、
とぉーく銀座の雑踏を
突き進んでいるではないか。

ア リ エ ネ ェ。

はなから土産なんぞ
用意してないけどなにかっ?て顔をして
お客様をタクシーに押しこみ
タクシーチケットを握らせる。

「地球の果てまで乗ってってぇぇぇ」

アァ ム カ ツ ク。

タクシーを最敬礼で見送れば
遠く上司は信号の向こうで
道路に立っている
カラーコーンに話しかけ
蹴飛ばしてはあばれている。

あーあ、どうか客が
見てませんように。

いやいや話はこれからだ。

わたしはつかつかと
上司の正面に立ち
「酒に飲まれてみっともない」
と言い放った。ような気がする。

いやいやもっと聞こえるように
「ツッカエネー」
そう言ったようにも思う。

そうそうこいつは日ごろからだらしない。
仕事も経費もあれもこれも。
上司としてあってはならぬぅぅ。
不満が心の底から湧いてくる。
この際だから正しておこう。

上司はカラーコーンから
私に視線を変え
憤然と怒り、手に持った
バームクーヘンの箱を
ひとつ、ふたつ、みっつと
わたしめがけて投げつけたのだ。

ユ ル サ ネ ぇ。

こともあろうに
銀座のど真ん中。

45センチ四方、高さ20センチ
豪華な箱に入った
バームクーヘンはその袋ごと
私にあたり、地面に落ち
ぼっろぼろになっていた。
痛かった。

そして、上司は
なにやら叫びながら
タクシーに乗って
帰ってしまったのだ。

マ ジ ッ カ ヨ。

そう、そう想った。
やだあの恋人たち喧嘩してるの?
みたいな目がわたしを囲む。

わたしはひとり恐い顔をして、
道にころがった
そのゴミのような土産を
丁寧に全て拾い上げ、
タクシーに乗って
帰宅した。



翌朝。

その頃の私は
定時出社なんかしたことがない。
だけどその日に限っては始業直前の
エレベーターに立っていたわけ。

えぇ、昨日のバームクーヘン
すべての紙袋をすべて抱えて。
でかいし、重いし、
見るからにぼっろぼろなんだけど。

こんな時間にドアをあけ
オフィスに現れたわたしをみて
呑気な役員は
「今日は雨が降るかな~」
なんて言っていたが。


わたしは二日酔いの上司に向かって直進し
ゆーっくりと、ゆっくりと

「オ ワ ス レ モ ノ デ ス ヨ」

と言って、ひとつ、ふたつ、みっつ。
バームクーヘンの
紙袋をドカドカ重ねて置いたのだ。


フロアにいた150名くらい人間は
見てはいけないものを見たってお顔。

上司は顔を真っ赤にして
その包みをゴミ箱に投げ入れてしまった。

わたしは、不敵な笑みを
うかべていたにちがいない。


席に戻る上司に

「ゴ ミ は ブ ン ベ ツ 」



当時のわたしは
自分がこうあらねばならぬと
思ったスタイルから
外れた人にきつかった。

なにやら正さねばならぬと
根拠なき正義感を振りかざし
相手を攻撃しても当然ヨ!
とばかりの態度だったと

この当時の自分のありさまを見て
反省するのだ。

「人生ままならぬ」
それが理解できるまでの
道のりは長かった。


今のわたしならあの上司に言えるのだ。


「バームクーヘン3つ
家族三人で召し上がれ~」
わたしはこの先自分の人生が
ただひたすら順調だとは
考えていない。

だからといって、
苦しみや悲しいことが
殊更目立って見える人生
とも感じていない。

わたしはこれからも先、
きっと間違えるだろうし、
転ぶだろうし
怪我だってするだろう。

それに物事の功罪は
1つのコインのように
背中あわせにやってくる
ものだろうとも思う。

人生はそんなものじゃないだろうか。




「人生は“ままならぬ”もの」と
想い至ったのは39歳だったかな。

20代や30代は
あらゆる不満は解決できると
己の力を信じていたかもしれない。
それまではね、
理想にむけて寸分たがわず
解決しなくてはならないとも
考えていたように思う。

自分の気に入るように
全ての物に存在してほしい
人は愚かにもそう考える生き物でしょう。

でもある時から
何事も思いどおりにならないのが
この世なんだなぁと思ったら
少しだけ見える風景が変わった
気がするかな。

自暴自棄になるのともちがう。

ただ、やることやっても
あぁ思い通りにならないことが
ほとんどなんだぁなぁとね。



リキシさんと
出会ってからの数年間
その優しさに触れるたび
わたしときたら
我が人生を憂い不安に
押しつぶされそうになって

明日、娘に食べさせる米を
得んがため激流の中に身を沈め
生きる女の気持ちが
あんたなんかに
わかるわけがないと
リキシさんを罵り、
やさぐれて接する
ことが多々あった。

執拗に執拗に罵り
責め立てる。
その度リキシさんは
我慢強くわたしと向かい合いながらも
そのお前の罵詈雑言には
我慢ならないと彼が
別れを切り出す場面は何度かあった。

あんた激流で溺れそうなんだから
しがみついてないで
そこからさっさと出たら?
と言われて、
手を差しのべられても、
物ごころついた時から
人への不信感にかたまった
わたしは
激流こそ我が生きる場所と
その手を払いのけ
そこから離れることなど
しなかった。


人生が生きづらいと
想う人ほど
この激流以外に
自分が生息できる場所はないと
信じて疑わない。
穏やかな人生の流れる場所
があることを認めたがらない。
そこに向かう
権利があることを
知らない。

このわたしこそ
その典型だった。


人生はままならないと
観念した時
どうしてだろう
やっとリキシの手を握る
勇気が持てたのだ。

自分だけが描く理想にむけ
現況を無理やり変えようと
想わなくなったのか
物事は自業自得で因果応報
そんな風に自分を見つめなおして
現況を受け入れる度量が
備わったのか。


そんなところかな。

やっと体の力がぬけて
生きやすくなり
流れにのって
今の場所までやってきた。

穏やかで優しい
清流に生きることが
この自分にもできるのだと
今しみじみ想うことがある。

今のわたしはたまたま
人生の中ではじめて
穏やかな清流の流れに身を任せ
この世の中が信頼に値し
美しいもので象られている
という側面を
勉強しているのだと思う。




今日、そうかもう昨日
東京は梅雨入り。
わたしは42歳になった。


祈るまえに、恋をして。


仲良し2人からのプレゼント。
さすがオサレな。
黒蝶ダリアにライラック
アジサイに薔薇、そしてトルコキキョウ。
ちゃんと届きましたよ。
ありがとう。



朝リキシから届いた
誕生日おめでとうのメールに

「ガオォォー(`□´)」

とだけ返して
朝のアレコレを済ませていたら、

「あのぉ42歳ですけど、大丈夫ですか?」

とまじめなお声で電話がかかってきた。

そうですね、ダメです。
相応しくありません。ぇぇ。

まったく。
最近のわたしといったら。
あたまの中のねじが1ッコ
外れてしまっているにちがいない。

それまでが
割ときっちり閉まっていたもんだから、
ついうっかり去年
そう41歳のわたしは
頭のねじをゆるめる努力をしてしまった。

努力とは恐ろしいもので
今では無意識にも
あたまの中はゆるゆるで
とうにわたしの大事なあたまの
ねじは外れてしまっている。

さぁ42歳のわたしよ
どうしようか?
なんてまぁイチヨウ
考えたりするわけだけど。

今日リキシさんと銀座三越で
待ち合わせして
誕生日プレゼントなんか
見てみる?かと
ぷらぷらしながら

そうそうPRADAの店を通過しながら
メリルストリープの
あの手厳しい感じが
素敵だねって話をリキシがする。

だからといって、もはや
わたしはあんな風情は
無理そーだねと答えて。

いまとなっては、きみは
ゆるいのが信条だもんね。
そうリキシに言われて
ぐふふぅと笑っていたりした。


ねじを締め直すのは
43歳にしよう。
締めすぎはよくないから。
ほどほどにね。

42歳は、握ったねじを
落とさないよう
注意しましょう。
ねっ、それでよしですよ。

そんな風に
金曜日
少しだけ人出を
取り戻した
銀座を歩く。