その日はとにかく暑くって
マンションのエントランスを
ぬけて通りに出れば
すべてが太陽を反射して
白くかすんで見える。
そんな日だった。
わたしはある老人に声をかけられた。
自転車に乗ったその老人は
老人と呼ぶには
若々しい。
白いランニングシャツと短パン。
虫取りの網とカゴを持たせれば
少年のような。
あのー、ぼくのともだちの
おうちがあってね。
いつもくるんだけど
みちがわかんなくなっちゃったの。
あの、いぬをつれてる
おじさんのいえはどこ?
私は瞬時、その情報を
処理することができなかった。
老人の言う通りには。
辻褄のあわなさの
指し示すものは嗅ぎ分けたが。
わたしは困った顔をしていただろうか。
おじいちゃん、わたしね
いぬをつれてるおじさんが
わからないや。
と答えたら、ものすごく困ったような
ものすごく恥ずかしそうな
心細そうな顔を、その老人はした。
地球の果てで、こんな時に
迷子になってしまったよ
そんな風に佇むから
ふたりそこで向かい合って
黙ってしまった。
今振り返っても、あの時どう
答えてあげたらあの老人は
笑ってくれただろうと思う。
犬をつれてるおじいちゃんなんて
よくよく思い出せば三人くらい
いるんじゃなかったろうか。
あぁそうだ犬の種類を聞けばよかった。
隣のマンションは
愛犬家がたくさんいるや。
あの老人を呆けちゃったひとと
察したわたしは間違っていたか。
そんなことを悶々と
電車の中で考える。
でも、あのおじいちゃんは
きっとうちのマンションの前で
一瞬自分を見失っちゃった。
今回受けた遺伝子検査で
わたしはアルツハイマー型認知症の
遺伝子的発症因子を
有していることがわかった。
まぁ有しているからといって
今すぐ発症したりはしないだろう。
50代前半に発症した親族も
見当たらず、生活習慣も
そのスイッチが入るような状況にない。
80代に入って、まぁ
もしかしたら、なだらかに
自分が自分ではなくなって
いくんだろうか。
わたしはきっと呆けてしまう。
なんとなく、そんな風に思っていから。
こんなもんなんだろう。
呆けてるひとって不思議だ。
わたしの祖父は確かもう97歳になって
死ぬ間際にボケた。
それはそれは矍鑠として
穏やかな人であったが、
やがて来たその呆けは
金を取りにくる人がいる。
そいつに金を取られたと
言う幻聴幻想のような
種類のものだった。
わたしの祖母もそう95歳も過ぎて
同じく、ボケた。
母の顔を見て、
「どちらさまですか?」と聞き
赤子抱いたわたしに
「そうですか、あなたは誰ですか?」
と言ってほほ笑んだ。
まだらにボケた祖母は
ひとり入浴し、そのまま浴槽で
小さく座って死んでいた。
わたしもいつか
自分を忘れていくだろうか。
一番先に姉の名前を忘れ
次に父や母の名前を忘れるだろう。
やがて、娘やそしてリキシさんの
その存在もわたしの頭の中から
砂のようにこぼれ落ちて
やがてわたしは少女のように
なんにも知らない時がくるんだろうか。
不思議なことだが
祖父も祖母でさえも
死んだ時の顔はおだやかに
微笑んでいた。
ほんとはあたまの中で
なにを想っていたんだろう。
ちなみに
リキシさんは肥満児だが
肥満遺伝子はない。
優良なただのデブ。
食べすぎの果て。
わたしはこの人と一緒にいて
食べさせなくては!と
焦ることがないから
お気楽でノンストレスだ。
だって私より先に
常に食べることが
あたまん中にある人だから。
今はかえってこの方が
わたしの「飢餓感」に対処すべく
彼の部屋の冷蔵庫に
唯一食べてよい
低カロリーなオレンジゼリーを
買い置きしてくれている。
キガカンっ!キガカンっ!
と怪獣が騒ぎだしたら
それをあうぅっっと
食べさせるらしい。
遺伝子一つ見てみても
男女の仲はおもしろい。
わたしにあるものが
彼にはなかったり
またその逆もあって。
その凸凹がまぁ程良く
組み合わさっているように思うのだ。
本能的に補い合うものを持つ人を
求め男女は出会うのかしらね。
例えば、正確さを求められたら
あくまで曲解かもしれないが
ストレスに強いか弱いかって
いう遺伝子因子がある。
細胞内のグルタチオンが
低下し、活性酸素が増えやすい。
また細胞の働きが低下する。
ストレスがかかると体調も
悪くなるって、そんなおはなし。
わたしは、この因子を有していて
ストレスにとんと弱いらしい。
この傾向は、ストレスホルモンの
検査でも出ていて、
とにかくストレスは大敵ですと
言われたわけ。
わたしはサプリメントを飲んでいる。
だけど錠剤を飲むのはへったくそだ。
ちょっと多いものだから、
ころころとお皿に出して
一個一個つまみ、
お水で丁寧に飲むんだけど
それでも時々無駄におぅぇっと
えずいて、涙目になり
朝晩難義している。
すんっごく苦手。
3個飲んだらいっぱいいっぱいなのに
飲まなきゃいけないのはたくさんあるのだ。
そんなわたしをリキシさんは
「あんた、よくひとりで生きてきたなぁ」とか、
「あんた、よく娘殺さなかったなぁ」とか、
そんなことを総合して
「Vちゃん、生きるに弱いねぇ」とか。
まじまじとえずく姿を見ながら言うわけ。
今回遺伝子からも
「生きるに弱い」
と太鼓判をいただいたようなものだ。
ちなみに、リキシさんは
この「生きるに弱い遺伝子」を
持っていない。
確かに見ていると
めっぽうストレスに強い。
生きるに強い。
わたしは人生のぎりぎりのとこで
生きていくに必要な
遺伝子を持ったこの男の手を
必死で掴んだんだわと思う。
これって案外生きるに強くないか。
そうそう
「生きるに弱い」ってことで
この検査では
「わたしストレス感じちゃダメだから!っ」
っていう印籠を手に入れた。
わたしはこの印籠を
大事に大事にさげていて
時々リキシさんに
ほらねと言ってみせている。
リキシさんは肥満児だが
肥満遺伝子はない。
優良なただのデブ。
食べすぎの果て。
わたしはこの人と一緒にいて
食べさせなくては!と
焦ることがないから
お気楽でノンストレスだ。
だって私より先に
常に食べることが
あたまん中にある人だから。
今はかえってこの方が
わたしの「飢餓感」に対処すべく
彼の部屋の冷蔵庫に
唯一食べてよい
低カロリーなオレンジゼリーを
買い置きしてくれている。
キガカンっ!キガカンっ!
と怪獣が騒ぎだしたら
それをあうぅっっと
食べさせるらしい。
遺伝子一つ見てみても
男女の仲はおもしろい。
わたしにあるものが
彼にはなかったり
またその逆もあって。
その凸凹がまぁ程良く
組み合わさっているように思うのだ。
本能的に補い合うものを持つ人を
求め男女は出会うのかしらね。
例えば、正確さを求められたら
あくまで曲解かもしれないが
ストレスに強いか弱いかって
いう遺伝子因子がある。
細胞内のグルタチオンが
低下し、活性酸素が増えやすい。
また細胞の働きが低下する。
ストレスがかかると体調も
悪くなるって、そんなおはなし。
わたしは、この因子を有していて
ストレスにとんと弱いらしい。
この傾向は、ストレスホルモンの
検査でも出ていて、
とにかくストレスは大敵ですと
言われたわけ。
わたしはサプリメントを飲んでいる。
だけど錠剤を飲むのはへったくそだ。
ちょっと多いものだから、
ころころとお皿に出して
一個一個つまみ、
お水で丁寧に飲むんだけど
それでも時々無駄におぅぇっと
えずいて、涙目になり
朝晩難義している。
すんっごく苦手。
3個飲んだらいっぱいいっぱいなのに
飲まなきゃいけないのはたくさんあるのだ。
そんなわたしをリキシさんは
「あんた、よくひとりで生きてきたなぁ」とか、
「あんた、よく娘殺さなかったなぁ」とか、
そんなことを総合して
「Vちゃん、生きるに弱いねぇ」とか。
まじまじとえずく姿を見ながら言うわけ。
今回遺伝子からも
「生きるに弱い」
と太鼓判をいただいたようなものだ。
ちなみに、リキシさんは
この「生きるに弱い遺伝子」を
持っていない。
確かに見ていると
めっぽうストレスに強い。
生きるに強い。
わたしは人生のぎりぎりのとこで
生きていくに必要な
遺伝子を持ったこの男の手を
必死で掴んだんだわと思う。
これって案外生きるに強くないか。
そうそう
「生きるに弱い」ってことで
この検査では
「わたしストレス感じちゃダメだから!っ」
っていう印籠を手に入れた。
わたしはこの印籠を
大事に大事にさげていて
時々リキシさんに
ほらねと言ってみせている。
わたしは
“不安、不安”と言ってみて
一通りその不安を
こねくり回し、舐めまわしたら
頭ん中の戸棚に
次のその時まで
きちんと仕舞い
こんでおくほうだ。
どこかで、そうね
浮気されたらどうしよう
なんて妄想は、
至極楽しい。
もちろん妄想だから。
今回も一生懸命
組み立てた
壮大な浮気物語を
丁寧に仕舞いこんで
わたしは街に出かけた。
次の物語が待っているものね。
でも、ちょっと
女としての基礎を
立て直そうと思ったのはほんとに。
普段から小綺麗にはしてるんだけど
ちょっとずつできるゆるみ。
ずっと愛されていたければ
今やんなきゃねと
取り組んだのが
あげればきりがないほどの検査項目。
我が体から採取された検体は
国内はたまたアメリカに向かい
まもなく42歳のわたしの状況と
向かわなくてはならない水準を
指し示してくれる。
42年間の生活態度を成績表に
して突き返されるそんな感じ。
次はそんなおはなし。
受けた検査の中に
遺伝子検査がある。
遺伝子だから
この検査だけ
結果が変わることがない。
永遠に。
笑ってしまったのが
このわたしには
「肥満遺伝子」と言われる因子一群を
有しているということだ。
現状、わたしが見るに堪えぬほど
太っているということはない。
体型は適性を示してるが
ただ太りやすいのだと言う。
救いがあるのは「運動」によって
すぐ痩せるタイプでもあるらしい。
では肥満遺伝子とはなにか。
肥満遺伝子因子の
大敵は飢餓感。
これを感じると太古の昔
経験した飢饉を乗り越えねばと
途端、食べたものを
そのまま「脂肪」に
蓄えてしまうというのだ。
お食事はちゃんと取る。
できれば細かく4回にわけて
飢餓感を感じないようにね
でもってデザートはなしね。
とアドバイスされた。
わたしの中にある
肥満遺伝子。
わたしがわたしであるための遺伝子。
太古の昔、ある一組の男女の愛が交り合い
奇跡的に綿々と性愛がリレーされ
「型」がコピーされ続けた結果が
わたしということになる。
飢えを乗り越え
寄り添いあい
我が身を守り続けたその男女は
どんな人たちだったんだろうか。
どんな愛の形だったんだろうか。
どんなことで笑って、
どんなことで泣いて、
わたしに似ていたんだろうか。
そういえば、そういえば
お腹がすくって
わたし、うんと苦手だ。
わたしの「型」が唯一コピーされた
愛娘はこの夏、元気だった。
わたしが彼女の年ごろの頃
集団行動は苦手で
はしゃぐことも大嫌いだった。
アンニュイなジャズばかり聴いて
いつも気だるくて
斜にかまえて
大人びてばかりいたけれど。
きしんちゃんは日々部活に没頭し
没頭しすぎてその部は
この夏、日本一を獲得したりした。
大学志望校もうっすらと決め
嫌だ嫌だといいながら勉強し
ディズニー音楽もクラシックもK‐POP
も同次元で歌っている。
そうそうこの夏はカナダに渡航していた。
恋愛なんてしてる暇はないんだと。
纏う空気の健全さ。
わたしとは違う遺伝子の存在。
きしんちゃんの
お父さんは
血統よろしく
白いポロシャツと
テニスラケットが似あう
わたしと真反対な人種だったな。
もう一方の交わる「型」の
力を借りながら
遺伝子は淘汰、選別され
軌道修正されながら
コピーを続けるんでしょうかね。
そういえば、わたしは
この娘のお腹のすき具合が
すんごく気になるのだ。
この春に行ったイタリアでも
この娘の食事のタイミング
ばかり気にしていた。
飢えさせてはいけないと
焦るのは、わたしの母性か
もしくは遺伝子ゆえなのか。
“不安、不安”と言ってみて
一通りその不安を
こねくり回し、舐めまわしたら
頭ん中の戸棚に
次のその時まで
きちんと仕舞い
こんでおくほうだ。
どこかで、そうね
浮気されたらどうしよう
なんて妄想は、
至極楽しい。
もちろん妄想だから。
今回も一生懸命
組み立てた
壮大な浮気物語を
丁寧に仕舞いこんで
わたしは街に出かけた。
次の物語が待っているものね。
でも、ちょっと
女としての基礎を
立て直そうと思ったのはほんとに。
普段から小綺麗にはしてるんだけど
ちょっとずつできるゆるみ。
ずっと愛されていたければ
今やんなきゃねと
取り組んだのが
あげればきりがないほどの検査項目。
我が体から採取された検体は
国内はたまたアメリカに向かい
まもなく42歳のわたしの状況と
向かわなくてはならない水準を
指し示してくれる。
42年間の生活態度を成績表に
して突き返されるそんな感じ。
次はそんなおはなし。
受けた検査の中に
遺伝子検査がある。
遺伝子だから
この検査だけ
結果が変わることがない。
永遠に。
笑ってしまったのが
このわたしには
「肥満遺伝子」と言われる因子一群を
有しているということだ。
現状、わたしが見るに堪えぬほど
太っているということはない。
体型は適性を示してるが
ただ太りやすいのだと言う。
救いがあるのは「運動」によって
すぐ痩せるタイプでもあるらしい。
では肥満遺伝子とはなにか。
肥満遺伝子因子の
大敵は飢餓感。
これを感じると太古の昔
経験した飢饉を乗り越えねばと
途端、食べたものを
そのまま「脂肪」に
蓄えてしまうというのだ。
お食事はちゃんと取る。
できれば細かく4回にわけて
飢餓感を感じないようにね
でもってデザートはなしね。
とアドバイスされた。
わたしの中にある
肥満遺伝子。
わたしがわたしであるための遺伝子。
太古の昔、ある一組の男女の愛が交り合い
奇跡的に綿々と性愛がリレーされ
「型」がコピーされ続けた結果が
わたしということになる。
飢えを乗り越え
寄り添いあい
我が身を守り続けたその男女は
どんな人たちだったんだろうか。
どんな愛の形だったんだろうか。
どんなことで笑って、
どんなことで泣いて、
わたしに似ていたんだろうか。
そういえば、そういえば
お腹がすくって
わたし、うんと苦手だ。
わたしの「型」が唯一コピーされた
愛娘はこの夏、元気だった。
わたしが彼女の年ごろの頃
集団行動は苦手で
はしゃぐことも大嫌いだった。
アンニュイなジャズばかり聴いて
いつも気だるくて
斜にかまえて
大人びてばかりいたけれど。
きしんちゃんは日々部活に没頭し
没頭しすぎてその部は
この夏、日本一を獲得したりした。
大学志望校もうっすらと決め
嫌だ嫌だといいながら勉強し
ディズニー音楽もクラシックもK‐POP
も同次元で歌っている。
そうそうこの夏はカナダに渡航していた。
恋愛なんてしてる暇はないんだと。
纏う空気の健全さ。
わたしとは違う遺伝子の存在。
きしんちゃんの
お父さんは
血統よろしく
白いポロシャツと
テニスラケットが似あう
わたしと真反対な人種だったな。
もう一方の交わる「型」の
力を借りながら
遺伝子は淘汰、選別され
軌道修正されながら
コピーを続けるんでしょうかね。
そういえば、わたしは
この娘のお腹のすき具合が
すんごく気になるのだ。
この春に行ったイタリアでも
この娘の食事のタイミング
ばかり気にしていた。
飢えさせてはいけないと
焦るのは、わたしの母性か
もしくは遺伝子ゆえなのか。