祈るまえに、恋をして。 -25ページ目

祈るまえに、恋をして。

ときどきぽつりと更新。

この数日間
香港を訪れた自分の気持ちの
あれこれを、どうブログに
帰結すればいいか
見失ったまま
ただ雑事に追われ
時間を過ごしていた。

結論を出そうなどと
思っていたわけでは
ないけれど
見つけてしまった
結婚指輪のお話に
どこか、わたしは
方向感覚を
見失ったままだった。

リキシは喧嘩を
ぶり返したくはないのか
わたしがブログに
吐露したままの
結婚指輪の記事について
この間、いっさい
触れようとしなかった。

いつもの街の
いつもの店で落ちあって
今日のあれこれを報告してくれる。
だからわたしも、殊更
“そのこと”を持ちだすわけもなく
彼の話を
そーなの、そーなのと
面白く聞いて過ごした。

自分の気持ちを
寸分間違うことなく
なめらかなことばで
彼に伝えることは
ものすごく難しくて
そのことを持ちだすことが
自分でもうまくできなかった。

それでも
ひとりになる時間
例えば
彼と待ち合わせ前に行く
スーパーマーケットや
薬局へ向かう道すがら
香港での自分を
思い出したりしていた。

地図も持たずに歩くリキシに
ついて歩くいた。

現地の通貨などわたしは
一度も持たなかった。
管理人がいるトイレに行きたい時だけ

「おかね、ちょーだい」

と言っては2HK$のコインを
リキシからもらって
ポケットに入れ
トイレに向かい
高らかにチップを渡し、
リキシの所に走って帰る。

リキシは父親のように
椅子にすわって待っている。

わたしはこの上なく
無邪気に楽しんだ。
なによりこの人のそばで
わたしの気持ちは
安全で安定して安心だった。

そう思うと
“これでいいんじゃなかろーか”
と腑に落ちて、家路を急ぐのだ。

昨夜、リキシとタクシーに乗った。
夜の外灯に、タクシーの中が
うすぼんやり照らされたとき、
見えたリキシの手。
わたしが贈った指輪が
あの頃より窮屈そうに見える。

きつそうだよ、指輪。

そう言ったらリキシは
大丈夫!大丈夫!
ラクラク入るよ!と指輪を
抜いて見せる。
この人なりに、あの先日の記事にある
わたしの痛みは理解してくれて
いるのだろう。

それにしても
やはり
窮屈そうなその指輪。

どうか、いつまでも
身につけておけるようにと
リキシにお願いをして
タクシーでふたり手をつないだ。

わたしは、香港にうまく
適応できただろうか。
答えはよくわからない。

香港から帰国後
しばらくして
リキシとわたしは
小さな喧嘩をした。

「君を香港に連れていってよかったのかどうか、
僕にはわからなくなったよ」

珍しくリキシが電話で声を荒げる。
あーあ、そんなコト言っちゃった。

この夏の終わり
リキシの部屋で
わたしは彼の“昔の結婚指輪”を
見つけてしまった。

普段からこの部屋の
掃除をするわたし。
どこをどう見てもらっても
やましいところはないから
勝手にしてというリキシ。

だけどそれはとても不意に
私の目に入ってきて
とても緊張した。

リキシとわたしが
作りあげたその部屋に
片割れの指輪を持っていた女性から
突然の訪問を受け
「どーもどーもはじめまして」
とご挨拶をし、そわそわと
しているような感じ。

置き場に困って
その小さな指輪を
指でつまみ

リキシの机の上
はたまた元の場所
いやいや、
私が彼にプレゼントした
指輪を置く場所
なんかにそっと置いてみた。

でも、なんだか
どの場所も、落ち着かない。

その結婚指輪を指でつまみ
掃除をやめて
私の目の高さで
のぞいてみる。

若かりし頃の
リキシとその彼女の
結婚記念日が書かれ、
互いのアルファベットが
“&”で結ばれていた。

こんなに痩せていたのか、リキシ。
今となっては、もう指に入らない。

古ぼけた結婚指輪は
彼が時々海外出張に持っていく
鞄の中に入っていた。

その中に見たこともない
皮の財布が入っていた。
中身の形が、
その柔らかい皮に映り
海外のコインが
入っているのがわかる。

彼が向かう遠い国の
貨幣を広げ、
掃除の途中なのに眺めていた。
私が行ったこともない国
のコインがいっぱい。

見たこともない形の
カギもいくつかあって
その中に、ぽつんと
その指輪が入っていた。

私は、大方部屋の掃除を済ませ
置き場に困ったその指輪を
室内にある洗濯物干しの柄に通す。

指輪があったよと
リキシにメールをしたら

「どこにあったの?」

と言うから

「あたなの宝物入れ」

と答えて、玄関の鍵をしめた。
そしてわたしたちはその時も
なぜそんなもの後生大事に持っておくの?
と喧嘩した。

その宝物入れが入ったバックを
リキシは今回の香港出張にも
持ってきていた。

『それは宝物入れが入ってますね』
とは言わなかったけれど。

だからか、なんだか、時々
香港の街なかに
見たこともない彼女が亡霊のように
わたしの目の前に現れ
色々なことを耳打ちされるような
気持ちになっていた。

時々ふいに現れる彼女は
香港の街によくなじんでいて
この街がよく似合う。

わたしは、知らず知らず
比較の渦の中に入り
時に好戦的で
時に緊張し
時に不安になっていた。

それでもリキシが
わたしの手を力強く握るたび
そんなことは忘れていたけれど。

帰国して、リキシはすぐに
今度は北国へ飛んでいってしまった。
ひとり、帰国後の荷物をとき
香港を回想していると
ふいにまた彼女が現れて
わたしは意味もない妄想をし
冒頭のリキシの言葉につながる
喧嘩をしたのだ。

香港に行った時
彼女に会っていた?

そんな妄想をしたわたし。

あんたは今までの俺の毎日を
見てこなかったのか?
と怒るリキシ。

ぎゃおぎゃおぎゃお
わたしはちょっと吠えすぎた。
リキシに叱られて
しゅんとなる。

わたし、早く彼女にバイバイしなきゃね。
今度あの宝物入れに
わたしのものを入れておこう。
香港最後の一日
わたしたちは気ままに
香港島を歩いてまわった。

ショップに入るわけでもなく
蘭桂坊(ランカイフォン)から
SOHO(ソーホー)エリアを抜け
ヒルサイド・エスカレーターで
香港の上のほうへ、上のほうへ。

住宅地を見ては
ここあたりからは
賃料が相当高くなるんだ
という話をしながら。

でもね、香港に住むなら
やはりね、と
ビクトリア・ピークに
タクシーを走らせた。

祈るまえに、恋をして。

ビクトリア・ピーク周辺は
高級住宅地。
わたしがブログをチェックする
香港に住まう秋田犬くんも
このあたりにお住まいだと
ブログから推測できる。
何気に超リッチな秋田犬くんなのだ。

夜景の写真はリキシに任せ
九龍を望む大パノラマもそこそこに
わたしは反対側の住宅地にご執心だった。

あの家すてき。
柔らかくともるシャンデリアが見えてる。

そして、そしてこの山の向こうには
わたしが住んでみたいもう一つの街
レパルスベイがある。
映画慕情の舞台となり
リキシが住むそのずっと前から
洋館が立ち並ぶ高級住宅地だとか。

「あなたホントに不動産好きだね」

とつぶやくリキシ。

「あったりまえじゃん」

と、元気よく答えたわたし。

あなたがむかし女性と居をかまえた
九龍サイドにはわたし住みたくないよ。
香港島サイドにわたしは住みたいよ。

と意地悪を心のなかでつぶやいて。

また来るからね、香港
そう言ってわたしたちは
ホテルに戻った。