香港からマカオに向かう
野望もあったけれど
そんなわけない。
わたし朝寝坊するんだから。
結局うだうだしながら
もう一つの足跡を。
と言って再度
昔彼が勤めていた会社を見に
香港島の中環(ヅォンワン)
にわたった。

昔、「こどもリキシ」はこのライオンに
またがって写真を撮ったそうだ。
わたしも乗ろうと試みたが
黄色いテープが貼られ
ガードマンが遠くにいて
リキシに諦めろと説得され
できなかった。
「日曜の香港島には興味深い風景があるよ」
とリキシが言っていたけれど。
この獅子がいるビルの
1階エントランス一面に
フィリピン人メイドたちが
座りこんでいる。
1000人くらい?
見渡すかぎりのフィリピン人女性。
小鳥が鳴く声も、これほど
集まれば騒音になる。
彼女たちのおしゃべりは
さえずりのように重なり
波のような音になって
そのビル中に響いていた。
コンクリートの地面に
ビニールシートを敷き
寝ているひと、
おしゃべりに興じる人
麺類をすするひと。
ただ空を見つめているひと。
この女性たちはどうしたの?
そうリキシに聞くと
「日曜日は、雇い主も家族だけで
過ごしたいから、家を追い出されるんだよ」
と言う。
ガイドブックには
週に一度のお休みに、同郷の仲間と
過ごそうとみんなが集まると言う能動的
物言いで語られているが
ニュアンスの違うリキシの説明に、
わたしは、少ししんとなる。
「ねぇ、この人たちは一日
こんなところで過ごすの?
雇い主は知っているの?
このビルはこの人たちに何も言わないの?」
「そうだよ、一日ここで過ごす。
雇い主だって知っているでしょ。
この銀行?何も言わないよ。
金持ちの顧客と持ちつもたれつでしょ。
追い出したりしないよ」
そのビルにあるATMで
お金を引き出すリキシを待ちながら、
この地球にはいろいろな女の生き方が
あるんだなぁと考えたりしていた。
日本で40年生きてきて覚えた
処世術なんかまったく通用しない
生き方が、目の前の女性たちにはある。
おしゃれもしてないし
化粧っ気もない。
ただただ、質素に
ただただ、帰宅の時間を待っている。
フィリピンという国に生まれて
その国で家族を養うために
その貧しさを受け入れて
ここで強く生きて行くの?
雇い主の館には、
きっと美しいマダムが
いるであろう香港。
「ねぇ、美人がいないね」
「いないでしょ。いたらクラブとか
そういうとこ行くんじゃない?」
そんな返事が返ってきた。
豊かさと貧しさの対比がそこにあって。
生まれ持ったものに抗わず
豊かなるものに雇われて生きる。
これを「運命を受け入れて生きている」と言うの?
まとまらない考えは
どれも偏差値の低い言葉ばかり。
わたしフィリピンについて何も知らないや。
リキシがその時
「不合理の中の合理」だよな。
とつぶやく。
そうだね。
そう言って、わたしたちは歩きだした。
「それにしてもフィリピンの男は
何をしているの?」
そうリキシに聞いてみる。
「南の国の男は働かないんじゃない?」
リキシによる偏差値の低い返答は
リキシがもうその事象に興味がないよ
というサインなので、
それ以上話をしたりしなかった。
彼女たちを縫うようにして
ビルを抜ける間際
ひとりの若いフィリピン人女性が
わたしを食い入るように見つめてくる。
「あなたはだぁれ?」
わたしは、視線をそらしてしまった。
マルコス大統領夫人 イメルダさんの
アメリカの邸宅にあるクッションには
「無一文より成金がまし」と書いてあったという。
この人に、賛否両論はあれど
確かにそう想い生きてきたのは
わかるような気がしたわたし。
