祈るまえに、恋をして。 -26ページ目

祈るまえに、恋をして。

ときどきぽつりと更新。

日曜日はどこにいく?

香港からマカオに向かう
野望もあったけれど
そんなわけない。
わたし朝寝坊するんだから。

結局うだうだしながら
もう一つの足跡を。
と言って再度
昔彼が勤めていた会社を見に
香港島の中環(ヅォンワン)
にわたった。

祈るまえに、恋をして。

昔、「こどもリキシ」はこのライオンに
またがって写真を撮ったそうだ。
わたしも乗ろうと試みたが
黄色いテープが貼られ
ガードマンが遠くにいて
リキシに諦めろと説得され
できなかった。

「日曜の香港島には興味深い風景があるよ」
とリキシが言っていたけれど。

この獅子がいるビルの
1階エントランス一面に
フィリピン人メイドたちが
座りこんでいる。
1000人くらい?
見渡すかぎりのフィリピン人女性。

小鳥が鳴く声も、これほど
集まれば騒音になる。
彼女たちのおしゃべりは
さえずりのように重なり
波のような音になって
そのビル中に響いていた。

コンクリートの地面に
ビニールシートを敷き
寝ているひと、
おしゃべりに興じる人
麺類をすするひと。
ただ空を見つめているひと。

この女性たちはどうしたの?
そうリキシに聞くと
「日曜日は、雇い主も家族だけで
過ごしたいから、家を追い出されるんだよ」
と言う。

ガイドブックには
週に一度のお休みに、同郷の仲間と
過ごそうとみんなが集まると言う能動的
物言いで語られているが
ニュアンスの違うリキシの説明に、
わたしは、少ししんとなる。

「ねぇ、この人たちは一日
こんなところで過ごすの?
雇い主は知っているの?
このビルはこの人たちに何も言わないの?」

「そうだよ、一日ここで過ごす。
雇い主だって知っているでしょ。
この銀行?何も言わないよ。
金持ちの顧客と持ちつもたれつでしょ。
追い出したりしないよ」

そのビルにあるATMで
お金を引き出すリキシを待ちながら、
この地球にはいろいろな女の生き方が
あるんだなぁと考えたりしていた。

日本で40年生きてきて覚えた
処世術なんかまったく通用しない
生き方が、目の前の女性たちにはある。

おしゃれもしてないし
化粧っ気もない。
ただただ、質素に
ただただ、帰宅の時間を待っている。

フィリピンという国に生まれて
その国で家族を養うために
その貧しさを受け入れて
ここで強く生きて行くの?

雇い主の館には、
きっと美しいマダムが
いるであろう香港。

「ねぇ、美人がいないね」

「いないでしょ。いたらクラブとか
そういうとこ行くんじゃない?」

そんな返事が返ってきた。

豊かさと貧しさの対比がそこにあって。
生まれ持ったものに抗わず
豊かなるものに雇われて生きる。
これを「運命を受け入れて生きている」と言うの?
まとまらない考えは
どれも偏差値の低い言葉ばかり。
わたしフィリピンについて何も知らないや。

リキシがその時
「不合理の中の合理」だよな。
とつぶやく。

そうだね。
そう言って、わたしたちは歩きだした。

「それにしてもフィリピンの男は
何をしているの?」

そうリキシに聞いてみる。

「南の国の男は働かないんじゃない?」

リキシによる偏差値の低い返答は
リキシがもうその事象に興味がないよ
というサインなので、
それ以上話をしたりしなかった。

彼女たちを縫うようにして
ビルを抜ける間際
ひとりの若いフィリピン人女性が
わたしを食い入るように見つめてくる。
「あなたはだぁれ?」

わたしは、視線をそらしてしまった。

マルコス大統領夫人 イメルダさんの
アメリカの邸宅にあるクッションには
「無一文より成金がまし」と書いてあったという。

この人に、賛否両論はあれど
確かにそう想い生きてきたのは
わかるような気がしたわたし。
はじめての香港で
ろくすっぽ
観光もせず
ひたすらこの男の
幼少期を捕まえに
歩き回ったその日の夕闇。

Causeway Bayを
歩きながら
なんだかひとり切ないような
気持ちになっていた。

香港から日本に帰国したその時代
アジア圏からの帰国子女は物珍しく
陰惨ないじめにあったというリキシ。
それは体の痛みを伴うものだった。

この場所に戻りたいのは当然のことかな、とか。
わたしはここで暮らせるかな?とか。
ここに暮らしたあのヒトとも
こんな風に歩いたのかな?とか。
色々イロイロ考える。

ちょっと人酔いして
ヒールで歩いた足も痛くて
さっき買った砂糖だらけのお菓子を
口にほうばって
訳のわからない地下鉄を
ただただリキシの後を追って歩く。

「どうする?疲れた?部屋に戻る?」

予約した夕食の時間まであと少し時間がある。
そんな風に問われても、答えが出ないまま
九龍サイドに到着した。

もう一個お菓子ちょーだい。
なんだかすごく疲れたな。
もうホテル戻っちゃおうかなん。
でもね、あの明るい建物はなぁに?

ワタシ、キット、ダイジョウブアルヨ!
わたしはショッピングモールに降り立った。

ロロ・ピアーナで大興奮するわたし。
「あなたの今回の本命は靴でしょう?」
というリキシのきびすぃ視線を受ける。
あぁ父の目と同じ。

「オカネは湧いてきませんよ、あなた」

あーあ、きびすぃ。
とろけるようなカシミアに
また今度来るから待っててねぇと言って。
リキシが調べておいてくれた
クリスチャン・ルブダンのドアをくぐった。

先ほどまで憔悴しきった女は
どこかに行ってしまわれたの?
リキシは香港のパワーを
受けて元気になったが
わたしにはこのショッピングモールで
生き返る。

痛かったはずの足に、
あの華奢な靴はするりと入る。
心なしか、ぐったりしたリキシを前に
あれもほすぃ、これもほすぃと迷うわたし。
答えなんか出せるわけない。
リキシが根負けするようにいった。

じゃ、これ全部。

ぴょんぴょんぴょん。
ホテルまでの帰り道、
赤いハイヒールを頭にのせて
リキシくんの横をあるく。

香港ってステキ。
切なかった想いは
もうちょっと、
忘れてしまっていたわたし。


祈るまえに、恋をして。

彼が香港に住んでいたのは
今から40年以上前にさかのぼる。
香港島にある跑馬地(パウマアテイ)
Happy Valley。

その時代、香港に住まう日本人は
まだ少数だったと言う。

わたしたちはオフィス街から
タクシーに乗り、彼が幼少の頃
暮らしたその街に向かった。

タクシードライバーの
手荒い運転で、
閑散としたオフィス街を抜けると
そこには香港らしい猥雑な
風景が流れ始める。
歓楽街をぬけ
トラムとせめぎ合うように
街を駆けていくと、
やがて小さな競馬場が見えてくる。

そこからまた坂をあがって
いくつかの角を曲がり
「このあたりでいいよ」と
わたしたちは
タクシーを降りた。

秋晴れのその日
わたしたちは温かな陽を背中に受けて
彼は黙ってわたしの手を引いて
続く坂道を登る。

ここだよと教えてくれた。
この最上階にいたんだ。

そう言ってふたり、
そのマンションを見上げた。
坂道の途中にある
15階建の細長いマンション。
小さなスライド式の窓は
きっちり締められていて
その部屋の雰囲気を
つかみとることはできない。

マンションのエントランスで
しばらくその部屋を眺め
住人の訝る目線を受けたりしていた。

よくさ、あの角にね
お菓子屋の屋台がやってきて
メイドに連れられて買いに来たんだ。
その時代、子供がひとりで
外に出るなんて
誘拐されちゃうからダメだって
必ずメイドと手をつないで買いに来た。

そのヒトはもうその時でも
歳はとってたから、
生きているかな。
もういないかもしれないね。

そうだ、あの向こうにある
高層マンションに、
友達が住んでいたんだ。
学校が一緒だったかな。
よく覚えてないけど、よく遊んだ。
途中でね、死んじゃったんだよ。

あっあの肉屋、昔と変わらない。
その隣の八百屋も。

お菓子屋はなくなっちゃったな。

母親は言葉もわからないまま
ここで暮らし、日常の買いものとかね
あれこれに対応してたんだな。

そんなことを話ながら
ふたりで手をつないで歩いた。

ここだよとマンションを見上げた彼は
何歳の自分に戻ったんだろう。
かわいい日本人の少年が
少し先を歩いて、わたしたちを
案内してくれているようで。
挨拶をしましょう。
こんにちは、リキシくん。

返還前の香港の風景は
急速に消えている
と彼は嘆く。

この場所が今後も特別行政区で
あり続ける必然があるかどうかは
わからないなと言いながら、
昔あった風景を説明してくれた。

小学校は大きなビルに変わり
その昔あったという
ヨーロッパ式ビルの支柱に囲まれた回廊は
もうないねと言ったりしていた。
そこにあったホットドック屋が
好きだったんだって。

散歩の帰り道
トラムにのって地下鉄の駅がある街に。
リキシは、むかし両親によくつれて
行ってもらったんだというお菓子屋に寄り、
これに目がないというお菓子を
大量大人買いしていた。

もう日が暮れて、
寒くなっちゃうから
九龍サイドに戻ろう。
歩き疲れちゃったね。

そう言ってわたしたちは地下鉄に乗った。