夢のことなんか、忘れよう。
そんな時は、掃除に限るわと
少しは早めの大掃除。
わたしは無類の掃除好きで
年中掃除をしていているから
部屋の中はたいてい綺麗。
いつ誰がやってきて
どこの扉を開いても
どーぞという感じでいる。
長年の娘との二人暮らし
わたしなど過労で何時死ぬかも
わからないわと
身辺を身綺麗にしておく癖が
長年の母子家庭で身についてしまった。
今使うものしか手元に残さないよう
日々のあれこれを削ぎ落し
ミニマムに暮らすという性癖のようなもの。
今日は夢中になって
玄関アプローチや
靴箱などを掃除していた。
娘の学校の皮靴や
自分のブーツを
クリームで磨き
ふと思い出してしまった。
夢のことでもない、
夢の中の友人のことでもない。
リキシの言ったこと。
数日前、国内の出張先から
帰ってきたリキシが
「長生きリスク」って言葉があるんだよ
と教えてくれた。
「長生きリスク」
簡単に説明しよう。
あくまでも一つの学説。
今よりも少し時間を進めた
近い将来の日本のお話。
わたしたち40代が
老人になっている時代、
日本人口の4分の1が
90代まで長生きするという話。
悲しいのは
時代は長寿をお祝いする
ムードにあらず、
日本経済が暗澹とした中で
あふれかえる老人に
ふりかかる様々な問題
例えば、年金、税金、医療(介護)体制
はかなり深刻だ。
わたしたちの多くが
死ねない悩みを抱える
時代がやってくる。
いやいや、たった今でさえ
望まない死の病に
苦しむ人がいるのはわかっている。
不謹慎この上なく
感じてしまわれたら
申し訳ない。
それでも、
わたしたちの内
4人に1人は
60歳になった時
あと30年、もしくはそれ以上
人間らしい暮らしを営むため
自らを奮い立たせ
必死に走り続けなければならない
と言う時代が来るというのだ。
その事実にわたしは眉をひそめた。
リキシの話は彼らしく
その後老後必要な
金の算出へと移行していく。
年金があてにならない
その将来に向けて
蓄えておかなくてはいけない
金額は相当な金額になる。
あら、いやだ。
ふと掃除していた手を止めて
わたし、まだ使えるものまで
捨ててやいないかしらと
ゴミ袋に顔を突っ込んでいたりした。
その昔、人は不老不死を
望んだけれど
わたしは、テキトーなところで、
身軽にあちらに行きたいわと
切に願っていたりする。
そうだわ、靴箱で思い出したわ。
遺言書を作ろうと
思っていたのよ。
ルブタンの靴を
棺に入れてチョーダイ!
と我が娘に言っておかなくては。
もうめったに見なくなった
恐い夢をみた。
なぜだろう。
むかし中学生から
高校1年生くらいまで
仲の良かった女の子がいる。
わたしたちは
互いの悩みや気持ちを
あけすけに語りあい
わたしの記憶か
彼女の感情か
訳がわからなくなるほど
同化していたかもしれない。
彼女は、
「わたし、時々自分が
あなたなんじゃないかと錯覚しちゃう」
と言って笑っていた。
複雑な家庭環境で育ち
経済的にも厳しかった彼女の
その悩みや寂しさを
聞くにつれ、わたしは
ほの暗い闇の向こうに迷い込むような
気持ちになったことを覚えている。
美しい彼女は
近隣にある進学高校の
男子生徒に絶大な人気だった。
わたしも片思いの彼を
かっさらわれた記憶がある。
彼女がほかの女子学生と
明らかに違っていたのは、
その大人びた顔つきや
やわらかな肢体だけではなく、
そこはかとなく漂う薄幸さが醸し出す
色気にも似た儚げな雰囲気だと
もうその頃のわたしは考えていた。
その薄幸さに
見てはいけない
深入りしてはいけない
と思いつつ、自ら手を伸ばし
そのほの暗い闇の、
森の中に入っていってしまうのだろう。
敵う相手ではないなと
わたしは結論づけていた。
そして高校1年生の時
彼女とわたしは喧嘩をして
そのまま疎遠になった。
わたしを避けたのは彼女だったが
事の途中で彼女は
なぜか、わたしが話をしてくれない
と周囲の女の子に漏らし
わたしを困惑させたりする。
高校卒業まで彼女を
避けて通ったはずだったが
彼女はわたしが就職をした頃、
頻繁にわたしに会いたがった。
恋愛の不満や、仕事の不満を
わたしに聞かせては
あなたが華やかな場所に就職し
恋愛もできて羨ましいわと言う。
華やかな業界と言っても
裏では努力しての結果だから
と言ったりしてみたが
彼女は聞いていなかった。
そんなある日、彼女が、
わたしの兄とデートしたと言う。
就職したばかりで、
兄とは疎遠になっていたが
何時の間に?と言う感じだった。
それでも兄が本当に短期間に
彼女に魅入られて行くのが
手に取るようにわかった。
ある日、両親から
電話がかかる。
彼女の母親と姉が
「うちの娘がご子息とお付き合いを
させていただいているようで
どのようなお宅かと拝見しに来ました」
と父の会社を訪ねてきたと言うのだ。
「どういうこと?
あなたの同級生って
言うじゃない?」
跡取り息子を奪われるとばかり
興奮した母を落ち着かせるのは
時間がかかった。
彼女を見たことがある父は
男が好む女であるが
嫁には許さぬと断言し
兄はまだそこまでの関係じゃ
ないよと困惑し
母はその時の先方の
値踏みするような態度に
怒髪天を抜く勢いだった。
それにしても兄と彼女は
デート3回目くらいだよ。
いきなりお宅訪問もなかろうに。
あきれたわたしは彼女に聞いた。
「どうしてお母さんとお姉さんはうちに来たの?」
いや正しくは、
どうして、お母さんとお姉さんを
うちに寄こしたの?あなたの指示でしょ?
と聞きたかったが。
彼女はわたしを見つめていった。
わたしね、時々わかんなくなっちゃうの。
わたしがあなたで、あなたがわたし。
あなたが羨ましくなるのよ。
あんなお兄ちゃんがいていいよね。
わたしは絶望的な気持ちになり
彼女との関係を続けることができなかった。
もう携帯電話に出ることもなかった。
しばらくして、彼女は兄と会わなくなった。
そんな彼女に夢の中で会った。
活況な街並みが賑やかなのに
ふたり立っているのは
木々も枯れ果てた神社の境内。
「今でもあの家に住んでいるの?」
そう彼女に聞きながら
ふたり並び歩いている。
返事は曖昧なまま
願いがかなうと言う紙札を
彼女は掴んでいる。
わたしがこれは特殊な折り方をして
持っておくと願いが叶うらしいよ
と彼女に教えるのだけど
彼女の手元はおぼつかない。
その手の動きが
人のそれではないような気になって
もう一度
「ねぇあの家にまだ住んでいるの?」
と聞いた瞬間
彼女はベロリと皮がはがれ
カラカラと音を立てた骸骨に
その姿を変え
わたしを追いかけてきた。
もつれる足元にうまく逃げられない。
それでも走る。
この境内をぬけ、神社の門をくぐれば
わたしは助かるはず。
彼女の手がもうそこ数センチまで
わたしの腕をつかもうと
迫る中、もうすぐ門が
という所で目が覚めた。
わたしは、今でも時々
彼女がわたしを想っている
のではないだろうかと感じることがある。
夢の中に置いてきた自分は
逃げ切れたんだろうか。
わたしはあなたじゃないよ
そう呟いて、夢の意味を考える。
あなたはわたしなの?
恐い夢をみた。
なぜだろう。
むかし中学生から
高校1年生くらいまで
仲の良かった女の子がいる。
わたしたちは
互いの悩みや気持ちを
あけすけに語りあい
わたしの記憶か
彼女の感情か
訳がわからなくなるほど
同化していたかもしれない。
彼女は、
「わたし、時々自分が
あなたなんじゃないかと錯覚しちゃう」
と言って笑っていた。
複雑な家庭環境で育ち
経済的にも厳しかった彼女の
その悩みや寂しさを
聞くにつれ、わたしは
ほの暗い闇の向こうに迷い込むような
気持ちになったことを覚えている。
美しい彼女は
近隣にある進学高校の
男子生徒に絶大な人気だった。
わたしも片思いの彼を
かっさらわれた記憶がある。
彼女がほかの女子学生と
明らかに違っていたのは、
その大人びた顔つきや
やわらかな肢体だけではなく、
そこはかとなく漂う薄幸さが醸し出す
色気にも似た儚げな雰囲気だと
もうその頃のわたしは考えていた。
その薄幸さに
見てはいけない
深入りしてはいけない
と思いつつ、自ら手を伸ばし
そのほの暗い闇の、
森の中に入っていってしまうのだろう。
敵う相手ではないなと
わたしは結論づけていた。
そして高校1年生の時
彼女とわたしは喧嘩をして
そのまま疎遠になった。
わたしを避けたのは彼女だったが
事の途中で彼女は
なぜか、わたしが話をしてくれない
と周囲の女の子に漏らし
わたしを困惑させたりする。
高校卒業まで彼女を
避けて通ったはずだったが
彼女はわたしが就職をした頃、
頻繁にわたしに会いたがった。
恋愛の不満や、仕事の不満を
わたしに聞かせては
あなたが華やかな場所に就職し
恋愛もできて羨ましいわと言う。
華やかな業界と言っても
裏では努力しての結果だから
と言ったりしてみたが
彼女は聞いていなかった。
そんなある日、彼女が、
わたしの兄とデートしたと言う。
就職したばかりで、
兄とは疎遠になっていたが
何時の間に?と言う感じだった。
それでも兄が本当に短期間に
彼女に魅入られて行くのが
手に取るようにわかった。
ある日、両親から
電話がかかる。
彼女の母親と姉が
「うちの娘がご子息とお付き合いを
させていただいているようで
どのようなお宅かと拝見しに来ました」
と父の会社を訪ねてきたと言うのだ。
「どういうこと?
あなたの同級生って
言うじゃない?」
跡取り息子を奪われるとばかり
興奮した母を落ち着かせるのは
時間がかかった。
彼女を見たことがある父は
男が好む女であるが
嫁には許さぬと断言し
兄はまだそこまでの関係じゃ
ないよと困惑し
母はその時の先方の
値踏みするような態度に
怒髪天を抜く勢いだった。
それにしても兄と彼女は
デート3回目くらいだよ。
いきなりお宅訪問もなかろうに。
あきれたわたしは彼女に聞いた。
「どうしてお母さんとお姉さんはうちに来たの?」
いや正しくは、
どうして、お母さんとお姉さんを
うちに寄こしたの?あなたの指示でしょ?
と聞きたかったが。
彼女はわたしを見つめていった。
わたしね、時々わかんなくなっちゃうの。
わたしがあなたで、あなたがわたし。
あなたが羨ましくなるのよ。
あんなお兄ちゃんがいていいよね。
わたしは絶望的な気持ちになり
彼女との関係を続けることができなかった。
もう携帯電話に出ることもなかった。
しばらくして、彼女は兄と会わなくなった。
そんな彼女に夢の中で会った。
活況な街並みが賑やかなのに
ふたり立っているのは
木々も枯れ果てた神社の境内。
「今でもあの家に住んでいるの?」
そう彼女に聞きながら
ふたり並び歩いている。
返事は曖昧なまま
願いがかなうと言う紙札を
彼女は掴んでいる。
わたしがこれは特殊な折り方をして
持っておくと願いが叶うらしいよ
と彼女に教えるのだけど
彼女の手元はおぼつかない。
その手の動きが
人のそれではないような気になって
もう一度
「ねぇあの家にまだ住んでいるの?」
と聞いた瞬間
彼女はベロリと皮がはがれ
カラカラと音を立てた骸骨に
その姿を変え
わたしを追いかけてきた。
もつれる足元にうまく逃げられない。
それでも走る。
この境内をぬけ、神社の門をくぐれば
わたしは助かるはず。
彼女の手がもうそこ数センチまで
わたしの腕をつかもうと
迫る中、もうすぐ門が
という所で目が覚めた。
わたしは、今でも時々
彼女がわたしを想っている
のではないだろうかと感じることがある。
夢の中に置いてきた自分は
逃げ切れたんだろうか。
わたしはあなたじゃないよ
そう呟いて、夢の意味を考える。
あなたはわたしなの?
わたしは、時々
わたしの、もうひとつの人生を
もの思うことがある。
それは今の自分と
全くかけ離れた人生
と言うのとは違って
わたしの傍で、
寄り添うように存在する。
少しだけその姿を変えて
存在するパラレルな
世界だったりする。
あの時、こうしていたら
あの時、あれを選択していたら
あの時、あれが叶っていたら
少しだけ叶えられなかったことが、
その世界では叶い
今この世界で顕在化し
救われていることが
まだ隠れたままに
なっていたりしている。
わたしはその世界を時々想い
そこに住まう自分に話しかけるのだ。
昨日から
娘は高校の部活の遠征に出かけ
時同じく、リキシは長期の
海外出張に出かけてしまった。
わたしは本当に久しぶりに
ひとりになった。
早朝娘をあわただしく送り出し
「今日のお昼、一緒にだべられるよ」
と言うリキシの電話に
あわただしく銀座に出た。
今回の出張はひとりで出かける
ということだから
そのまま成田空港まで見送り
そして一人家路につく。
マンションの扉をひらくと
そこは真っ暗で
物音のひとつもなく
空気が静かに静かに沈殿していた。
そのまま
リビングに向かい
身に着けていたストールを
椅子にかけ
やっと灯りをともす。
自分以外の体温のない部屋。
「あの時、娘を生む選択をして
いなかったら、わたし毎日
こんな風だったのかしらね」
ともう一人のわたしに話かけてみた。
「あなたが独身ということ?
あったかもね、
仕事ばっかりしてるんじゃない?
そのまま大病してたかもよ。
でもね、でもあのヒトと
結婚してるでしょ、わたし」
と返答されて。
当時の別れ道まで記憶をたどる。
そうね、もう一人の自分に
幸せを持って行かれることが
多かったわ、わたし。
灯りのともった部屋には
荷造りをした娘が
出しっぱなしに
散らかしたあれこれが
点在している。
まったくと呆れながら
拾って歩く。
彼女のTシャツを拾いながら
このどうしようもなく
言うことを聞かない娘を愛しく想い
わたしのための
夕食の準備にとりかかる。
あの頃想像できなかった幸せが
ちゃんとここにある。
わたしの、もうひとつの人生を
もの思うことがある。
それは今の自分と
全くかけ離れた人生
と言うのとは違って
わたしの傍で、
寄り添うように存在する。
少しだけその姿を変えて
存在するパラレルな
世界だったりする。
あの時、こうしていたら
あの時、あれを選択していたら
あの時、あれが叶っていたら
少しだけ叶えられなかったことが、
その世界では叶い
今この世界で顕在化し
救われていることが
まだ隠れたままに
なっていたりしている。
わたしはその世界を時々想い
そこに住まう自分に話しかけるのだ。
昨日から
娘は高校の部活の遠征に出かけ
時同じく、リキシは長期の
海外出張に出かけてしまった。
わたしは本当に久しぶりに
ひとりになった。
早朝娘をあわただしく送り出し
「今日のお昼、一緒にだべられるよ」
と言うリキシの電話に
あわただしく銀座に出た。
今回の出張はひとりで出かける
ということだから
そのまま成田空港まで見送り
そして一人家路につく。
マンションの扉をひらくと
そこは真っ暗で
物音のひとつもなく
空気が静かに静かに沈殿していた。
そのまま
リビングに向かい
身に着けていたストールを
椅子にかけ
やっと灯りをともす。
自分以外の体温のない部屋。
「あの時、娘を生む選択をして
いなかったら、わたし毎日
こんな風だったのかしらね」
ともう一人のわたしに話かけてみた。
「あなたが独身ということ?
あったかもね、
仕事ばっかりしてるんじゃない?
そのまま大病してたかもよ。
でもね、でもあのヒトと
結婚してるでしょ、わたし」
と返答されて。
当時の別れ道まで記憶をたどる。
そうね、もう一人の自分に
幸せを持って行かれることが
多かったわ、わたし。
灯りのともった部屋には
荷造りをした娘が
出しっぱなしに
散らかしたあれこれが
点在している。
まったくと呆れながら
拾って歩く。
彼女のTシャツを拾いながら
このどうしようもなく
言うことを聞かない娘を愛しく想い
わたしのための
夕食の準備にとりかかる。
あの頃想像できなかった幸せが
ちゃんとここにある。