その日
わたしたちは
そのまま会場近くの
路地に入り、
適当な店を見つけて入った。
コンサートよりも
重要だったかもしれない
互いの近況報告のために。
彼女とはこの3月まで同じ会社。
「会社を辞めて何が変わるか?」
と言う質問に
「服を選ぶとき
自分のために迷えることかな」
とわたしは答える。
仕事をしている時は
相手の業界のトーンやマナー
好みに合わせて
服装を選ばざるえなかった。
極端な話
クライアントが
「わたしはねぇ、スカートをはく
女は媚びてて嫌いよ!」
と言うなら、仰せのとおりに
黒・グレー・紺の
パンツスーツを選ぶのだ。
相手より華美になってはナラズ。
そんなことから解放され
毎日自分の気分に
どうしたいの?と
問いかけ、これが着たいわと
するする袖を通す幸せ。
すると彼女がおもむろに言う。
「あのさ“VE*Y”とか“STO*Y”
(雑誌)とかね、見てて、私想うのよ。
あそこに出てくる
3、4時間外出をするくらいの
生活をする女が一番綺麗ね。
3時間、念入りに準備して
3時間、出かけるのよ。
そんな生活をする女が、一番幸せね」
くっくっく。
じゃ、あんたダメじゃん。
そう言うと彼女は
「そうよ、8時間、外にいちゃだめよ。
ましてやわたしたちみたいに
12時間以上働いてごらんなさいよ。
化粧はズレて、肌はガザガザ。
女の外出は4時間までね」
働かない女を
羨ましいは言いながら
先ほどの会場でも
声をかけられては談笑し、
ビジネスの話をまじえ
じゃ、今度飲もうよと
儀礼をかわし、
人の波をかき分け
働く女の自信に満ち溢れ
ていたではないか。
それはそれで
わたしたちの心を
今まで存分に満たしてきたはず。
心の奥底の、意地悪さを隠さず
あなた、野蛮でいいわねぇ。
とは、言わなかったけれど。
そりゃ名言ね。
いただくわ、と答えた。
働く女が発する
その揶揄された特有の賞賛を。
でも彼女の本当の苦しい気持ちは
痛いほどよくわかる。
そのまま1年前のわたしの気持ちだった。
働く女の意地悪な目線が
なかったと言えば嘘になる。
でも、あの雑誌に出てくる
女たちの生き方を
本気で羨ましく想うことがあった。
ほんの少数だと
わかっていても、
それがメディアが作る
虚像だとわかっていても。
疑うことなくキャリアを
積み上げて、
その頂上に立ってみたら
何もないという現実。
そこから、
もうひとりの自分の姿を探せば
先に言う「外出4時間の女」を
生きるもうひとりの自分が見える。
変わりたい。
でも今まで歩んだ
毎日のサイクルから
踏み出せない。
彼女は今、もうひとりの
自分の姿を
見ているのだろう。
満たされていない
心の奥底に
そっと触れたのか、
「結婚しよっ」
つぶやいて彼女が笑った。
その笑顔はとてもかわいかった。
アンコールに
Merry Christmas Mr. Lawrence
外にを出ると
会場の熱気も手伝って
来た時より外が寒く感じる。
あぁクリスマスがやってくるね。
クリスマスや
あぁ桜の季節も
そうかもしれない。
「今、あなたは幸せか?」
と天から問われ
試されるような気持ちになる。
今眺める季節、
イルミネーションの美しさが
ときめくものに見えるのか
寂しさに絶望と見えるのか
際立って浮き彫りになる
自分の気持ちがあるように
想うのだ。
それは私だけの話ではなく。
こうして、
列をなしてそぞろ歩く
駅に向かう人々も
同じ風景を見ているはずなのに
誰ひとりとして
同じように思い
同じように感じていない
のだろうなと。
人それぞれの五感の中で感じる
このクリスマスの季節が
どのような風景なのかな
なんて考えたりしていた。
こんな季節は
誰が必要で、
何に満たされていないか
人は自分の心の奥底を
おのずと知ることになる。
「そういえば
昨日、娘に
六本木のイルミネーション
見に行こうよって誘ったら
「彼氏といけば?」
って言われて。
「いるの?彼氏」と聞く娘に
「いぃまぁすぅよぉ」と真顔で答えたら
「わかんないねー」と娘。
あれは、彼氏と見るものじゃね?
親といくか?
とソフトに断られたわよ」
という一連の話を、
隣を歩く彼女に愚痴る。
では、表参道ならいいのか?
彼女が小さかった頃
鎌倉にあった
ドイツから取り寄せた
クリスマスオーナメントを
年中取り扱う
クリスマスハウスに
よく連れていった。
いつも少しづつ、買い集め
小さなクリスマスツリーを
彼女が飾り付ける。
前夫が買って来た
クリスマスツリーは
昨年処分した。
今年はもう少し大きな
クリスマスツリーを
用意する。
娘が本当に大人になってしまう前に
わたしは彼女と何回クリスマスを
過ごすことができるだろう。
やっぱり、
イルミネーションを
見に連れ出そう。
Merry Christmas Mr. Lawrence
外にを出ると
会場の熱気も手伝って
来た時より外が寒く感じる。
あぁクリスマスがやってくるね。
クリスマスや
あぁ桜の季節も
そうかもしれない。
「今、あなたは幸せか?」
と天から問われ
試されるような気持ちになる。
今眺める季節、
イルミネーションの美しさが
ときめくものに見えるのか
寂しさに絶望と見えるのか
際立って浮き彫りになる
自分の気持ちがあるように
想うのだ。
それは私だけの話ではなく。
こうして、
列をなしてそぞろ歩く
駅に向かう人々も
同じ風景を見ているはずなのに
誰ひとりとして
同じように思い
同じように感じていない
のだろうなと。
人それぞれの五感の中で感じる
このクリスマスの季節が
どのような風景なのかな
なんて考えたりしていた。
こんな季節は
誰が必要で、
何に満たされていないか
人は自分の心の奥底を
おのずと知ることになる。
「そういえば
昨日、娘に
六本木のイルミネーション
見に行こうよって誘ったら
「彼氏といけば?」
って言われて。
「いるの?彼氏」と聞く娘に
「いぃまぁすぅよぉ」と真顔で答えたら
「わかんないねー」と娘。
あれは、彼氏と見るものじゃね?
親といくか?
とソフトに断られたわよ」
という一連の話を、
隣を歩く彼女に愚痴る。
では、表参道ならいいのか?
彼女が小さかった頃
鎌倉にあった
ドイツから取り寄せた
クリスマスオーナメントを
年中取り扱う
クリスマスハウスに
よく連れていった。
いつも少しづつ、買い集め
小さなクリスマスツリーを
彼女が飾り付ける。
前夫が買って来た
クリスマスツリーは
昨年処分した。
今年はもう少し大きな
クリスマスツリーを
用意する。
娘が本当に大人になってしまう前に
わたしは彼女と何回クリスマスを
過ごすことができるだろう。
やっぱり、
イルミネーションを
見に連れ出そう。

2歳年下の友人と
コンサートに。
いい夫婦の日にあるから
リキシさんといけば?
と言われたけれど
彼はまだかの地に。
だから彼女と雨降る中
会場に出かけた。
関係者ばかりが
列をなすその会場に
笑ってしまったけれど
だからなのか、和やかな
コンサートだった。
ピアノを弾く彼が珍しく
よくしゃべるわと
その業界に片足突っ込んだ
友人は言う。
会場に向かう途中、
彼女は
「今回のコレ(コンサート)は、
時代がかぶってない
(聞きなじみがない)
から寝ちゃうかもよ」
と言いながら、笑って歩く。
「そう?」と笑いながら
わたしの心の中の
時計が時間をさかのぼる。
わたしには
コンサートで歌う彼女の
歌を聞いていた時代があるわ。
あなたも良く知る辛かったあの恋は
彼女の歌を聞きながら
始まって、終わってしまったね。
と、彼女に言わなかったけれど。
「案外号泣するかもよ、わたし」
とだけ笑って答えた。
なつかしいナンバーは
久々に二人がコラボレーションした
新作アルバムのプロモーションで
連日ラジオから流れてくる。
心の痛みが強くて
しばらく聞けないまま
忘れていたそのラブソングに
台所でお皿を洗いながら
クローゼットで
その日の服に迷いながら
手が止まってしまいそうで
苦しくなっていた。
だから、その会場で
わたしは、涙してしまうのかな
なんて思ったりして。
今でも足元を
すくわれそうになる
その恋を
求め彷徨う自分が
現れやしないか
不安になっていたりした。
断崖絶壁を望めば
はるか谷の奥底に
もう一人の自分の姿とあの人が
ともに過ごす人生が
あるかもしれない。
それをリキシの手も握らず
ただひとりで
覗き込むような。
でも、わたしは泣かなかった。
そして
終わったのだなと
しみじみ想うのだ。
寄せてくる感情に
足元をすくわれたりしなかった。
ただ
ちゃんと
さようならを
言えたら
よかったのに。
その昔、彼らがもっと
若かった時
二人は付き合っていた
という話がある。
それが本当かどうか
わからないけれど
そうやって、
一つの感情と時代を乗り越えた
ふたりから
その日紡ぎ出された音色は
優しくて、少し悲しくて、
適度な距離があって
とても素敵だった。