バイバイ | 祈るまえに、恋をして。

祈るまえに、恋をして。

ときどきぽつりと更新。

わたしは、香港にうまく
適応できただろうか。
答えはよくわからない。

香港から帰国後
しばらくして
リキシとわたしは
小さな喧嘩をした。

「君を香港に連れていってよかったのかどうか、
僕にはわからなくなったよ」

珍しくリキシが電話で声を荒げる。
あーあ、そんなコト言っちゃった。

この夏の終わり
リキシの部屋で
わたしは彼の“昔の結婚指輪”を
見つけてしまった。

普段からこの部屋の
掃除をするわたし。
どこをどう見てもらっても
やましいところはないから
勝手にしてというリキシ。

だけどそれはとても不意に
私の目に入ってきて
とても緊張した。

リキシとわたしが
作りあげたその部屋に
片割れの指輪を持っていた女性から
突然の訪問を受け
「どーもどーもはじめまして」
とご挨拶をし、そわそわと
しているような感じ。

置き場に困って
その小さな指輪を
指でつまみ

リキシの机の上
はたまた元の場所
いやいや、
私が彼にプレゼントした
指輪を置く場所
なんかにそっと置いてみた。

でも、なんだか
どの場所も、落ち着かない。

その結婚指輪を指でつまみ
掃除をやめて
私の目の高さで
のぞいてみる。

若かりし頃の
リキシとその彼女の
結婚記念日が書かれ、
互いのアルファベットが
“&”で結ばれていた。

こんなに痩せていたのか、リキシ。
今となっては、もう指に入らない。

古ぼけた結婚指輪は
彼が時々海外出張に持っていく
鞄の中に入っていた。

その中に見たこともない
皮の財布が入っていた。
中身の形が、
その柔らかい皮に映り
海外のコインが
入っているのがわかる。

彼が向かう遠い国の
貨幣を広げ、
掃除の途中なのに眺めていた。
私が行ったこともない国
のコインがいっぱい。

見たこともない形の
カギもいくつかあって
その中に、ぽつんと
その指輪が入っていた。

私は、大方部屋の掃除を済ませ
置き場に困ったその指輪を
室内にある洗濯物干しの柄に通す。

指輪があったよと
リキシにメールをしたら

「どこにあったの?」

と言うから

「あたなの宝物入れ」

と答えて、玄関の鍵をしめた。
そしてわたしたちはその時も
なぜそんなもの後生大事に持っておくの?
と喧嘩した。

その宝物入れが入ったバックを
リキシは今回の香港出張にも
持ってきていた。

『それは宝物入れが入ってますね』
とは言わなかったけれど。

だからか、なんだか、時々
香港の街なかに
見たこともない彼女が亡霊のように
わたしの目の前に現れ
色々なことを耳打ちされるような
気持ちになっていた。

時々ふいに現れる彼女は
香港の街によくなじんでいて
この街がよく似合う。

わたしは、知らず知らず
比較の渦の中に入り
時に好戦的で
時に緊張し
時に不安になっていた。

それでもリキシが
わたしの手を力強く握るたび
そんなことは忘れていたけれど。

帰国して、リキシはすぐに
今度は北国へ飛んでいってしまった。
ひとり、帰国後の荷物をとき
香港を回想していると
ふいにまた彼女が現れて
わたしは意味もない妄想をし
冒頭のリキシの言葉につながる
喧嘩をしたのだ。

香港に行った時
彼女に会っていた?

そんな妄想をしたわたし。

あんたは今までの俺の毎日を
見てこなかったのか?
と怒るリキシ。

ぎゃおぎゃおぎゃお
わたしはちょっと吠えすぎた。
リキシに叱られて
しゅんとなる。

わたし、早く彼女にバイバイしなきゃね。
今度あの宝物入れに
わたしのものを入れておこう。