現在、吃音治療の勉強をしています。
縁あって著名な方に師事することができ、マンツーマンのレッスンをしていただいて、もう半年超になります。
いつもとても勉強になります。
日本では複雑な歴史背景から、吃音治療があまり発展してきませんでした。
「吃音を受け入れよう」
という社会運動もあり、吃音そのもの、まして治療に関する情報は、あまり公になっていません。
それは吃音治療の一端を担うべき言語聴覚士の間でも同様で、最初から「吃音治療をやるんだ!」という人は滅多にいません。たとえいたとしても(私がそうですが)、こうした学生を育てることに、あまり熱心ではないのです。
現在、吃音治療の現場は少しずつ変化してきてはいるようです。
しかし依然として高額な民間療法に加えて、吃音に対する様々な誤解が存在します。
医療の現場ではfMRIやPETなどを用いた研究が進められてきていますが、エビデンスのある治療法は確立されていません。吃音を専門に扱う学会も存在しません。勉強会も、医療者向けの専門的なものはあまり開催されていません。
もう少し従事するSTが増えて、研究が進むとよいのですが。。。
吃音治療には、直接法と間接法があります。
私は両方学びたいという気持ちがあります。が、直接法にはあまり心が動きません。
というのも、ヒトが発語器官を使うとき、訓練室の中のようにコントロールされる場面で、というのは滅多にないからです。
コミュニケーションは、相手、場所、自分の立場で多様に変化します。そして何を目的に話すのか――誤るのか、お礼を言うのか、何かを頼むのか、断るのか。そして自分の情動(喜怒哀楽)によっても変化します。
吃音の症状も、こうした細かい状況に応じて出現したりしなかったりします。
私はまだまだスタートラインに立ったばかり。
吃音の方に会う機会もまだまだ少ないのが現状です。
ただ、私はあくまで医療者として、エビデンスのある治療を患者さんに提供してゆきたい。
そう思うこのごろでした。。。
縁あって著名な方に師事することができ、マンツーマンのレッスンをしていただいて、もう半年超になります。
いつもとても勉強になります。
日本では複雑な歴史背景から、吃音治療があまり発展してきませんでした。
「吃音を受け入れよう」
という社会運動もあり、吃音そのもの、まして治療に関する情報は、あまり公になっていません。
それは吃音治療の一端を担うべき言語聴覚士の間でも同様で、最初から「吃音治療をやるんだ!」という人は滅多にいません。たとえいたとしても(私がそうですが)、こうした学生を育てることに、あまり熱心ではないのです。
現在、吃音治療の現場は少しずつ変化してきてはいるようです。
しかし依然として高額な民間療法に加えて、吃音に対する様々な誤解が存在します。
医療の現場ではfMRIやPETなどを用いた研究が進められてきていますが、エビデンスのある治療法は確立されていません。吃音を専門に扱う学会も存在しません。勉強会も、医療者向けの専門的なものはあまり開催されていません。
もう少し従事するSTが増えて、研究が進むとよいのですが。。。
吃音治療には、直接法と間接法があります。
私は両方学びたいという気持ちがあります。が、直接法にはあまり心が動きません。
というのも、ヒトが発語器官を使うとき、訓練室の中のようにコントロールされる場面で、というのは滅多にないからです。
コミュニケーションは、相手、場所、自分の立場で多様に変化します。そして何を目的に話すのか――誤るのか、お礼を言うのか、何かを頼むのか、断るのか。そして自分の情動(喜怒哀楽)によっても変化します。
吃音の症状も、こうした細かい状況に応じて出現したりしなかったりします。
私はまだまだスタートラインに立ったばかり。
吃音の方に会う機会もまだまだ少ないのが現状です。
ただ、私はあくまで医療者として、エビデンスのある治療を患者さんに提供してゆきたい。
そう思うこのごろでした。。。