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あすか「私の父方のお祖母ちゃんが阿〇宗に入ってたのは知ってるよね。3人の旦那に先立たれて、たたりではないかと相談したら、入信しないと一番かわいがってる下の息子に悪霊が取り付くと言われて、入信していろいろ買わされて800万円溶かしちゃったんだよ。下の息子ってのは私の実父の弟のことだけど、お祖母ちゃんは人当たりがいいこの息子のためならなんでも惜しくなかった。このことを知った実父は怒り狂って、お祖母ちゃんを退会させて老人ホームに送ったんだ。それから実父は〇含宗だけでなく、あらゆる宗教を憎み、先祖代々の仏壇から位牌から、宗教に関係するものは仏教だろうがキリスト教だろうが神道だろうがすべてゴミに出したんだよ」
久美子「ちょっと極端ね」
あすか「私は当時、単立のキリスト教系の幼稚園に通ってたんだけど、卒園を前に辞めさせられた。その時は母が子宮筋腫の手術で入院してたんだけど、母がいない1か月の間、実父は休みを取って私に毎日『神はいない、仏もない、死んだら無、死ぬときは地獄の苦しみで早く死にたいと願うようになる、宗教は悪』って言い続けたんだよ。それまで私を守ってきたものを全部はぎ取って無神論者に洗脳しようとしたんだ。サイエンス関係のテレビをたくさん見せられて、金と科学がすべてだと教え込まれた。5歳の幼児に死後は無だと毎日教え込んだらどうなるか分かりそうなもんなんだけど、父は祖母の800万円が惜しくて、すべての宗教をなくさねばならないと本気でやったんだ。結果、私は恐怖で毎日死後のことばかり考えるようになって、それから何年もネットで死後の世界のことばかり調べて、死後のことが書いてある本を読み漁った。だけど、どの本も書いてあることはバラバラで信憑性がなかった。神はいなかった、お金を集めるためのまやかしだった、死後の救済はなく自我は消滅する、そう結論に至った」
あすか「私はそのあと、死ぬのが怖くて外出できなくなった。一日中死の恐怖で何も手につかなかった。お母さんが退院してきたとき、死後のことを聞いたけど、お母さんも無神論者だったからそういう話は嫌いだと一蹴されたよ。私は死に敏感になって、死にまつわる言葉にこだわるようになった。永眠という言葉は聞けなくなって、他界なら安心した。なんとしてでも死後の世界の存在を証明したかった。でも実父は、それは脳が見せる幻だとNHKが言っていたと。私は一日中死のこと以外考えられなくなった。車、飛行機、電車、舟、あらゆるものに乗れなくなったし、プールにも行けなくなった。ただ毎日、死後の世界という言葉を検索し続けた。転機が訪れたのは、お祖父ちゃん。母方だから、久美子ちゃんのお祖父ちゃんでもあるけど、脳梗塞で倒れて、小3の私が介護することになった。ノウハウを知らないので手探り、私の力ではお風呂は月に1回、食べさせるとむせる、シーツも枕も替えられなくて不潔になり、オムツは常にべちゃべちゃ。そのうち床ずれで身体が生きながら腐り始めた。お母さんは受験生の担任で、忙しくて生活費をおろす暇もなくて外食、私たちは放っておかれたよ。8か月後、部屋の悪臭に耐えかねたお母さんは、お祖父ちゃんを病院へ入院させた。1週間後お祖父ちゃんは亡くなった。私はこんな死に方嫌だと思った。だから脳梗塞になるような年を迎える前に死にたくなった。でも、キリスト教では自殺は許されない。なんとか40代ぐらいで死ねないか考えた。でも思いつかなかった。死ぬのも怖かった」
あすか「誰にもこのことは話せなかった。そのころには死は無であるというのが常識になっていたから。死ぬのが怖いなんて言ったら仲間外れになる。勉強は小6の分まで済ませてしまってたから、進級できたけど、キリスト教のことを話すことはできなかった。キリスト教=ものみの塔だと勘違いしている子が多かったから。それで、カトリック校の白百合女子中を受けることにしたんだけど、受験当日、対立してたグループの男子が待ち伏せてて、私は右腕を折られた。それで、今のお父さんのところへ行って、何とかしてほしいと訴えたら、1時間で治るお注射あるよって言われて、とにかく白百合の試験に間に合わせてもらった。…それが、藤村博士の、不老不死の薬だったんだ。気づくのに2年かかった。白百合は面接で『なぜ男子に待ち伏せされたか、攻撃的な性格ではないのか、なぜお父さんを説得して教会へ連れてこない、お父さんが死んだら教会に行こうなんて虫がいい、あなたはうちの校風どころかキリスト教にも合わない』とかいろいろ言われて、不合格。父が怖くて教会に行けないなら、あなたにとって父が偶像。偶像崇拝は罪です、って言われた。私はキリスト教にも見捨てられた」
あすか「教会は家から遠かった。時間は早いし毎週日曜に必ず行かなければならないし、休みの日は舞台や映画に充てたかった。もう天国へは行けない。永遠の命をあきらめた時、自分の身体の成長が止まってることに気づいたよ。今のお父さんに本当のことを聞いた。今のお父さんは家に普通に仏壇があって普通にお盆のイベントやる人だけど、私にはもうそれが理解できなくなっていたよ。もう成長も成熟もしない、老いることもないし自我が消滅する心配もない。最初は信じられなかったけど、あの世がないならどんな悪いことをしてもいい、どうせ一度きりの人生って考えていた私はそれでようやく安らぎを得たんだ」
久美子「でも、了くんは霊感あるのよね。嘘ついてるようには見えないけど」
あすか「うん。普段は変なもの見えないように、私の髪の毛の入ったお守り提げてる。私には全く見えないから、そういうの。他者の話はそれはそれでその人の常識だから、私には関係ない。私は実父の歓心を買おうと、聖書を燃やしたりしたけど、実父には何も伝わらなかった。私ももう信仰心は失って、今更何も信じられない。どんないい教えを聞いたとしても、帰依することはないだろうね。実父は満足だろう。実の娘を苦しめて苦しめて信仰心を奪って、お金を宗教に取られる心配がなくなったんだから」
あすか「私は家庭が平穏であってほしくて信仰を棄てたのに、家庭不和はますます激しくなって結局離婚した。それでももう、私は非科学的なものは信じなくなってたんだ。ジルコニアであるということがどういうことか分かって、今のお父さんと了くんとお母さんで4人で暮らすようになって、君たちがやってきて、ようやく普通の家庭が出来上がった。私がそれまで恐れていたものはなくなった。でも私は、どんなに永遠のものが欲しくても永遠のものを信じていない。日本では禅宗が人気だけど、お坊さんたちもあの世は信じてないと思う。私たちは気候や環境に合わせて体質や体形が変わっていくから、ずっと同じじゃないけど、少なくとも自我は保っていられる。今は実父から逃れられてよかったと思う。それでもいまだに仏壇に花を供えたり、拝んだりはしたくないけどね。お墓もないから、実父の家はみんな無縁仏になるって聞いたから、私も墓参りの意味は分からない」
久美子「仏像喫茶のマクレーンとよく友達でいられるわね。全く信じてないのに」
あすか「仏教は一種の文化を生んでるからね。文化として興味はあるよ」
久美子「アタシは、寺院を建てた庶民たちは、少なくとも信仰はあったと思う。信仰心がなければあんなもの作れるわけがない。文化としてしか見ていられないなら、芸術も生まれないと思う」
あすか「信じたいと思ってても、信じてる人はいなかったと思うよ。みんな信じたいだけだよ。実父は『無神論教』に取りつかれてた。30過ぎたら死を恐れてはならないとも言った。生きてるってつらいからね。今のお父さんは自分の信じてるものを押し付けたり、人の信じてるものを奪ったりしない。でも、何もかも遅すぎた。もっと早く実父と別れて今のお父さんと暮らしていたら、違っていたと思うよ。私は少なくともこういう人間にはなっていなかった」
久美子「アタシは、アンタが信仰を持てないのを実のお父さんのせいにしてるとしか思えないわ。今は自由なんだし、信じたければ信じればいい、信じたくなければ信じなくていい。すべて親の許可がいるって思ってるのはなぜかしら。アンタ自身が、間違っていた時の責任を取りたくなくて親のせいにしてると思う。どんなに古い宗教でも、初めはみんな新興宗教で、既存の宗教から迫害されたのよ。ま、アタシたちには宗教は必要ないんだけどね。お祖母さんの800万はいわば推し活で溶かしたみたいなものよ。趣味だと思えば腹も立たないわ」
あすか「…それは、私に精神的自立ができてないからだと思う。経済的に自立できても、どこかで頼りたいと思ってるから」
久美子「そういう人はたくさんいて、新興宗教に目をつけられて、身ぐるみはがされるわね。アタシたち支え合って生きていくんだから、お祖母さんのように騙されやすいんじゃ困るのよ。でも宗教がなくならないのは、みんな必要としてるからよ。アタシたちは吸血鬼や、5万年以上生きてる人や、ありえない存在に山ほど会ってるんだから、神様がいてもおかしくないんじゃないの。自分以外誰も愛してはならないっていう、一神教の神様はかなり嫉妬深いけど、お偉いさんが国民を支配するのには都合よかったわね。今はもう、その力もないけど」
久美子「アンタの新刊のブログ小説本、最近けっこう売れてるわよね。きっとアンタも誰かの神様なんだわ」
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あすかっちはこれから先、何か信仰を持つことはないでしょう。
神社にお参りすることはあっても、それ以上のことはないでしょう。誰のせいでもなく、彼女自身の選択なのです。
いずれ彼女はもっと成長した判断力で、信仰を持たない生き方について書くでしょう。恐怖に縛り付けられた人生のほとんどを取り戻すには、時間が必要です。
巷では新興宗教狩りが流行していますが、今のところ科学的に正しいとされている無神論を幼児や老人に押し付ける行為も、正義とは言えないと思います。正しいことがいいこととは限らないのです。
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