モーリー・ポップをご存知だろうか?
以前、ジーン・クーパーと食事をした際に、モーリー・ポップの話になった。
俺自身が知るモーリー・ポップの経歴は、「ブギーボードの生みの親・・・」くらいのものだったが、ジーン曰く、1964年に世界で初めてBOXフィンを開発したメーカーだと言っていた。
以前、ジーン・クーパーと食事をした際に、モーリー・ポップの話になった。
俺自身が知るモーリー・ポップの経歴は、「ブギーボードの生みの親・・・」くらいのものだったが、ジーン曰く、1964年に世界で初めてBOXフィンを開発したメーカーだと言っていた。
確か?何かの書物で1964年にBOXフィンが登場したのは知っていたけど、それがモーリー・ポップだったとは驚いた。
一般的に、BOXフィンが普及したのは1967年と言われている。
知人のジャーナリストが所有する1967年製のゴードンスミスのホットカールもBOXフィンだった。
1967年に誕生したデューイ・ウェーバーのパフォーマー2もBOXだった。
そして、俺が所有するグレッグ・ノールの1967年製のダ・キャットもBOXだ。
イレギュラーなケースも勿論あるとは思うが、やはり、1967年を境にBOXフィンが普及したのは事実であろう。
一般的に、BOXフィンが普及したのは1967年と言われている。
知人のジャーナリストが所有する1967年製のゴードンスミスのホットカールもBOXフィンだった。
1967年に誕生したデューイ・ウェーバーのパフォーマー2もBOXだった。
そして、俺が所有するグレッグ・ノールの1967年製のダ・キャットもBOXだ。
イレギュラーなケースも勿論あるとは思うが、やはり、1967年を境にBOXフィンが普及したのは事実であろう。
そこから、遡る事3年の1964年・・・
1960年代のサーフィン業界は、1年単位で大幅にサーフボードへの考え方が変わって行ったと言われている。
昨日までハーフムーンだったフィンが、ある日を境にレイク角度が付けられる様になり、シェイパー達はその変化に対応する為に「毎日研究に追われていた」と、ジェイコブスがマット・カルヴァーニに言っていたそうだ。
1960年代のサーフィン業界は、1年単位で大幅にサーフボードへの考え方が変わって行ったと言われている。
昨日までハーフムーンだったフィンが、ある日を境にレイク角度が付けられる様になり、シェイパー達はその変化に対応する為に「毎日研究に追われていた」と、ジェイコブスがマット・カルヴァーニに言っていたそうだ。
いつもながら前置きが長くなってしまったが、今日は、そんなモーリー・ポップのヴィンテージを紹介したいと思う。
そもそも、このボードはロビー・キーガルが所有していた物をシーコングの田中さんが譲り受け、俺の手元にやって来た。
田中さんの話によると、ロビーはジョン・ペックを尊敬しており、彼のシグネチャーである名品ペネトレーターの原型となったこのボードを宝物の様に大切にしていたらしい。
そもそも、このボードはロビー・キーガルが所有していた物をシーコングの田中さんが譲り受け、俺の手元にやって来た。
田中さんの話によると、ロビーはジョン・ペックを尊敬しており、彼のシグネチャーである名品ペネトレーターの原型となったこのボードを宝物の様に大切にしていたらしい。
そして、これが1967年製のエリミネーターだ。

既にシーコングのHPで紹介されているので、俺が多くを語る必要は無いのだが、全体のアウトラインを見る限り、ペネトレーターに近いものがある。
スクエアテールながらも、テールにボリュームを持たない機動性の良いボードである事が一目で解る。
1967年製を裏付けるエリミネーター専用ディケールも、非常に良い状態で確認する事が出来る。

テール最後尾には、モーリー・ポップの大きなディケールが付けられ、テールブロックにもブランド名が入っている点など、飾り気の無いボード中に、要所要所の花がある所などは、今のガトへロイのボードに生かされているのではないだろうか?

そして、フィンは勿論、モーリー・ポップを象徴するBOXタイプである。
この時代のBOXフィンは、樹脂製ではなくプラスティックである為、非常に脆く割れ易い為、安易に脱着するのは危険である事は言うまでも無いかな?

しかし、ビンテージボードは本当に奥が深い。
こうして、様々なビンテージに目を通してみると、現代のロングボードの答えが全て見えて来る。
その歴史の一つ、一つを足して、割って、そこにシェイパーのアイデンティティーを加える事によって、新しいクラシックボードが誕生するのだろう。
タイラーやジーン達の話を聞いていると、それが凄く伝わって来る。。。