1月初旬に、風邪をひきました。

倅のがうつったようですが、えらく長引きました。

初期は咳がひどく、それが収まると、鼻水です。典型的な風邪の症状です。

月末になって、それが重症化して、

鼻水が痰に変わりました。

バイ菌を外に出しているのだから、治りかけだ・・・と思っていたら。

なんか、鼻の奥やアタマが痛くなってきて、

頭の左側(鼻づまりのほう)が重い感じがしました。


久々に、循環器も扱う内科へ。

診断されたのは「副鼻腔炎」

簡単に言えば、蓄のう症の前段階です。

抗生剤、痰を出しやすくする薬、胃薬を処方してもらいました。

それから1週間が経ち、結局まだ治らず、5日間分のクスリが切れ、

改めて診察。

1種類、痰を出やすくする薬が変わり、更に5日分を処方。


今日が、3日目です。

昨日は撮影で外出。体育館の中での撮影でしたが、

仕事が終わって帰る頃になると、鼻の奥と頭がガンガン痛みます。


この痛み、調べたところと、かかりつけの先生曰く、

「副鼻腔の中の圧力が、鼻をすすったり痰を切ったりすることで上がり、

それで脳圧が上昇して神経を刺激する痛み」だとか。

神経が緊張した状態なのだそうです。

こういう時は、温めたほうが良いと聞いたので、

ガーゼを湯沸し器のお湯で温めて、温湿布を貼りました。


するとまぁ!

あれだけひどかった左顔面の痛みがウソのように引きました!

ここへきて、ようやくクスリが効きだしたこともあってか、

今朝の冷え込みでも痛みは出ず、

なにかムズムズ感があったら、ポケットカイロで顔を温めています。

その効果があってか、夜になっても調子の良い状態が続いています。



それにしても、50歳を超えると、とたんに体力が落ちてきました。

気力・体力も少し退潮ぎみです。


それでも、まだまだ・・・

ボケてるヒマなんかありません。

完治するまで氣を抜かず、しっかり治したいと思います。
先日、4K動画が撮れる唯一の一眼と言われるpanasonic LUMIX GH4をご紹介しましたが、

その撮影動画をご紹介します。

字幕にも載せていますが、撮影した素材をGrassValley EDIUS6.5という映像編集ソフトで

編集してあります。不思議なことに、カメラのSDHCカードに入ったデータを直接

Youtubeにアップしても4K解像度にならないのに、編集したデータは4Kとして扱います。

このあたり、我々にもなんでだか分りません・・・




4K画質にするには、画面右下の歯車マークから、画質の選択をすればOKです。

但し、かなりの重さなので、それなりのスペックと回線容量が必要です。

さて、肝心の画質ですが、さすがに解像度は高く、ハイビジョンの4倍だけあって、

描写に優れた映像です。パナソニック特有の色使いもなく、どちらかといえば業務機に

併せたチューニングをしているように見受けられました。

レンズがドローンで使うため短焦点ですが、隅々まで大きな歪もなくいい感じです。

AFが若干動いてしまうので、フライトの際は固定焦点でいこうと思います。


さて我らがドローンも2月上旬には完成の予定です。

楽しみに、なってきました。
1995年1月17日。

確か、薄曇りの寒い朝だったように思う。

当時は京都に会社に勤めていたので、

朝6時には起きていた。

5時半ごろ、2階でまどろんでいた。

15分ほどすると、西のほうから

低い、大きな地鳴りのような音が聞こえた。

伊丹に降りる飛行機の音にしては大きく、低い。


すると、

ものすごい縦揺れが来た。

地震・・・・・?


そうしていると、タンスの上の衣装ケースが布団の上に落ちてきた。

ものすごい縦揺れ。

あの時初めて、死ぬことへの恐怖が湧いてきた。

「このタンスが倒れたら、死ぬな・・」


でも、起き上がることすら出来ないほど、揺れた。

できた事といえば、大声でお経をあげていた事ぐらい。


30秒は続いたと思う。

それでも地鳴りは止まなかった。


急いで下に降りて、当時まだ歩く事ができた父と、

母の寝室に行った。「大丈夫か?」



「えらい揺れたな・・」


豊中は兵庫県の東隣。だが、電気もガスも通っていた。

テレビを点け、情報を待つ。

地震が起きたのは分かっている。肝心なのはその規模だ。

情報が錯綜して、まだ第一報は分からない。

10分ほどして、あのNHKの緊急警報放送が流れた。

受信機のスイッチを強制的に入れる、ビーコンのような音。

それでかなりの大災害だと分かった。


外に出てみる。

屋根から半分くらい、瓦が落ちていた。

クルマが1メートルほど、道路にはみ出していた。

それでも出勤時間は迫っているので、とりあえず顔を洗って、

ネクタイを締めて、自転車で駅に向かう。


近所に家の門柱が倒れている。

道路がひび割れていて、通れない。



阪急豊中駅に着いても、全線で運転見合わせ。

しょうがないので、モノレール柴原駅へ行く。

中国縦貫道の看板が折れ曲がって、空を向いている。

柴原駅の歩道橋がはずれ、50センチぐらい、地面が見えていた。


京都に行く経路は無くなったので、会社に電話・・・

まだ7時台で誰も出勤していない。


家に戻る。テレビを見たら、

阪神高速が倒壊しているのが、目に飛び込んできた。


改めてすごい地震が起こったと思った。

まだケガ人とか、どこそこの交通機関が止まってるとかしか

情報が集まっていない・・。


結局会社に連絡がついたのはお昼頃だった。

それまで、固定電話は通話規制でまったくつながらず、

携帯電話も、ようやくつながった感じだった。


続々と伝えられる被害状況。

部屋の中も、本棚が倒れてガラスが割れた。

1階はそれほど被害はなかった。

だが、隣の町では倒壊した家が何件かあった。


幸いにも断層がはずれていたようだ。



阪神大震災。

20年前の5時46分からのほぼ24時間の記憶だけが、

鮮明に残っている。

大災害の映像に涙した記憶。

何もできなかったもどかしさ。


あの瞬間、自分のい人生観までも変えてしまった大災害は、

果たして人を強くしたのか、生きることうぃ萎えさせてしまったのか、

それはまだ、分からない。


2011の東日本でも思ったことだが、

記憶はやがて、薄れてゆく。

何を教訓にして生きていけばいいのだろう、と思う。



ひとつ言えることは、

その瞬間まで、一生懸命生きることなのかも知れぬ。

あれから20年。

自分は一生懸命に生きているだろうか。

あの時、生死の境にいたことを、忘れてはいないだろうか。


生き方が緩くなってはいないか。

そんな戒めを教えてくれるのが、この日なのかも知れない。


改めて、あの日寂光へと旅立った、

6000余名の命に、合掌・・・・
投稿写真

ドローンに装着するカメラが届きました。しかし、レンズがまだでした(´Д` )。


あと1日で2014年も終わります。


皆さんにとって今年はどんな年でしたか?


私は・・・総じて言えば、2013年よりは良かったと思います。


経営的には、やっと・・・・と申し上げれば良いかどうか分かりませんが、


底から抜け出せる流れが来たように思います。


一緒に仕事をする仲間にも多くの迷惑と心配をかけていますが、


完全に回復するまでには、あともう少しかかりそうです。


今朝、写真だけアップしましたが、年明け早々にドローンを使った


空撮サービスを立ち上げます。


ドローンの映像は、こんな感じです。




今、細かな仕様を詰めていて、1月半ばには納めてもらえるとのこと。

さすがに空を飛ぶ機械なので、組み立てと調整はプロの手に委ねないといけません。


普通のVPだけでなく、中継や災害現場での調査も、仕事のひとつになるでしょう。


この事業が会社を救うキッカケになると思います。

というのも、

この事業は中小企業庁の補助金事業だからです。


アベノミクスの恩恵、とでも申し上げればよいのでしょうか、

ものづくり補助金のひとつに、「取引改善型」という補助金制度があるのを知りました。

それは、東京のコンサル会社さんのメールサービスで知ったのですが、

「本来のものづくり補助金よりもハードルが低い」という論評がありました。


かねてより補助金制度は利用したいと思っていましたが、

それこそコンサルなくしては申請すら通らないとも言われていましたので、

今回の申請はチャレンジでした。

検討を始めたころ、締め切りが未設定でしたので、

割とゆったりと・・・というか日々の仕事に追われていたところ、

急に「8月31日で締め切り」というアナウンスがありました。

それがお盆明けです。

大急ぎで資料を集め、申請書類を書き、

8/31の夕方、書類を小包で発送しました。


そこからは事務局の方と書類の修正が3~4回あったでしょうか。

通常の補助金制度なら、書類に不備があればそこで一巻の終わりなハズです。

ところが今回の制度は、先方からココを直して出しなおせという指示がありました。


つまり、なんとかして市場に資金を供給したいという、

政府の思いが反映されているようでした。


世間では「バラマキ補助金」などと、まるで税金のムダ遣いのように言う人もいますが、

そんな人はそもそもこの制度を利用する必要のない人で、部外者です。

誰も補助金をもらってドンチャン騒ぎしようとはしていません。

しかも、この事業は後の報告がすごく多い。

ただ単に機械を買って、補助金還付受けたら終わりでは、決してありません。

事業がキチンと遂行されたか、売上はどうか、利益はどうかと、

事業としての正当性を求められます。

我々もこの事業で黒字を出して、一刻も早く事業税を払える会社にしていきたいと

思っています。


市場には大きな需要があるようです。

そこに参入して、どういった変化が生まれるか、非常に楽しみです。

そういう意味では、今年は変化の兆しを感じた年でした。




来年も、どうぞよろしくお願いいたします。