幹登が伊豆出身でなければならないのは、必然のように思えてきている。恵まれた土地である伊豆だからこそ、それに逆らって生きる反骨心の塊のような幹登は生まれる。近世ヨーロッパの封建社会の中に力強く生きるユダヤ人たちのように。
陽子のモデルになった女性は3名います。3人のうち1名は伊豆の出身で、あの高校卒業の方です。幹登を伊豆出身と想定して小説の構想ができたのが、2013年5月1日です。その女性と出会ったのが2014年11月18日です。約1年半間はありますが、その方が伊豆の出身で、あの高校卒業と知った時は、伊豆という土地に因縁めいたものを感じました。
伊豆出身のその女性はまだ20代前半とお若いですが、自営業をなさっています。若いのに金融機関からちゃんとお金を借り入れて、自分で商売をなさっている姿に勇気をもらいました。まさに、芯の強い陽子のイメージにぴったりです。
その方の目力や凛々しい雰囲気から、映画「離愁」で反レジスタンス活動家のユダヤ人女性を演じるロミー・シュナイダーのような力強さを感じました。
また、あのTV局の社長が偶然にも、あの高校出身であることは、第4巻「御国」の話を考える際に、非常に重要なキーポイントとなりました。第4巻は当初「プロパガンダ」という仮名をでした。マスコミをずっと避けていた幹登が、方針を切り替えて、金融庁、検察庁から守銭奴としてスケープゴードにされた2009年の出来事(第1巻、第2巻)を告発し、世論やビジネスの世界を自分の味方につける手段として、マスコミを利用します。マスコミと接点を持つきかっけとして、友人でTV局ディレクターである庄司を通して、高校の先輩であるTV局社長と関りを持つという流れです。
たまたまかもしれませんが、あの方の社長就任が発表されたのは、2013年5月17日です。小説の構想ができた2013年5月1日の、16日後でした。
幹登に関わるキーポイントが、まるでパズルのように組み合わさっていきます。
干しエビのトマトソーススパゲッティを作りました。

以前にトマトと生クリームでソースを作って、干しエビのスパゲッティを作りました(干しエビと枝豆のトマトクリームスパゲッティ)。日本の食材、特に魚介類、幹物を使う場合は、生クリームを入れないほうが、繊細な食材の旨みがはっきりわかります。
乾物を使う場合、フライパンの熱が高くなりやすく、乾物が焦げやすくなります。これも焦らず弱火でソースを作ることがポイントです。
聴いている音楽から小説のイメージが沸きます。音楽を聴くと、いろんなアイディアが浮かんできます。そういえば、小学生の時は、読書感想文を書く前は、悲しい曲を聴いて、悲しい気分になって感想文を書いていた記憶があります。
それぞれの巻には、それぞれのテーマソングがあります。
第1巻「全面戦争」では、スピード感のあるメタル、Stratovarius "Infinity"をよく聴きながら、刻々と変化する金融市場をイメージします。
第2巻「マグマ」では、TOTO "Child's Anthem"で、困難に打ち克ちのし上がっていく幹登の力強さをイメージします。
第3巻「ハスの花」の前半では、Billy Joel "Good Night Saigon"でPTSDに悩まされる幹登、女優として生きる気力を失った陽子の姿をイメージします。後半では、Billy Joel"Allentown"で、幹登と陽子2人がお互いの信念を決して曲げることなく、這いつくばって生きていく様子をイメージします。
第4巻「御国」では、THE ALFEE "Neo Universe Part1"に、再生する幹登と陽子をイメージしています。歌詞のいくつかに、困難から人が再生していく姿が描かれています。
「限られた時間の中で夢はいくつ叶うのか」
「守るべきはこの愛と1オンスのプライド」
「失われた時間の中で生きる意味を知る」
「復活の鐘を鳴らせよ」
僕自身、この曲は再生するきっかけになった曲です。アルフィーを聴けるうちは、まだ自分は元気だと思います。
THE ALFEE "Neo Universe Part1"
それぞれの巻には、それぞれのテーマソングがあります。
第1巻「全面戦争」では、スピード感のあるメタル、Stratovarius "Infinity"をよく聴きながら、刻々と変化する金融市場をイメージします。
第2巻「マグマ」では、TOTO "Child's Anthem"で、困難に打ち克ちのし上がっていく幹登の力強さをイメージします。
第3巻「ハスの花」の前半では、Billy Joel "Good Night Saigon"でPTSDに悩まされる幹登、女優として生きる気力を失った陽子の姿をイメージします。後半では、Billy Joel"Allentown"で、幹登と陽子2人がお互いの信念を決して曲げることなく、這いつくばって生きていく様子をイメージします。
第4巻「御国」では、THE ALFEE "Neo Universe Part1"に、再生する幹登と陽子をイメージしています。歌詞のいくつかに、困難から人が再生していく姿が描かれています。
「限られた時間の中で夢はいくつ叶うのか」
「守るべきはこの愛と1オンスのプライド」
「失われた時間の中で生きる意味を知る」
「復活の鐘を鳴らせよ」
僕自身、この曲は再生するきっかけになった曲です。アルフィーを聴けるうちは、まだ自分は元気だと思います。
THE ALFEE "Neo Universe Part1"
小説の素材を探しに、実際に伊豆に行ったり、伊豆出身の人から話を聞いて、伊豆の実情をわかってきたので、いくつか修正をします。
修正点1 出身地:「西伊豆町」から「伊豆市土肥町」
当初は幹登の出身は西伊豆町としていましたが、西伊豆町は観光地としての特色が強いので、西伊豆町の北に隣接する伊豆市土肥町にしました。伊豆市土肥町は、漁業、農業といった生活の色がより強いので、その地区の既得権が長く残っているので、幹登の反骨心を強くすると判断しました。
また、伊郷という苗字も、西伊豆よりも北に位置する、中伊豆、土肥に多いということもあり、土肥に変えました。
幹登のキャラクターをプロファイリングしていくうちに、同じ土肥町出身の俳優 三國連太郎さんに辿り着きました。幹登と三國連太郎さんの生活環境と性格は、非常に似通っています。三國さんは養父と暮らした伊豆市土肥町で貧困と、理不尽な差別を経験したそうです。三國さんの芯の強さ、型破りの性格は、伊豆市土肥町で育った時の苦労が影響しているように思います。
修正点2 出身高校:「A高校」から「B高校」
当初は、幹登の出身高校は静岡県内の進学校2強である沼津のA高校を考えていました。伊豆市土肥町は沼津に隣接しているので、隣の旧第3学区(沼駿)であるA高校を受験できるのですが、土肥からA高校に進学するとなると、沼津で下宿しないと難しいそうです。土肥から通える範囲となると、旧第2学区(田方)ではB高校がトップの進学校になります。実際に、伊豆市の公立中学からB高校に進学するとなると、90年代前半では上位10位以内に入っていないと、受験さえさせてくれないという話を聞きました。
(スポンサーを探すということも考えましたが、)幹登は沼津で下宿できるお金をもっているわけもありません。また、幹登は無駄が嫌いです。A高校に通うことは時間の無駄です。常に合理的かつ効率的な手段を取ります。
小説を書くまで、静岡県とは接点がありませんでした。しかし、小説の素材として、伊豆のことを調べていくうちに、自分が伊豆出身ではないかと思えるくらいいろんなことが、僕を伊豆に導いています。
修正点1 出身地:「西伊豆町」から「伊豆市土肥町」
当初は幹登の出身は西伊豆町としていましたが、西伊豆町は観光地としての特色が強いので、西伊豆町の北に隣接する伊豆市土肥町にしました。伊豆市土肥町は、漁業、農業といった生活の色がより強いので、その地区の既得権が長く残っているので、幹登の反骨心を強くすると判断しました。
また、伊郷という苗字も、西伊豆よりも北に位置する、中伊豆、土肥に多いということもあり、土肥に変えました。
幹登のキャラクターをプロファイリングしていくうちに、同じ土肥町出身の俳優 三國連太郎さんに辿り着きました。幹登と三國連太郎さんの生活環境と性格は、非常に似通っています。三國さんは養父と暮らした伊豆市土肥町で貧困と、理不尽な差別を経験したそうです。三國さんの芯の強さ、型破りの性格は、伊豆市土肥町で育った時の苦労が影響しているように思います。
修正点2 出身高校:「A高校」から「B高校」
当初は、幹登の出身高校は静岡県内の進学校2強である沼津のA高校を考えていました。伊豆市土肥町は沼津に隣接しているので、隣の旧第3学区(沼駿)であるA高校を受験できるのですが、土肥からA高校に進学するとなると、沼津で下宿しないと難しいそうです。土肥から通える範囲となると、旧第2学区(田方)ではB高校がトップの進学校になります。実際に、伊豆市の公立中学からB高校に進学するとなると、90年代前半では上位10位以内に入っていないと、受験さえさせてくれないという話を聞きました。
(スポンサーを探すということも考えましたが、)幹登は沼津で下宿できるお金をもっているわけもありません。また、幹登は無駄が嫌いです。A高校に通うことは時間の無駄です。常に合理的かつ効率的な手段を取ります。
小説を書くまで、静岡県とは接点がありませんでした。しかし、小説の素材として、伊豆のことを調べていくうちに、自分が伊豆出身ではないかと思えるくらいいろんなことが、僕を伊豆に導いています。
取引中の金融トレーダーと、戦争前線の兵士は同じ精神状態にあると、私は考えています。生き死にの瀬戸際の瞬時の判断力と行動力は、両者ともに同じような思考展開によって実行されるものであります。また、前線から離れた時、敗北の時にも類似したPTSDの症状を味わうと思います。
金融トレーディングをマネーゲームと言われていますが、ゲーム(=試合)なんて言えるような生易しい世界じゃないです。金融トレーディングは、まさに生きるか死ぬかの戦争です。その最たる例が、1997年のアジア通貨危機です。東南アジアに至っては国家経済が停止し、その年の経済成長率が各国マイナス4.7%という尋常なほどの損害を被りました。1997年、欧米のヘッジファンドが過去最高の運用益を叩きだした一方で、東南アジア諸国は独立から30年間積み上げたものが一夜にしてゼロ、もしくはマイナスになったのです。
兵士が前線で生きるか死ぬかの緊張下にあるように、金融トレーダーも取引時間中ずっと持ち金がマイナスになるかプラスになるかの緊張を味わうのです。どんなに精神的、肉体的にタフな兵士であっても、前線で冷静な判断力と行動力を持続できるのは1年が限界です。同じように、金融トレーダーも毎日前線で取引を張れるのは1年が限界だと思います。
過去には70年代のベトナム帰還兵、現在は2000年代前半のイラク、アフガニスタン帰還兵のPTSD、自殺が、アメリカで問題となっています。兵役が終わったとしても、精神的にはずっと同じ緊張状態が続くのです。
金融トレーダーも同じだと思います。前線から離れたとしても、一文無しになる恐怖感はずっと続くのです。
Billy Joel "Goodnight Saigon"
第3巻「ハスの花」 で、幹登が病んでいく様子は、自分の経験と、兵士のPTSDを参考にしながら書いています。生き抜くことへの恐怖を忘れたいから、何かにすがる。いっそのこと死んだほうが、生き抜くことへの恐怖から逃れられると思うこともある。
金融トレーディングをマネーゲームと言われていますが、ゲーム(=試合)なんて言えるような生易しい世界じゃないです。金融トレーディングは、まさに生きるか死ぬかの戦争です。その最たる例が、1997年のアジア通貨危機です。東南アジアに至っては国家経済が停止し、その年の経済成長率が各国マイナス4.7%という尋常なほどの損害を被りました。1997年、欧米のヘッジファンドが過去最高の運用益を叩きだした一方で、東南アジア諸国は独立から30年間積み上げたものが一夜にしてゼロ、もしくはマイナスになったのです。
兵士が前線で生きるか死ぬかの緊張下にあるように、金融トレーダーも取引時間中ずっと持ち金がマイナスになるかプラスになるかの緊張を味わうのです。どんなに精神的、肉体的にタフな兵士であっても、前線で冷静な判断力と行動力を持続できるのは1年が限界です。同じように、金融トレーダーも毎日前線で取引を張れるのは1年が限界だと思います。
過去には70年代のベトナム帰還兵、現在は2000年代前半のイラク、アフガニスタン帰還兵のPTSD、自殺が、アメリカで問題となっています。兵役が終わったとしても、精神的にはずっと同じ緊張状態が続くのです。
金融トレーダーも同じだと思います。前線から離れたとしても、一文無しになる恐怖感はずっと続くのです。
Billy Joel "Goodnight Saigon"
第3巻「ハスの花」 で、幹登が病んでいく様子は、自分の経験と、兵士のPTSDを参考にしながら書いています。生き抜くことへの恐怖を忘れたいから、何かにすがる。いっそのこと死んだほうが、生き抜くことへの恐怖から逃れられると思うこともある。
小説を作る過程で、登場人物の人間性を名前で暗示させるというのは結構多いパターンです。例えば、ハゲタカの鷲津政彦の「鷲津」はハゲタカではなく鷲のような気品を持たせたり、大地の子の陸一心は、実父の日本と、養父の中国と離れ離れであっても、その2人を思う心は一つであったりとか。
現在作成中の「呪縛」の登場人物にも、名前から性格や、育った環境、その後の話の展開を暗示させる意味合いを持たせています。中心の登場人物の氏名を発表します。
朝比奈 幹登(あさひな かんと) (旧姓:伊郷)
※伊郷は、さくらと結婚した時に婿養子となり、さくらの苗字 朝比奈に改姓しました。今後は伊郷を、幹登(かんと)として呼ぶことにします。
朝比奈 さくら (幹登の妻)
大木 政彦 (幹登のライバルの検察官)
黒川 陽子 (幹登が昔好きだった女優)
さくらの苗字を「朝比奈」にした理由は、静岡にルーツのある苗字であること、朝比奈という姓からは、政界、財界、学会での有名人を、他の姓とは比較にならないほどずば抜けて多く輩出しているからです。幹登は、朝比奈という苗字から、本能的に金と地位の匂いを嗅ぎ取りました。
幹登の名前を分解すると、いろんな意味が隠されています。
伊豆の独自の苗字ということで、伊郷を選びましたが、その音の構成から、新たな意味を読み取りました。苗字の伊郷を、ローマ字で書くと"Igo"で、英語の" I go"(私は行く)であり、どんな困難にぶつかっても、前に進むような強さを表しました。
名前の幹登は、木の幹のように太く逞しく、上へ上へ登っていくという意味です。
読みの「かんと」には、イタリア語のCanto(カント)「(一人称の)歌う」という意味を込めています。歌が誰かの心を苦しみから救うように、幹登によって、陽子が女優に戻るきかっけになってほしいとの意味を込めました。
大木は、日本の第2代司法大臣である大木喬任から取りました。初代の江藤新平が在任期間1年でしたから、実質の初代司法大臣は大木喬任です。大木喬任が日本の司法制度の基礎を作った人物です。つまり、大木は大木喬任から続く日本法曹界の名門一家の出です。
陽子の苗字を黒川にしたのは、陽子を福岡県出身の女性と設定したからです。
「黒」が付く苗字は九州北部に見られる傾向です。
陽子に福岡の女性のような芯の強さを持たせたかったからです。九州男児という言葉がありますが、実際、九州北部は圧倒的な女性中心の社会です。女性がしっかりしているから、九州男児は自由な行動ができるのです。
また、苗字の「黒」を泥と結びつけ、陽子の名前の「陽」を光として、泥に咲く「ハスの花」をイメージさせました。
幹登と陽子の名前を並べてみたら、歌うという「音」と、照らすという「光」の2つの世界が存在します。つまり、音と光、2人ともお互いの存在をずっと探し求めていたのです。
また、陽子の女優名、ソープでの源氏名も、何らかの意味合いを暗示させようと考えています。
幹登と陽子は、2人とも複数の名前を持っていることにお気づきかと思います。2人とも、名前によって、人生で演じる性格も変えざるをえないという宿命を背負っています。しかし、2人は、いろんな名前による他の誰でもない、自分自身にならなければならないという、人生の局面にあります。
現在作成中の「呪縛」の登場人物にも、名前から性格や、育った環境、その後の話の展開を暗示させる意味合いを持たせています。中心の登場人物の氏名を発表します。
朝比奈 幹登(あさひな かんと) (旧姓:伊郷)
※伊郷は、さくらと結婚した時に婿養子となり、さくらの苗字 朝比奈に改姓しました。今後は伊郷を、幹登(かんと)として呼ぶことにします。
朝比奈 さくら (幹登の妻)
大木 政彦 (幹登のライバルの検察官)
黒川 陽子 (幹登が昔好きだった女優)
さくらの苗字を「朝比奈」にした理由は、静岡にルーツのある苗字であること、朝比奈という姓からは、政界、財界、学会での有名人を、他の姓とは比較にならないほどずば抜けて多く輩出しているからです。幹登は、朝比奈という苗字から、本能的に金と地位の匂いを嗅ぎ取りました。
幹登の名前を分解すると、いろんな意味が隠されています。
伊豆の独自の苗字ということで、伊郷を選びましたが、その音の構成から、新たな意味を読み取りました。苗字の伊郷を、ローマ字で書くと"Igo"で、英語の" I go"(私は行く)であり、どんな困難にぶつかっても、前に進むような強さを表しました。
名前の幹登は、木の幹のように太く逞しく、上へ上へ登っていくという意味です。
読みの「かんと」には、イタリア語のCanto(カント)「(一人称の)歌う」という意味を込めています。歌が誰かの心を苦しみから救うように、幹登によって、陽子が女優に戻るきかっけになってほしいとの意味を込めました。
大木は、日本の第2代司法大臣である大木喬任から取りました。初代の江藤新平が在任期間1年でしたから、実質の初代司法大臣は大木喬任です。大木喬任が日本の司法制度の基礎を作った人物です。つまり、大木は大木喬任から続く日本法曹界の名門一家の出です。
陽子の苗字を黒川にしたのは、陽子を福岡県出身の女性と設定したからです。
「黒」が付く苗字は九州北部に見られる傾向です。
陽子に福岡の女性のような芯の強さを持たせたかったからです。九州男児という言葉がありますが、実際、九州北部は圧倒的な女性中心の社会です。女性がしっかりしているから、九州男児は自由な行動ができるのです。
また、苗字の「黒」を泥と結びつけ、陽子の名前の「陽」を光として、泥に咲く「ハスの花」をイメージさせました。
幹登と陽子の名前を並べてみたら、歌うという「音」と、照らすという「光」の2つの世界が存在します。つまり、音と光、2人ともお互いの存在をずっと探し求めていたのです。
また、陽子の女優名、ソープでの源氏名も、何らかの意味合いを暗示させようと考えています。
幹登と陽子は、2人とも複数の名前を持っていることにお気づきかと思います。2人とも、名前によって、人生で演じる性格も変えざるをえないという宿命を背負っています。しかし、2人は、いろんな名前による他の誰でもない、自分自身にならなければならないという、人生の局面にあります。
中学時代の音楽仲間が、ハードロック、メタル好きだったこともあり、僕もそれに影響されて、ハードロック、メタルを聴いていました。(90年代前半に中学生だった)僕の世代はギリギリでハードロック、メタルの洗礼を受けています。
それまで、ハードロック、メタルはうるさいだけの音楽と先入観を持って毛嫌いしていました。しかし、スピード感に負けないくらいメロディアスで、緩急の展開があり、純粋に美しい音楽と思い好きになりました。
Royal Hunt "Surrender"
メタルにハマるきっかけがロイヤルハントでした。サウンドはキーボードの比率が高いアルフィーやカンサスといった感じです。アンドレ・アンダーセンのキーボードプレイは、ただ単なる速弾きじゃなくて、メロディアスで、緩急があって、美しいです。
Stratovarius "Infinity"
ストラトヴァリウスになると、スピード感も出て、もっとギターが前面になるので、メタルらしくなります。朝元気が出ない時に、気分を高揚させるために聴きます。
Rhapsody of Fire "Emerald Sword"
90年代後半にメタル不毛の地イタリアから出てきたバンドです。ラプソディ・オブ・ファイヤーが出現して以降、2000年代イタリアは良質のメタル産出国となりました。ラプソディ・オブ・ファイヤーはイタリアでも、オーストリア帝国、バルカン半島の文化が混在した辺境のトリエステ出身なので、どこか悲しげな旋律があります。しかも、ヴェネツィアからトリエステにかけての旧ヴェネツィア共和国の地域は、ユダヤ人の比率がイタリアでは最も高いこともあって、僕の心のなかにある過去の記憶が共鳴する部分もあります。
それまで、ハードロック、メタルはうるさいだけの音楽と先入観を持って毛嫌いしていました。しかし、スピード感に負けないくらいメロディアスで、緩急の展開があり、純粋に美しい音楽と思い好きになりました。
Royal Hunt "Surrender"
メタルにハマるきっかけがロイヤルハントでした。サウンドはキーボードの比率が高いアルフィーやカンサスといった感じです。アンドレ・アンダーセンのキーボードプレイは、ただ単なる速弾きじゃなくて、メロディアスで、緩急があって、美しいです。
Stratovarius "Infinity"
ストラトヴァリウスになると、スピード感も出て、もっとギターが前面になるので、メタルらしくなります。朝元気が出ない時に、気分を高揚させるために聴きます。
Rhapsody of Fire "Emerald Sword"
90年代後半にメタル不毛の地イタリアから出てきたバンドです。ラプソディ・オブ・ファイヤーが出現して以降、2000年代イタリアは良質のメタル産出国となりました。ラプソディ・オブ・ファイヤーはイタリアでも、オーストリア帝国、バルカン半島の文化が混在した辺境のトリエステ出身なので、どこか悲しげな旋律があります。しかも、ヴェネツィアからトリエステにかけての旧ヴェネツィア共和国の地域は、ユダヤ人の比率がイタリアでは最も高いこともあって、僕の心のなかにある過去の記憶が共鳴する部分もあります。
Private Eyes, Kiss On My Listのような明るいポップだけが、ホール&オーツの曲じゃありません。今日の3曲は、どこかしらに憂いがあり、そこがホール&オーツだからこその色気です。
Daryl Hall & John Oates "Do What You Want, Be What You Are."
よくこんなに高い声が出るなと感心します。その高い声も決してぶれていなくて、太くて甘い感じがします。
Daryl Hall & John Oates "Open All Night"
華やかな曲が多いH2Oの中にあって、数少ないマイナー調の曲。最後にストリングスの音色を使ったアナログシンセ(たぶんProphet5だと思う)のアレンジが非常に凝っています。
Daryl Hall & John Oates "So Close"
ホール&オーツの中では一番聞いている曲だと思います。今の自分の気持ちを最も表しています。女性が時間が止まってほしくてコインをジュークボックスに入れる描写があります。その歌詞の部分を聴く度に、40へ向けて老いが怖い自分のように、今の時間を止めたい気分になります。全てを朽ち果てさせていく時間の流れって残酷ですよね。そんな残酷な時間の流れを止めたくって、僕も毎晩音楽を聴いて、その瞬間だけは時間の流れを止めています。


