先日、我慢できないほどに

歯が痛くなったので、歯医者に行ったら、


「原因は、一番奥の親知らずのチカクカビンですね~」


チカクカビン?


そんな繊細なの?ボクの歯って、


な~んて思ってたら、


「抜いたほうがいいっすね!」


えっ?

ぬ、抜くんですかぁ?

チカクカビンくらいで、

ぬ、抜くんですかぁ?


「はい!」(きっぱり)


そ、そんな急に言われても、


車のローンも残ってるし・・・、


なんて、まるで関係ない理由を言おうとしたら、

勝手に日取りを決められて、

じゃあ、この日に来てくださいね!


と、あっという間に、親知らずを抜くという

世にも恐ろしい一大イベントが、

決まってしまった。


だいたい、ワタクシにとって、歯を抜くというのは、

歯医者さんが、悪魔のぬいぐるみを着て、

巨大なペンチを振りかざし、足でワタクシの顔を押さえ、


ひっひっひっ、

ほうら、抜くからねぇ~


と、クチビルの片側だけにデビル笑いを浮かべ、

必死で、そ、それだけはご勘弁を~と、

訴えるワタクシの手を、

ええい邪魔だ!と無残にも振り払い、

エイ!ヤー!

とばかりに、抜くという、恐ろしいイメージしかない。


そんなワタクシの小さなハートに秘められた

想いを知ろうともせず、


親知らずを抜く、ということを

額の真ん中に小さな丸い反射鏡をつけた

この歯医者の悪魔のオッサンが

決めてしまったのだった!





椅子に座ってはみたものの今から二時間半待ちである。


こんなことなら本か何か持ってくれば良かった。

周りを見渡しても時間つぶしになるようなものは何にもない。


ある訳ないか、ここは社会保険事務所なのだ。

よし、この時間を利用して当社の経営について

今一度考察してみよう。


そもそも利益の根源となっているものは何か。

その中で見直しする点はないか。


う~ん、と考えていたら、どこからかテレビの音が聞こえてくる。


まさか社会保険事務所にテレビなどあるはずがない。


う~ん利益の根源となるものは・・・、


いや、やっぱりテレビの音が聞こえてくる。


これは竹内マリアの曲だぞ。

利益の根源をちょっと置いといて、

曲が聞こえてくる方にフラフラと行ってみた。


あった。


狭い待合室のような所にテレビがある。

そこに大好きな竹内マリアが写っている。


♪ふしぎな、ふしぎな♪ピーチパ~イ♪。


大ヒット曲、不思議なピーチパイを歌ってる。


懐かしいなぁ。

思わず最前列に腰をおろして画面に見入ってしまう。


利益の根源はどこかに吹っ飛び、頭の中は

時空を超えて一気に学生時代にタイムスリップしてしまった。


あの頃はジーンズはベルボトム、

髪は長髪、酒はジンライムだった。


あの時のみんなはどうしているかなぁ、

なんて考えていたら曲が変わった。


おっ、次はこれまた大ヒット曲「駅」である。


いいぞぉぉ。なんて見ていたら次々とヒット曲が披露され、

どんどん時間が過ぎていった。


次の番組はラジオ体操である。


♪タンタンタタラッタッー♪


ラジオ体操はとても体にいいと聞いた。

そういえば体操しようと思ってこのCDを買ったんだ。

CD聞きながらしようとしたけど、

振りを全く覚えてなくてできなかったんだ。


これはいいチャンスだ。

これを見て振りを覚えよう。

竹内マリアといいこのラジオ体操といい、

なかなか有意義な待ち時間になってきた。


これも普段の行ないがとてもよろしい

ワタクシに対する神のおぼしめしに違いない。


そうこうしている内に番組はニュースになった。

そうか今日はそんなことがあったのか、

フムフム。


なんてしていると


「ろっぴゃくじゅうきゅーばんの番号札でお待ちのかたぁ~」


のアナウンスが聞こえてきた。


ワタクシである。

なんと二時間たたない内に呼ばれてしまった。

もう少しテレビ見ていたいという気もしながら呼ばれた窓口に座った。


係員は若い女性である。


うん?

カワユイではないか。

なかなかどうして今日は結構いい日かもと、ほくそえんだ。


「ねんきん特別便お持ちですか?」

「はい、持ってます」

と見せようとした。


まっ、まずい!封書を握り締めたまま、

大好きな竹内マリアとラジオ体操に見入っていたので、

手に力が入ったのかクシャクシャになっている。


このままでは見えにくい。

特に年金納入したのに空欄になっている部分を

しっかり見せないとだめだ、

書類のシワを手でよいしょ、よいしょとを伸ばした。


それがおかしかったのか、係員がクスクスと笑っている。


う~ん、笑顔もなかなかカワユイぞ。

どうです今晩ご一緒にお食事でも、と

口に出そうになるのを必死で抑えながら、

「はいっ!」

と渡した。


「ああ、この期間が空白になってるんですねぇ、ちょっと調べて来ます。」


納入記録が残ってないから空白になっているはずだ。


だから納入していることを訴えにワタクシはここへ来たんだ。


さて、どういう風に言ってやろうか、

と必要以上に眉間にシワを寄せて考えていると、

カワユイ係員が戻って来て、


「納入記録ありました!」


「へっ?あっ、あったんですか?」


「はい、ありましたよ。確認できましたので大丈夫ですよ。」


あの~私の立場は?


と眉間のシワが、

とまどい気味に訴えているのを手で隠しながら、

「あっそうなんですね。よっ、良かったです。」


完全に拍子抜けしてしまった。


でもよく考えてみれば、

竹内マリアは見れたし、

ラジオ体操の振りも確認できたし、

係員はカワユかったし、

年金払ってるのも確認できたし、

メデタシメデタシの「ねんきん特別便」の一日であった。


スゲッー!



社会保険事務所に着き、

裏の駐車場に入れようとしたら、

汗だくになった警備のおじさんが走ってきた。


「いっぱいで入れません。皆さんそこでお待ちです!」


と指さす方向に目をやると、

なんと十台以上ズラ~ッときれいに一列に並んで待っている。


ここはいつもガラガラだったのに、

一体なんなんだこれは!


「ここから歩いて15分くらいの所に

無料駐車場がありますから、

そこに停めてきた方が早いですよ」

と言われた。

30分かけてここまで来たのに、もう15分かよ、

と思いながらもやむなく移動した。


歩いて戻ってきて、事務所表入口が見えた時、

また愕然とした。なんと人が入口の外にまであふれている。


いやいやまさか、中に入れなくて外に居るんじゃなくて、

話をするために外に出てきてるんだ。


そうだ、そうに違いない。

ここは普通の社会保険事務所だ。

入りきれない程人が来るなんてことあるはずがない。


そうブツブツ言いながら中に入って今度は唖然とした。


狭い事務所の中が人、人、人でごったがえしている。

みんな「ねんきん特別便」のことで来てるのか?


スゲーッ!

一瞬もう帰ろうと思った。


しかし、高いガソリンを使ってきて、

その上15分も歩いてここまできたのだ。

そう簡単に引き下がれるか!

そう思い直して、係りの人に用件を伝えると、

整理券をお取り下さいと言われた。

発券機の番号を見て、目玉が飛び出た。


なんと41人待ちとある。

41人なんて、もう帰ろう、

ホントにもう帰ろう、と思った。

でも一応どのくらい待ち時間がかかるのか聞いてみようと、

係りの女性に尋ねると、


「2時間半くらいですね」

「えっ!に、に、にじかんはん?」


余りにこともなげに言われたので、

こっちがビックリして思わず声が裏返った。


少しでも早くならないものかと、


「ワタクシ忙しい体なんで、そんなには待てないんですよ」と


何故か緩んでもいないバーバリーのネクタイを

これ見よがしにキュッキュッと締め直しながら、

ワタクシとても忙しい重要人物なのよ、を装って言ってみた。


「まあ、バーバリーのネクタイじゃないですか。

服装からしても見るからにお忙しそうな方ですわねぇ。

そんなにお忙しいのなら、優先して順番早めましょう!」


の言葉を期待していたのに全く通じず


「皆さんそれくらいお待ちですよ。

 だったらどうします?

 出直します?」


と実にそっけない。


ありゃ。

こいつにはバーバリーの神通力は通用しないのか。


そもそもバーバリーというのはね、

功なり名をあげた者だけが身につけることができるブランドであり、

それを身につけているこのワタクシという人物はね・・・と


説明してやりたくなったが、そんなことしても無駄だし、

実際このブランドで持っているのは、

このネクタイとシャツとハンカチぐらいだから、

あまり語ってもボロが出るのでやめることにした。


しょうがない、出直しても同じことだから、待つことにしよう。


そうか、こんな田舎ではバーバリーは通用しないのか。


そう言えばワタクシが初めてバーバリーを買ったのは

イギリス旅行に行った時だったなあ・・・。

あの時免税店で初めてあの柄を見て・・・、

なんて思い出に浸りながら、

「ねんきん特別便」の封書を片手にしっかり握り締めたまま、

力なく待合室の椅子に腰掛けた。