鉄模愛好会 南海フェリー「すきっぷ徳島」の旅!(その2) | キハでGo!

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こんばんは!

シルバーウィークの中日ですが、台風の通過の影響もあってか、関西でもやや風が強く、時折、小雨がみられました。

 

本日は月一回の献血へ行き、恒例の「BURGER KING」を堪能してきました。一年ぶりのマッシュルームワッパーです。こちらは4種のキノコに特製の「プレミアムペッパーマヨネーズ」が直火ビーフとキノコの味を引き立て、秋を堪能することが出来ました。(「BURGER KING」の回し者ではないのですが、マッシュルームはお勧めです!)

そしてその足で実家へ寄って、いつもの散歩を敢行し、いつものスポットで京阪電車を楽しみました。

たまご型の2200、2400、2600系が運用から外れてしまい、何の楽しみもないのですが、今回は写真の通り、ダイヤ改正で出町柳駅⇔中之島で運用開始された13000系の4両編成をパチリして、いつもの7,8両と違った編成を堪能しました。

 

本日はシルバーウィークの初日に敢行した「南海フェリー(徳島すきっぷ)の旅)」の第2弾です。

徳島駅に到着し、徳島ラーメンを食べようと食券を求めましたが、機械の不調かクレジット決済が出来ず、機械の修繕に時間が掛かるとのことで、断念。気が付くといつもの「松屋」になっていましたorz

昼食後、Aさんの同僚は徳島線経由で琴平へ行き、高松を回って鳴門から兵庫にまわるとのことで、お別れし、私はAさんと行動を共にしました。

徳島駅の昼間は留置線に「これでもかっ!!」というほどキハ40系が留置されており、「おやすみキハ」となっています。中には1枚目のように首都圏色に復活塗装されたキハ47や2枚目のアイランドエクスプレス四国で使用されたキハ185なども「おやすみキハ」となっていました。

 

そんなキハ達の中で気になったのが1枚目手前にいるキハ47の2両編成です。よく見ると0番台同士で編成されていますが、2枚目を見ていただくと左は国鉄時代の丸型水タンク、右はJR移行後に徳島運転所で交換された角型水タンクです。左の0番台は元々、松山運転所に所属していた0番台であり、こちらは水タンクの交換はされておらず、松山運転所でキハ40系の運用が終了した際、徳島運転所に転属していますが、転属後は水タンクは交換されずにそのままとなっています。なので松山から転属してきた0番台の4両は水タンクがそのままになっています。

ちなみにトイレなしの1000番台は首都圏色になった1086以外は10年ほど前に全て廃車となっているので、JR四国ではキハ47の0番台はトイレ撤去されたキハ40やトイレありのキハ47の0番台同士で編成を組んでいます。(なかなか奥が深いw)

 

ということで留置線の「おやすみキハ」を堪能した二人は徳島線(よしの川ブルーライン)を完乗すべく、ホームに停車していた1000型に乗り込みました。途中、石井駅で通過待ちとのことで私は車外に出て駅舎や1000型のエンジン音を堪能しました。

 

そして通過する特急「剣山」3号も動画に収めました。

この日は土曜日であり、昼間の特急「剣山」はゆうゆうアンパンマンカーとして中間車に半室グリーンの合造車であるキロハ186を改造した「ゆうゆうアンパンマンカー」を連結していました。

 

徳島から阿波池田まで各駅なので1時間50分ほどの道のりとなり、私はいつものように「トイレット研究」にも勤しみました。

JR四国の1000型は登場時はトイレがない状態でしたが、2001年から1000型の19両と1200型の全車に対してトイレが増設され、1000型自体は1990年に登場していますが、車体の古さに似つかないほどトイレはキレイです。

車両はトイレ増設に伴い、座席を撤去し、窓は鉄板でカバーされ、トイレ前のロングシートは客の目を考えて、一人用のクロスシートに変更されています。

さらに2007年にはトイレの利便性を高めるため、半自動扉からボタン化したことで、ドアの開閉が楽になっています。

 

トイレ以外に車内も見て回りました。

1枚目はトイレの反対側に設置された灰煙管であり、客室扉の横に配管されています。エンジンからの共振音もあり、ディーゼルエンジンらしい音が堪能でき、配管のカバーを触ると、ほのかに暖かさも感じることが出来ますw

今回は進行方向の後方に入煙管があるので、2枚目のように前面窓から外を見ると、ディーゼルエンジンの黒煙を見ることも出来ます。

 

徳島線は徳島駅から徳島県内陸部の阿波池田へ吉野川に沿って走行しており、「よしの川ブルーライン」の愛称が付けられています。

写真を見ると「川に沿って走行し、風光明媚な景色を楽しめる」のかと思われますが、川が見えるのはたまにであり、ほとんどは車道との並走でしたw

しかし川が見えると写真のように素敵なローカル線となり、ホンのひとときですが、車窓を楽しむことが出来ました。

1時間50分は長いようにも思われましたが、車内見学やAさんとの鉄トークであっという間に過ぎてしまい、目的地の阿波池田に到着しました。

 

徳島線はよく勘違いされるのが、起点は徳島で終点は阿波池田と思われがちですが、実際は徳島駅の隣の佐古駅が起点で終点は阿波池田駅の一つ手前である佃駅となっています。なので今回の徳島線は一駅前から乗車し、一駅先で降りた状態であり、いわゆる「徳島線を通過した状態」でしたw

阿波池田駅は土讃線(多度津⇔窪川)の駅であり、土讃線の名所である祖谷のかずら橋のミニチュアモデルが構内に展示されていました。

 

そして留置線にはキハ185系を改造した「藍よしのがわトロッコ」が停車しており、先頭車のキハ185-20とトロッコ車両のキクハ32を見ることが出来ました。

キクハ32は動力を持たないキハ185を制御できる運転台を持つ車両であり、形式番号の32は仕様面での類似性の高いキハ32形と同系列として取り扱われることとなり、キクハ32形となっています。

この編成は元々、1997年に予土線の「清流しまんと号」の増便用として登場し、2020年10月より徳島線で「藍よしのがわトロッコ」を運行開始するに当たり、車体は藍色をベースにしたカラーリングに変更されています。

 

そしてこちらは途中の石井駅で抜かされたキハ185の特急「剣山」で、ホームに入線しており、このまま折り返しとして徳島行になっています。徳島方面の先頭車はキハ185-19で、トイレありの0番台です。

ヘッドマークは「剣山」ですが、中間車に「ゆうゆうアンパンマンカー」を連結しているので、アンパンマンがヘッドマークに描かれています。

 

1枚目は中間車のキロハ186-2の「ゆうゆうアンパンマンカー」で何度か塗装変更されており、現在は黄色をベースにアンパンマンのキャラクターが描かれています。さらによく見ると徳島側は普通のキハ185の特急塗装ですが、こちらは剣山塗装になっています。この塗装は1996年に特急「剣山」の運転開始にあたり、一部の車両が「剣山」仕様に塗装変更されています。ただこの塗装は「剣山色」ですが、高松運転所で運用されていたため、2025年頃までは送り込み運用の都合上「うずしお」にも使用されていたようですw

2枚目は阿波池田方面の先頭車でキハ185-24で、徳島川と同じ0番台です。キハ185系も2600系、2700系の登場で淘汰が進んでおり、大半はJR九州に譲渡されていますが、何両かは廃車となっており、特にトイレなしの1000番台と、半室グリーンの合造車であるキロハ186は1両ずつしか残っておらず、キハ185系の編成はおのずと先ほどのキハ47と同じく0番台同士の編成がメインになっています。

この3両編成は特急「剣山」6号として徳島に向かいますが、私たちは1時間50分掛けて阿波池田にきましたが、これに乗って徳島に戻りますw

 

Aさんはお孫さんが小さいことから、アンパンマンにやや関心があり、「ゆうゆうアンパンマンカー」が気になるご様子だったので、乗車時に覗きました。今回も保母さん(詳しくはコチラ)がおられ、一言お声を掛けると車内を見学させてもらえました。すでに出発前だったので、プレイルームはすでに子どもたちが数名、楽しく遊んでいました。(ちまみに前回の「ゆうゆうアンパンマン号」は阿波池田側に復活国鉄色(緑)、徳島側は剣山色の凸凹塗装編成でした。)

車内には2002年にアンパンマンの作者であり、やなせひろしさんのサインとイラストがあり、半室の指定席には天井部分も含めてアンパンマンだらけでした。

Aさんは「これは孫たちが小さい間に乗せてあげたいなぁ」と漏らされていました。なので予約は、JR四国ツアーや全国の「みどりの窓口」、旅行会社、e5489などで可能なことを情報提供しておきましたw

 

私たちは指定席の1号車(徳島方面の先頭車)に乗車し、徳島までの1時間20分を楽しみました。

私もAさんもキハ185の乗車は初めてであり、1986年に登場してすでに40年近く運用されているキハ185はいつ引退してもおかしくないので、今回はマスト案件として特急「剣山」の乗車を組み込んでいました。

数年前は牟岐線の特急「むろと」の話も出ていましたが、こちらは2025年3月のダイヤ改正で廃止となってしまい、現在は観光列車では色々とありますが、国鉄時代のキハ185としては、この特急「剣山」が唯一となってしまいました。

車内は国鉄の雰囲気を十分に残しており、登場時の名残である差し込み式の号車、座席、禁煙プレートがデッキドア上部にあり、そして掲載していませんが、開発・製造コストダウンのために採用されたバスのエアコンの吹き出し口などが、国鉄末期の特急を二人に感じさせてくれました。

 

そして40年もの月日が経過していることもあり、座席に装備された収納式テーブルは茶色に変色し、シートのモケットも植毛部分がはげ落ちていました。

テーブルは元からこの色かと思いましたが、車内にはいくつか白っぽいものがあり、おそらく経年劣化の破損で交換されたものと思われ、この茶色っぽいのがまさに経年劣化で変色したものと思われます。

二人して40年という月日の長さをキハ185の中でしみじみと感じ逝ってしまいましたw

 

私は当然ながらキハ185でも「トイレット研究」を怠ることなく、妻面側のトイレに向かいました。

扉は先ほどの1000型のようなボタン式開閉ではありませんでしたが、トイレはリニューアルされているのか、1000型と同じ便座であり、流す際の吸引も全く同じでした。

さらにこちらは特急ということもあり、壁は木目調になっており、子ども用シートなども含めて、1000型よりアップグレードされたトイレでした。

私的には国鉄時代の車両なので、和式のステンレストイレを期待していたのですが・・・w

 

阿波池田から徳島の1時間20分はあっという間に過ぎてしまい、こちらは蔵本から徳島駅までの前面車窓の動画です。

途中から佐古駅までは高架となり、そこから徳島駅までは再び地上を走行して徳島駅に到着しました。

徳島駅前の踏切にはどこかで見たバスかと思いきや京阪バスの長距離バスであり、おそらく大阪⇔徳島間の運用と思われます。まさか四国で京阪バスに出会うとはw

そして動画の最後には・・・・・

 

なんと1番線に鳴門行きとしてキハ47が入線していました!

私は思わずキハ47の方に向かいましたが、Aさんに呼び止められ、髪の毛が抜けんばかりに後ろ髪を引かれながら2枚目の1200型へ・・・

この1200型は牟岐線の車両であり、計画では阿南まで行き、徳島に折り返す予定となっていたので、ここは計画通りに牟岐線の半分ですが乗車しました。

 

泣く泣く鳴門線のキハ47とはいったん、お別れして牟岐線に乗り込んだおっさん二人はこの先、色んなことが・・・

続きはまた後日~

でわでわ

 

「特急 剣山」と入れて検索したのですが、なぜか剣山(けんざん)もヒットしましたw