極楽とんぼ、加藤の意見が正しい
韓国関連の記事を続けて作成するつもりであったが、忙しいので短文にて一言、言いたいが、そら、極楽とんぼの加藤の言うことの方が、ダウンタウンの松本の仲介策よりも正しいわ。当たり前のことではないか。吉本興業の芸人は個人事業主で一般の会社員と経営者のような雇用関係ではないにしても、また上場を廃止しているとは言え、年商500億円とかで社会の認知とか影響力が極めて大きな企業であろう。これだけの騒ぎを起こしておいて、経営陣が責任を取らない、取れないということであれば企業の存在価値は皆無に等しいと言えるであろう。芸人と経営者が友達感覚で和解したり、乳首相撲か何か知らないがシャレでなかったことにできるようなレベルの話しではないはずだ。大阪の家族経営のたこ焼き屋かラーメン店程度の夫婦間やアルバイト従業員との内紛ではないのである。乳首相撲で仲直りできるのは夫婦喧嘩だけだ。加藤の言う通り、企業なのだからそれなりのけじめは必要である。何でもシャレや笑いで解決できると考えるのは、芸人の驕りでしかない。
今こそ韓国の政治手法を直視せよ
そんなことよりも参議院選挙後には韓国与野党の国会議員が、日本の輸出規制に対して、日本の不当性を説明し、議員外交で事態の打開を図ることを目的に訪日する計画が報道されていたので、予定に変更がなければ、やってきて国際世論の圧力と共に、日本政府への直接の抗議で強力にゆさぶりを掛け続けて譲歩や軟化を引き出す活動が展開されることとなる。いつものことだが韓国政府は、道理的にはどれほど筋道が通らないことでも、高圧的な態度で日本を猛烈に批判し続け、世界と日本国内に韓国への賛同者が多く存在するかのように宣伝し、恫喝と話しが通じない相手だと諦めさせる手法で日本政府を困惑させ続けば、最終的には日本の政治は折れるであろうことを経験的に知っているので同じことを何十回でも何百回でも繰り返すものである。韓国とはそういう国なのである。そのような国の、そのような政治とまともな交流などこれ以上出来るものであろうか。韓国人の国民性がそうだとは言わないが、韓国の政治は道理や正邪、相互理解によって成り立つような性質のものではない。嘘を平気でつくし、約束は守らない、自分たちの落ち度や不誠実は棚に上げて一切認めることなく、相手を罵倒したり、批判することにだけ政治のベクトルを集中させる。強い者には媚びへつらい、弱いと見た相手には何の良心の呵責もなく足蹴にする。韓国とはそういう国なのだ。相手を騙して、貶めることで自尊心が満たされるような精神性なので、外交を続けていても両国が互いに発展したり、信頼関係が高まっていくような関係性には絶対に成り得ない国である。日本はこれ以上、韓国と何を話し合い、何を構築していく必要性があるというのか。韓国の政治は、他国にこの上ない不信感と不快感を与えるだけでなく、自国の国民に対しても不幸をしかもたらさない性質のものである。まさにこの世の害悪のような嘘と虚栄に満ち溢れた政治であると言えよう。もちろん日本の政治が美しいとか、誠実で美徳であるなどとはとてもではないが言えるものではないが、韓国の政治の劣悪さ、程度の低さは限度を超えている。今こそ日本人は、いや日本人だけでなく日本に暮らすたくさんの在日の人々も含めて、韓国の日本に対する政治手法というものを客観的に冷静に見つめて批判の声を高めていくべきではないのか。日本には物事の筋道とは無関係に無暗に韓国に同調する大手マスコミの基調というものがある。これは日本の戦後体制の中で構築され、韓国政治の反日政治に組み込まれるように維持されてきたものだが、日本人は右翼であるとか左翼であるなどの区分とは無関係にまずこの構造を疑う知性と精神を獲得しなければならない。その知性と精神が日本人になければ、結局のところは日本の政治も韓国の政治と五十歩百歩になってしまって、道理とは無縁の声の大きさだけに飲み込まれざるを得ない境遇を自ら作り出していると言えるのではなかろうか。韓国という国家の救いようのない性質の悪さは日本の問題でもあるのだ。
お笑いタレントの処罰と日本の未来
嘘は確かに良くはないが、嘘をついたことがない人間など一人もいない。いわゆる闇営業、反社との交流問題で記者会見をしたタレントの宮迫と田村亮の姿を見た率直な感想である。しかし私は今は日韓紛争のことについて気持ちのスイッチが入ってしまっているので、正直なところ、どうでもよいといえば何であるが、客観的に判断すればやはりアメリカの大統領まで仲介に担ぎ出そうとする韓国の悪あがきにいかに日本が冷静かつ適切に対処するかということの方が数百倍以上の重要度があると言えるのではなかろうか。そういう前提で記者会見について簡単に私見を述べるのであれば、宮迫と田村亮は覚悟を持って、真摯に謝罪をしながら、正直に事実だけを述べようとしていた気持ちは伝わってきた。嘘をついたことを何よりも反省し、話す内容を事実のみに限定して、憶測で説明することをはっきりと拒否していた姿勢も好感が持てるものであった。
その上でケチをつける訳ではないが、感じたことをいくつか述べることにする。私は中盤から記者会見の動画をパソコンで見て、全てを見てはいないので、誤りがあればご容赦いただきたいが、私が見ていた範囲では、たくさんのメディアがその場にいたようであるが、質疑応答の場面で、当然と言えば当然のことなのかも知れないが、肝心の雑誌フライデーの記者は出てこなかった。大手新聞社の記者なども参加していて、正直なところ、暇人だなあ、他にする仕事はないのかなどと思いながら見ていたが、フライデー記者の参加は許されなかったのであろうか。その他数多のメディアの質問よりもフライデーとの対決の方がより真相がはっきりしたのではなかったのか。
それから宮迫と田村亮は正直に語っていたように見受けられたが、二人が把握していないこともあることが明らかになっていた。たとえば詐欺グループとの忘年会の場に芸人以外の吉本の社員も何人か参加していて、チェックをするはずの吉本の社員さえ反社であることがわからなかったのだから、タレントがわからなくても云々という指摘がどこかのメディアからあったことに対して、宮迫だったか確か亮の方だったと思うが、その辺の全体の構図は入江が把握しているであろうが、二人にはわからないということであった。要するに何が言いたいかと言えば、今回の宮迫と亮の記者会見は確かに二人にとっては今後の再起のためにも重要なある種の儀式で、私もまあ頑張ってほしいとは思うが、入江の記者会見が開かれなければ全体像が見えてこないものである。果たして本当に入江は相手が特殊詐欺のグループであることを知らなかったのであろうか。仮に入江が知っていたのだとすれば、入江だけが知っていて他の参加タレントが知らないという状況が有り得るのであろうか。そういうことは入江の口から説明されなければ、いや入江を追求しなければわからないことである。この期に及んでそうしろと個人的には言わないが。まあともかくもお笑いタレントの謝罪や処罰にこれほどまでに国民やメディアの注目を集める日本という国はそれ自体に問題を孕んでいるような気もする。日本にはより重大で深刻な問題が山積しているのである。国民全体がお笑い番組を見ながら目を逸らし続けていても、永久に解決しないような問題がである。