龍のひげのブログ -68ページ目

闇営業の実態は解明されていない

舛添さんもたまにはいいことを言うな。確かに吉本興業の社長を吊し上げる報道は、ナチズムへの入り口だ。とは言っても、今に始まったことでも、この問題に限ったことでもないが。しかし、舛添氏の言う通りであるが、吉本興業の社長は資質的に問題があることは事実であるようだ。何よりも宮迫と田村亮の契約解除を撤回して、自身の給与を1年間50%減俸することを発表したが、それでは単に吉本興業という企業の内輪の問題収拾で、社会全体に対して何一つとして解明されたことにはなっていないし、何のけじめにもなっていないではないか。宮迫と亮に世間の同情が集まり過ぎたゆえに、経営者としての役割を投げ出すように自己保身に走った結果、何の意味もない記者会見になってしまったのであろう。あの記者会見の様子では、記者会見から逃げ続けてきた理由もわかろうというものだ。社長としての自覚が少しでもあるのであれば、今、求められていることは、自身の口から吉本興業の一体、何に問題があって、それをどのように改革に導いていくかをわかりやすく説明することではないのか。或いは今の吉本興業に問題も改革の必要性もないというのであれば、そうはっきりと断言すべきである。パワハラや恫喝についてばかりを追求する記者の質問もどうかとは思うが、吉本興業の経営者としての責任感、使命感があるのであればタレントと同じように泣いている場合ではないであろう。社長も国民からの同情を欲しているかの、くだらないコントを見せられているような思いであった。

それから宮迫と亮の記者会見での発言を見ている限り、嘘をついているようには思えないし、また実際に嘘はついていないのであろう。しかしそれで実態の全容が解明されたわけではないし、また吉本興業が抱えているであろう闇の深さも見えてはこない。そのような企業が政治とのつながりもあるということが不気味である。フライデーの記事がいい加減なことを書いていたのでなければ、宮迫らが忘年会に参加した特殊詐欺グループは、僅か数年間で100億円近い金を稼いでいたようである。一口で100億円といっても、これは途轍もない金額である。宮迫や亮は知らなかったということであるが、一般的にはヤクザなどの反社が俳優やタレントなどの有名人と交流する場合は、自分たちがどのような人間であるかを相手側に分かってもらった上で関係性を持とうとするものであろう。たとえばヤクザの組長が親族の結婚式にタレントを招待したり、一緒にゴルフをしたりする時に自分がヤクザであることを隠したり偽っても何の意味もないものである。反社の人間は、自分が反社であることを知らせた上で有名人と対等に交際することがステイタスであり、社会性の獲得を意味することになるのであろうと考えられる。私は当初は、今回問題になった特殊詐欺グループもそれと同じ構図である可能性が高いと考えていたし、今もその疑惑が解消している訳ではない。犯罪で得た金であっても100億円となれば、これはまぎれもなく社会的なパワーを意味するものである。それだけのパワーを得れば、その組織の統率者や幹部連中は、電話で年寄りから金をだまし取るだけの日陰者の犯罪者として隠れていることは出来なくなってくるのではなかろうか。有名人と交際することで、ある種の社会性を追求しようとすることであろう。そしてそれが警戒心の緩みとなって問題の忘年会から1年も経たずに警察に捕まることとなったのであろうという推測が私の中では今でも最も筋道が通っているものである。もちろん詐欺グループがエステ会社とか何とか正体を偽って1回だけの忘年会に計300万円のギャラをタレントに支払ったというパターンも否定はできないが、私は特殊詐欺の犯罪グループが自分たちの正体を明かした上で吉本興業のタレントと親密な関係性を構築しようと考えたということの方が有り得そうに感じるものである。もちろん私の勝手な憶測なので実際のところはわからないし、そういうことは警察でもなければ踏み込める領域でないのかも知れないが、見ていて激しく同情をかき立てられたり、真相を解明することよりも経営者をバッシングするだけの記者会見が、日本の公共的な報道空間を大きく占拠していることに疑問を感じざるを得ない。

 

韓国人は自国の在り様をよく考えるべきだ

国内で不買運動をするのであれば、日本の禁輸措置ではない、輸出管理の見直しで「特別扱い」を取り消されたこと程度のことで蜂の巣をつついたように大騒ぎをせずに、日本への依存構造から脱却して自助努力で苦境を克服する気概を持ったらどうなのか。日本製品の不買運動を行いながら、日本の韓国に対する輸出の特別扱いは継続しろとアメリカの大統領まで巻き込んで要求し続ける態度は、どう考えても理解不能な矛盾であるし、未来志向や互恵的な信頼関係の礎となる性質のものではあり得ない。「ユニクロ」のファーストリテイリングが韓国の不買運動を受けて、「短期的に影響が全くないとは言えないが、グループ全体の19年決算にかかる影響は大きくはない」と公表しただけのことで、韓国市場軽視として受け取られ、批判が拡がり謝罪に追い込まれていたようであるが、韓国という国家は本当にいつも自分たちで原因を作っておきながら、その影響力を適正に評価されると、その評価自体が気に入らないからまた過激な反発を見せて摩擦や紛争の材料となるものである。経済規模の違いもあるのであろうが、韓国はとてつもなく小さな容器に見栄や虚栄心、不寛容な攻撃性を目一杯に詰め込みながら破裂寸前の緊張状態の中で成り立っているように見える。それでいながら自国の根本的な自立を目指すことなく、常時、大国や他国に依存して生きていることに疑問を感じていない。韓国人は自国のそのような政治を変えていかなければならないという危機感を感じていないのであろうか。感じていないのであれば、一般的な日本人の本音とすれば、韓国は何を考えているのかわからない、騒いだり怒りを表明するだけのチンピラのような国家である。不当な輸出規制の強化だなどといつものように韓国政治は全身全霊で日本を攻撃するが、むしろ韓国は自国の根本的な成長戦略に転じていく上での良い機会ではないのか。日本は中国にレアアースを輸出禁止にされて深刻な危機に陥った時には、韓国のように国際世論やアメリカに救いを求めるようなみっともない真似はせずに自国の自助努力で粛々とその危機を乗り越えてきたものである。もっと言えば日本は敗戦直後の焼野原の状態から、他国の援助や支援を当てにすることなく自国の意志と努力のみで技術力と経済力を営々と構築してきたものである。それに比べて韓国は依存してばかりではないか。深々と依存しているにも関わらず、日本に対しては批判ばかりを続けて小瓶に詰め込まれたかのような、ちっぽけな政治と国民感情の見栄や愛国心を膨張させているだけではないか。そのような政治や報道の在り方に対して、韓国人は恥ずかしいとか情けないという気持ちにはならないのであろうか。恥ずかしい、情けないという感情の問題だけではなく、結局そのような政治体制は、韓国という国の脆弱性からの脱却を阻害し、韓国人を半永久的に不幸にする構造であると認識する知性を持ち得ないのであろうか。不変の国家行事のように日本を批判するばかりではなくて、自国の根本的な存立の在り様というものを韓国人全体に熟考していただきたいものだ。

 

日韓の決定的な差について

半導体材料3品目についての輸出管理の見直しやホワイト国待遇の除外を、韓国は徴用工判決への日本の「報復」と決めつけたいようであるが、その主張には無理がある。なぜなら徴用工判決の韓国側の手続きに対しては、河野外務大臣は何度も、日本の企業に実害が及ぶのであれば、国際司法裁判所(ICJ)への提訴も視野に入れて対抗措置に踏み切ることを明言しているではないか。そこから考えても分かる通り、日本政府の姿勢とすれば、徴用工の問題と輸出管理の見直しは、別の案件として分けて対処していることは明白である。徴用工の問題に対して、日本企業に実害が出れば対抗すると韓国に牽制しておきながら、実際には徴用工問題への報復として、輸出管理の見直しをするというような要因と対処を交錯させるようなわかり難いことをして日本側に一体、何のメリットがあるというのであろうか。日本の役所機構は、構造的にもまた手続き的にも、そのような感情的で入り組んだ形式を採用しないし、また採用できるようなシステムにもなっていない。日本の役所は、新しい政令を検討、採択する上で、政令ごとにその要因と対処を一つ一つ分離した上で、一対一の関係性の下で進めていくものである。非効率であるかも知れないが、法理的には理路整然としているものである。あれもこれもと一つの袋にごた混ぜにして、適当に、感情的に、報復的に次から次へと採択していくような行儀の悪いことは、日本のシステムや精神性には馴染まないことである。そういう政治、行政スタイルを取っているのは、日本ではなくて韓国の方ではないか。自国が一つ一つの外交政策について、特に日本に対しては、その正当性や道理を客観的、冷静に分析することを一切省略して、感情的に攻撃するようなことばかりをやり続けているので、その尺度や価値観で判断して、日本も韓国に同じようなことをしているように見えてしまうのであろう。日本の政治や行政は、良い意味でも悪い意味でも、韓国のように感情で動くようには出来てはいない。もちろん国民感情というものはある。しかし日本人の国民感情と、日本の政治や行政は「別物」である。ところが韓国人の国民感情、というよりも韓国の政治家やマスコミなど一部の支配者層の感情は、日本に対する対日政策とまったくイコールである。韓国の政治や報道は、感情論以外で作動する動力源を何一つとして持ち得ていない。それが日本と韓国の根本的な差である。韓国の政治や報道は、瞬間湯沸かし器のようなもので、民主主義の民度や政治の成熟度が低すぎるのである。だから韓国の尺度で日本を判断しても、子供じみた言い掛かりレベルのものにしかなり得ないのである。日本は徴用工の問題と、安全保障上の輸出管理は切り分けて対処している。但しその背景に両国の信頼関係が決定的に破綻しているということは揺るぎのない事実であるから、その点について安倍総理が指摘したからと言って、韓国政府が非難するような「矛盾」には相当しないものである。欧米のメディアが輸出管理の見直しを徴用工問題に対する報復として捉えているのであれば、欧米のメディアは日韓問題の真相を正しく理解できていないか、或いは韓国のロビーイング活動によってそのように信じ込まされているだけのことである。ともかくも欧米の政治やメディアの理解、解釈が世界的な基準になると見做してしまうことは、非常に卑屈で情けない態度であると同時に、日本の欧米諸国に対する広報活動の致命的な不足を意味するものであるから、その点については早急に対策が講じられるべきである。