龍のひげのブログ -59ページ目

GSOMIA破棄に見る韓国の愚かさ

GSOMIA破棄における韓国の真意とは何だろうか。答えは韓国の政治に真意というものはない。あるのは嘘と反日だけである。アメリカとの水面下における緊密な連携で理解を得ていたなどと平気で嘘をつく。さすがにアメリカに抗議されれば、嘘をつき続けることはできないので事実でなかったことは認める。しかし国際社会で嘘をつくことを何とも思っていない。韓国は、北朝鮮も同じであろうが、基本的に政治の信義を守ったり、誠実な対話姿勢によって国家間の建設的な信頼関係を構築していこうという考えがない。長期的な視点は皆無で、国家永続の時間軸から見ればほんの一瞬に過ぎないような、その時点の力関係しか捉えていない。だから嘘をついたり、相手国を騙したり、日韓基本条約のような重大な取り決めを反故にするようなことに対して、韓国の政治には、自省を促せたり、問題意識が生じる余地がない。真理や真実を追求しようという精神性もなくて、そこに働いている判断基準は、嘘が通用するかどうか、どのような強弁で相手に嘘を受け入れさせるかということだけである。日韓の歴史問題もそれと同じである。嘘が通用するので何十年でも、何百年でもその嘘を維持し続けて、日本の謝罪や補償を要求し続ける。韓国はそういう国なのだから、その体質は絶対に改まるものではあり得ないのだから、日本はそうであると見做して、国交を断絶するなり距離を取っていかなければならない。そういう意味ではGSOMIAの破棄も本来は、韓国ではなくて日本が通告すべきものであろう。しかし日本は、日米同盟の重要性とアメリカのアジア戦略に配慮してそのような決定をすることはできない。韓国のホワイト国除外はアメリカの承認を得ていたであろうが、GSOMIA継続はアメリカにとっては絶対的に必要なものであるので、その発想が日本には有り得ない。日本は安全保障体制においてはアメリカと足並みを揃えざるを得ないものである。本来は韓国も同様であるはずだが、韓国の政治にとっては日米間の軍事連携の重要性よりも、日本に対する体面や反日政治を守ろうとするベクトルの方が強く働くものである。そして日本の責任でこのような結果になったのだと、日本に対する批判をより一層に高めることで、アメリカの影響力をも反日に巻き込み、利用しようと画策する。結局、韓国という国家の本質とは何なのかと言えば、反日以外にないということだ。反日思想が国家の形態を具現化したものが韓国なのであって、そのイデオロギーを正当化するためには、相手を騙したり、真実を嘘で塗り固めたり、条約を反故にするような姿勢から離れることはできないものである。しかしそのような韓国の内在的な政治力学は、最終的には自分で自分の首を絞めているのとおなじであって、自壊、破滅に向かわざるを得ない性質のものである。全ては日本が悪いのだと繰り返し主張しながら、破滅へ突き進んでいく国家運動が韓国政治であると言える。そして日本の問題は、そのような自滅が宿命づけられた韓国政治を朝日新聞のような左派言論や一部の政治が、これまでその政治体制を維持、強化させるように親韓、媚韓という文脈の中で何十年にも亘って支持し続けてきたことである。韓国の嘘を、嘘とは認めさせないで、原因は日本にあるのだと信じ込ませようと韓国と共闘してきたものである。そのような日本の言論、政治は、単に韓国の一部の支配者を応援してきただけで、韓国という国や国民の利益になるものではないことを理解できていないのだ。戦前に韓国の近代化の基礎を日本が作り上げただけでなく、戦後の韓国政治の愚かさは日本の左派言論がもたらしたものと言えるであろう。

 

N国党立花氏の資質について

N国党の立花氏も関心を持って最近、ユーチューブを見ることを再開させたものだが、ちょっと能力の限界が見え始めてきたような気がする。久しぶりに週刊文春をコンビニで買って立花氏への批判記事を読んだが、その内容はともかくも書かれたことに対する立花氏の反応が、どうも政治家として或いは人間として思慮に欠けるというのか、今後の政治活動が危ぶまれるような気がしてならない。週刊文春を名誉棄損で訴えるというのはよいであろう。ユーチューブで弁護士を募集するやり方も突飛な感じは受けるが、斬新でわかりやすくて合理的なのかも知れない。そこまでは良い。しかし最初に着手金30万円で世間一般的な相場か、それよりも多少低い金額を提示しながら募集しておいて、その直後の動画で何を思ったのか、元大阪市長、維新の会の代表者の橋下徹氏を指名して着手金1000万円を提示し、平身低頭で政治家として尊敬している、崇拝しているなどの単なるおべんちゃらなのか、本気でそう思っているのかわからないが、最大限に持ち上げながら代理人受任をお願いしている姿には呆れてしまった。1000万円では橋下さんには少ないかも知れないがというような立花氏の発言には思わず、笑ってしまったほどである。他の一般的な弁護士が30万円で橋下氏が1000万円というのではあまりにも差が大き過ぎるであろう。私は個人的には、以前から橋下氏は政治には向いていないが、弁護士としては優秀なのかも知れないとは思っていた。地方政治はともかくも国会議員として頭角を現す能力はないと考えているので政治家復帰はしないほうがよいとは思うが、弁護士として能力が高いにしても日本で着手金が30万円と1000万円の差は有り得ない。何で立花氏はそのような露骨な差をつけてもまで、米つき飛蝗のように橋下氏にお願いするのであろうか。尊敬、崇拝するのは立花氏の勝手であるが、普通に考えれば橋下氏とタッグを組むことの話題性、注目度の高さを当て込んで、1000万円位であれば動画の視聴回数の増加分ですぐに回収できるであろうと計算したのであろうと想像される。最初に着手金30万円で弁護士を募集した直後に、橋下氏に受任してもらえれば1000万円でも元を取れることが頭に閃いて、そのまま依頼の動画を配信したのだと思われる。正直でわかりやすいのは良いのであるが、そのやり方がちょっとあざと過ぎるものである。今の時点で視聴者や支持者に考えていることを見透かされているようでは、マスコミの潰し工作とは無関係に政治家としての将来性はないぞと忠告したい。特に参議院は良識の府であろう。情報公開の姿勢は評価できるが、あまりに見世物的になるようなことは自重した方がよい。動画の再生回数は増えるかも知れないが、そういうことを期待するような人間しか見なくなるし、いずれは国民全体にもそのような見世物的な政治家としてレッテルを貼られることとなるであろう。あまりにあざといやり方はリスクも大きいものである。それに橋下氏は恐らくは受任しないであろう。橋下氏は立花氏の敵である既得権益側の人間である。1000万円も出せば引き受けてくれる可能性も0ではないであろうが、それにしても弁護と依頼人のビジネスライクな関係性であって、立花氏の政治活動や考え方に共鳴したり、心を通じ合わせることはおそらくはないであろう。だからそのような弁護活動を橋下氏は、まだ精神構造的には政治家なので受けないと思われる。そしてそれらのことが見えていない立花氏に失望ではないが、政治家としての限界のようなものを私は見てしまうものである。

 

生野区と在日行政の関連性について

煽り運転で逮捕された男女二人についてであるが、どうして「生野警察署」に連行されることを声を上げて何度も要求したのであろうか。大阪に住んでいる人間であれば周知のことであるが、生野区は在日の比率が高い地域である。男の宮崎姓はそうでもないが、女の喜本(キモト)という姓は、断定は出来ないが、日本の通名である可能性が大きいと思われる。私は在日の人々に対して、偏見の意識はないし、犯罪傾向が高いとも思っていないが、行政の在日の人々に対する取り締まりや処遇に、日本人との差や歪みがあってもおかしくはないと考えている。行政が在日の人々を差別するということではなくて、反差別意識からの反動か何かわからないが、在日の人々に対する優遇や寛容性というものがあるのではないかということである。そうでなければ宮崎と喜本両容疑者が、あれほどまでに生野警察署に固執する理由がないであろう。いやな思い出があるから東住吉署は絶対にいやだと言うだけならその気持ちはわからないでもないが、まるで観光客が旅行会社にお気に入りの宿泊ホテルをここでなければいやだと指定するように、生野警察署を要求するということはそうとしか考えられないではないか。そうであれば、これは法の下の平等性に抵触することであり、また犯罪者が個々の警察署の取り扱いの差を認識しているという事態は、その地域における犯罪抑制の妨げになっている重大な背景であることは明らかであるから非常に由々しき問題であるのではなかろうか。

私がそのように感じた理由は今回のあおり運転容疑者、逮捕時の騒動だけではない。大阪市生野区には、ロート製薬の本社がある。2012年に右派系市民団体の4人がロート製薬に対して、海外で竹島領有権のアピール活動をしていた韓国の女優、キム・テヒをCMに起用していたことに抗議活動を行ったところ、その後、強要罪として逮捕されたものである。当時、私は抗議時の様子をネット配信されていた動画で見たが、暴力行為があったわけではないし、多少、言葉が荒いところはあったが、抗議活動をしているのだから言葉遣いが上品でないことは当然であって、強要罪が成立するのかどうか疑問であり不当逮捕のように感じられたものであった。これは思想の右、左の問題ではなくて純粋に日本の法律や行政、司法が公平、中立に運営されているのかということである。被害者であっても容疑者としても、大阪の生野区という地域が在日に寛大な処置が施されることが期待されるという状況があるのであれば、これは単に一地域だけでなく、日本全体の大問題である。