魚を生かして帰ってくるには、水替えができれば良い。幸い当時どの駅のホームにも水撒き用の水道があった。
問題はこれが水道でカルキが入っているから、それではタナゴが死んでしまうことだった。
バケツを二つ持って行って、片方に水を入れてハイポで中和し、もう一つのバケツのタナゴを移す。
ついでにもう一つのバケツにも水を入れてハイポを入れる。
次の電車に乗って、しばらくしてタナゴがプカプカし始めたら、もう一つのバケツに移す。
そしてまたどこかの途中駅で下車して同じことを繰り返す。
こんなことも考えてみたが、めんどくさい上に時間がかかるのでできれば避けたかった。ともあれ最終手段はそれで、途中で水替えのために降りる駅など調べたりした。
熱帯魚屋のタナゴはみるみる数が少なくなった。
ミヤコタナゴはすぐに全ていなくなり、残ったバラタナゴも見るからに数を少なくして、小さいのがパラパラ泳ぐだけになった。
いつものようにふらりと熱帯魚屋に寄ると、店主の山本さんがいつも以上ににこやかに話しかけてきた。
「なあ、今度タナゴ獲りにいつ行くの?」
これに対して実はすでに行く日が決まっていたのに、「まだ決まっていない」と本当のことを言わなかった。
実はそこにはやや複雑な「事情」が起こっていた。
というのは、次にこのタナゴ獲りに登場するのがオグラくんである。
2年のクラスで一緒になったオグラくんは、筋肉隆々のバレー部のアタッカーだった。またエロ話が得意で、私が冗談を言うと、それを他の人に繰り返しやったりした。彼は夏の林間学校で、部屋中の男子生徒が見つめる中、懐中電灯を使ってオナニーのやり方を教えているところを、英語教師に見つかって、「何をやっとるんだオマエは!」と言われて、耳を掴まれて2段ベッドから引きずり下ろされて、下着姿のまま引っ張って行かれたが、教師の顔には微妙な笑みがあった。
同じ小学校出身のヤマギシからタナゴ獲りで儲かった話を聞いて、オグラは話しかけてきた。
「なあカッパ、今度はオレも加えろよ、そのタナゴ獲りに」
3人では分前が少なくなる。でもこのオグラは体格が大きく、なぜか断りにくいねちっこいところがあった。でもこの男と一緒なら車中エロ話で盛り上がって飽きないとも思われた。
話が決まると、このオグラは抜け目のないやつで、マンボウ熱帯魚屋が欲しがっているなら、他の熱帯魚屋も欲しがるはずと、予めわざわざ行ったこともない野方の熱帯魚屋へ行って、巧みに金銭交渉し、タナゴ1匹7円で話をつけてきた。
「タナゴほしいと言うから、1匹10円て言ったら、う〜んと言うので7円になったザンス」とのことだった。
これなら野方駅から歩いて行かれる。しかも1匹あたり2円アップだ。次からはここに売ろうと言うことになっていたのである。
ところがマンボウのおじさんはこう言ってきた。
「もしもう一度タナゴを獲ってきたら、お礼にこの60センチ水槽をキミにあげる。これまで使ってきたが、水漏れはない。もちろんタナゴもこれまで通りに買い取る」
よほどタナゴがほしいと見える。それもそのはず、タナゴなら、ヒーターも空気ポンプもいらない。水槽があるだけで簡単に飼える。熱帯魚客じゃないお客もこれを飼える。でもそのタナゴは東京の池にはいなくなった。
ともあれ、ついに夢にまでみた60センチ水槽が手に入るかもしれない。それは嬉しいこととしか言いようがない。そしてその次は、エンゼルフィッシュの番だ。そしてさらにそのあとは、その繁殖に大成功して見事「御大臣」というわけだった。
しかしオグラはすでに野方の熱帯魚屋と7円で話をつけている。
どうしようか?
これは、両方に半分ずつ下ろすと言うことで話は決まった。
オグラも反対しなかった。
でも、問題は魚を生かして持ち帰ることだった。
「でも死んじゃうのが多すぎるからなあ」
これに対して、マンボウの店主は、意外なことを言った。