オバマ政権の意志
3:11の福島大事故から
1年が経過した今、
原発を再稼動するとかしないとか、
メディアは騒いでいる。
大飯3、4号機の再稼働問題に
躍起になっている人たちは、
5月に日本の原発がすべて停止して
このまま全く再稼働しないでも、
今夏の電力ピークを乗り越えられることが
露呈するのを危惧しているのだろう。
先週、
ワシントンで勤務する日本人の友人と
久しぶりに話した。
さまざまな懐かしい話をした後に、
「オバマ政権は国内の軍産複合体を
弱体化する意志が思いのほか強い。
したがって、軍産複合体が推進したい
日本の原発再稼動には反対の立場を
鮮明にしている」
という話をされて、耳に残った。
また、日本の政権中枢にいる反対勢力は
地元の反対を触発したりして、
迷走を演じているようにも見える。
再稼働は至難の業だろう。
評論家には独立してもらおう
「日本企業の経営者は、現場重視で
従業員とともにある。
この姿勢は諸外国にはないもので、
これまで敬意を抱いてきた。
しかし、最近は経営評論家のような経営者が
増加しているように思える」
と、何人もの外国の経営者から指摘されてきた。
そういう傾向はたしかにあると、ぼくも思う。
ところで、
季節は春になり都心で新入社員を多く見受ける。
その企業のビジョンやゴール設定に共感して、
入社を決めた人も少ないないのだろう。
ただ、そういう人は、
新人研修後に現場に配置されたときに、
その企業が掲げているビジョンと自分の実務が
かけ離れていることに幻滅して、
やる気を喪失してしまうことがあるかもしれない。
一方、
どんな仕事にも現場にはリアリティがあり、
そこで気づきが生まれ、大きな学習を得たあとに、
やりがいが見出されていくもの事実だ。
たとえ評論家のような言動をする同僚・上司と
遭遇したとしても、
ただ当事者意識に基づいて行動してほしい。
そして将来には、
自分たちが現場意識にも基づいたビジョンを掲げ、
そのビジョンを社内に浸透させればよい。
社内評論家には社外で評論家として
独立してもらおう。
熱烈な真理の憧憬者
先週は、卒業式のピークであった。
ぼくには、
その人の人生の節目に、内村鑑三氏のことばを
贈りたくなる性分がある。
そのことばは、
「後世への最大遺物」という著作
(1894年箱根における講演録)から引用したくなる。
この講演は彼が33歳のときに行っている。
その講演は心を揺さぶる。
現代日本に置きかえると、60歳以上で深い知性と
人生哲学がある方の
講演としか思えない内容だからだ。
彼は、
「後世への貴重な遺物」として、財産、事業、
思想(書物や教育)を挙げているが、
これらは「最大遺物」とはいえない、という。
「最大遺物」は、誰にでも遺すことができる、
利益だけあって害のない遺物でないと
いけないと、彼はいう。
そして、
それは、「勇ましい高尚なる生涯」だと、
33歳にして言い切る。
その後、
彼自身が「勇ましい高尚なる生涯」を、
山あり谷ありの中、実際に体現して、
69歳で生涯を閉じたのだった。
その2年後に、
彼の長男が記した「父・鑑三の性格」には、
「父は熱烈な真理の憧憬者であった」と
記されている。
急がば回れ
日本政府は消費税を増税したい
としている。
社会保障費が不足するため、
徴収した消費税を充てるという。
そんなにうまくいくものかと、
少し考えてみた。
企業が増収するためには、
売上げを増やす必要がある。
政府が増収するためには、
その税源となっているGDP(国内総生産)を
拡大させることが必要となる。
デフレ下(GDPが縮小している状況)
において、国民全体に課税する消費税を
増税すると、
GDP(国内総生産)が一層縮小して、
本末転倒になりかねない。
したがって、デフレ下で政府が増収を
目的とするならば、
GDP(国内総生産)を拡大するための
いくつかの政策(例:数百兆円の預貯金を
消費に向けるなど)
を即行するのが
「急がば回れ」ではないかと考える。
復興特区の考え方
阪神・淡路大震災(1995年)の後に
復興対策として浮かんだアイディアを
先週思い出した。
消費税を被災エリア・期間限定で
無税にしてはどうか(免税特区)。
復興資金が仮に15兆円必要ならば、
減税規模が累計で15兆円に至るまで、
無税を続ける。
そうすれば、日本中の法人・個人
の購買ラッシュが
そのエリアに向かうので、特需が生まれる。
無税期間は予想より短期間で終了するだろう。
これが実現すれば、
国民主導の自律的な復興の助けに
なると思う。
登山家はなぜ雪山に登るのか
前号には、数多くのご感想をいただきまして、
ありがとうございました。
継続する励みになりました。
反響に応え、辰野社長への
インタビューの抜粋を
引き続き紹介します。
板庇:
【普通の人は、正月に暖かい部屋の中で
みかんを食べている。
テレビをつけてみると、零下何十度の
吹雪の雪山で登山をしている人が映っている。
普通の人は、「なんでこの人たちは正月に
雪山に登っているのだろう。」
理由が分からない...】
モンベル辰野社長(登山家):
【登山家はどうして正月に雪山に登るのか...
なぜこんなにしんどいことを、自らの意志で
やらなければならないのか。
自分でも不思議に思えます。
よく考えてみても、明確な理由が見当たりません。
冬の寒風吹きすさぶ、長野県の松本駅に
降り立ったとき、
「また、来てしまった」と、後悔するのが常なのです。
ぼく以外の登山家でも、みなそうだと思います。】
【たぶん、他人がやらないから、自分がやる、
人がやらないことを自分がやることが
意義あることだと思っている節があるからでしょう。
そういう人間を神様は一定数、この世に
振りまいたように思います。】
【アメリカ人のある学者がぼくに言ったのは、
そういう人間はせいぜい0.3~0.5%くらいだと。
非常にわずかな確率の人が、他人がやらないことを
命をかけてでもやりたい、
やったらいいという価値観をもっているようです。
そういう人たちが、あらゆる分野にいて、
たとえば華岡青洲やジェンナーが自分の家族などを
モルモットにしてまで、
麻酔薬や種痘の効果を発見するために
がんばったわけです。】
知恵、経験、優しさ
先週は旧友に再会し、
懐かしく、楽しいときを過ごした。
その直後、約10年前の9:11テロの
直後に、
「起業家マインドの秘密」という著作を
世に出したことを、なぜか思い出した。
その冒頭で、
「現時点で、報道は米国の同時多発テロ
事件一色になっています。
さまざまな事象に心揺らすのではなく、
個々人が静かな自問自答を極めることが、
この混迷の社会を生き抜くための
最高の術だと信じて疑いません。」
と、ぼくは書いた。
また、その最終章では、
モンベルの辰野社長へのインタビューを
掲載させていただいた。
そこで、お金儲けを事業目標とすることへ
のお考えを伺った。
「しょせん、金儲けは金儲けです。
あまり大切なことではないと思います。
チベットや辺境の地を訪ねれば、人間が
生きていく上で一番大切なことは、
生きていくことであり、他に何も
大切なことはないと悟れます。
チベットの山奥に入っていって、
人々の生活を見ていると、
知恵、経験、優しさぐらいが人間に
必要なものだとぼくは思いました。」
と、話になった。
モンベル製品が知恵、経験、優しさに
あふれていることに
あらためて感動を覚えずにはいられない。
人生における満足感
先週、「自由からの逃走」(エーリッヒ・フロム
ドイツ生まれの社会心理学者)
に、久しぶりに手にした。
「近代ヨーロッパで発生した資本主義社会は、
一方では、社会的・経済的自由空間と自由な
個人を創出しつつ、
しかし同時に、その自由を恐れ、束縛を欲する
性格特性を深く内面化した
人間類型をも生み出した」
と、ある。
上記の
「近代ヨーロッパ」を「現在の日本」に
独自に置き換えてみる。
「戦後、お金で大部分の問題は解決できるという
ある種の自由社会が生まれ、
その自由と引き換えに、人々の人生は
経済最優先になった。
しかし同時に、そのシステム自体に虚無感を抱き、
拒否する大人が今増えてきている」
という感じか。
職業上、どこまで自由度を高めることができたか
(同時に責任が伴うが...)が、
個人の人生における満足感に大きな影響を
与える、そんな「成熟社会」を
日本は迎えているのだと
あらためて感じた。
「やりたいこと」を どうやって見つけるか?
当初のDIARYでは、
「EDUCATION」=「潜在能力を引き出すこと」≠「教育」で、
「教育」=「TRAINING」=「訓練」
と、記していました。
「教育」とは、明治初期に森有礼(初代文部大臣)
や福沢諭吉ら西洋通が英語の「EDUCATION」を
訳した日本語です。
この訳語が不適当だったと思います。
「EDUCATION」の原語(ラテン語)は「EDUCE」で、
「潜在する能力を引き出す」というのが原意だからです。
つまり、「EDUCATION」を「教育」ではなく
「(潜在)能力開発」と訳すべきでした。
たとえば、「教育者(親も含む)」は
「教え育てる人」というよりは「能力を
引き出す人」と認識されたほうが
社会的価値がより多く生み出されたと思いますし、
現代の日本人は、
「何かを教育してくれる人」より、
「自分の潜在能力を引き出してくれる人」
に期待しているという実情もあります。
そうは言っても、残念ながら、後者に出会う
機会はそうありません。
そのせいもあり、
【自分が本当に「やりたいこと」を、
どうやって「自力」で見つけ出すか?】
という問題に直面している人が多くいます。
見つけ出すためには、
考えたり読書するだけではなく、
さまざまなことに実際に挑戦してみる必要があります。
なぜなら、
「やりがいがあること」に遭遇したとき、
そのことが「やりたいこと」になるからです。
ユーロの行方
ギリシャは2009年に「事実上」
破綻している。
来る2月5日までに
145億ユーロ(約1.4兆円)の
資金調達ができないと、
国債償還(3月20日)ができなくなり、
「実際に」破綻する。
このため、先日からギリシャは
IMFと融資交渉をしているが、
米国がIMF理事会で拒否権を行使する模様。
また、ECB内では、財政緊縮の約束を
守らなかったギリシャへの再融資に
ドイツが反対。
EFSFも自らの債券が格下げされたため
自らの資金調達が厳くなってきた。
したがって、ギリシャは破綻必至だが、
その後のユーロはどうなっていくのか。
ギリシャは破綻後もユーロ離脱は
しないだろうから、南欧諸国発のユーロ危機は
ただ継続する。
では、欧州金融危機が
(ハードランディングにしても)終結するとしたら、
▼「ドイツがユーロ加盟国17カ国の国家主権を
実質的に剥奪するのと引き換えに加盟国の債務を引き受ける」
か、
▼「ドイツがユーロから(単独ででも)離脱する」
かの、どちらが条件になりそうだ。