三つの難題
各国の政府が
共通して直面している難題は
大別すると3つある。
1)経済的な自立能力の喪失
2)情報技術の飛躍的普及
3)人口増加と高齢化を背景にした経済成長の鈍化
1)
今日の世界では自国単独ですべてを
決められる国は無くなった。
国内需要を満たすため、すべての国が
海外市場を必要としている。
たとえば、エネルギーの価格は地球規模の
需要と供給の関係で基本的には決まる。
あらゆるモノが国境を越えて大量に
流出入している。
一国だけではこの流通に対処できないので、
適度の多国間主義が不可欠になっている。
経済の相互依存は
グローバル化の影響で深化するばかりだ。
2)
情報技術の飛躍的普及も難題となっている。
独裁的な政府が容易には自国
民を支配できなくなってきた。
民主主義の成熟国でも何を読むか、何を見るか、
何を聞くか、誰と話すのかを
個々が自由に選択できるようになったため、
社会の総意の形成と統治が、
飛躍的に困難になっている。
3)
国民の要求を政府が満たすことができない。
その要求は政府の能力をはるかに
超えたレベルに達している。
発展途上国では常だったが、
今日では急成長していたり、
成熟している国でも同様に満たすことが
できなくなっている。
人口の急増や国民の高齢化を
背景にした経済成長の鈍化が世界中で
起きているためだ。
このため、世界中で政府に対して
不満を抱えている人々が増加し
続けている。
これらの現象は、政府の統治力を
低下させ、政治を大衆迎合主義に
陥らせ、排外主義、民族主義、
経済的保護主義を副産物として
生み出すことになるのではないか。
内なる時間 Ⅳ
このテーマには
おかげさまで人気がある。
読者の方から投稿があり、
また、ぼく自身も以前スリランカで
ある僧侶から伺ったことがあったのが、
時間は過去から未来へと流れている
のではなく、
未来から過去へと流れているとする考え方
(上座部の仏教哲学にある/聖書とは
反対の考え方)がある。
この考え方では、因果応報とは、
現在は過去の因果(産物)ではなく、
未来の因果(産物)だという考え方を採る。
この考え方からすると、未来が現在を決める。
現在は過去から独立しているので、
自分が思い描いた未来が現在を決めることになる。
人間の最大の自由は「思考すること」だと思う。
黙してさえいれば、何をどう思考しようが、
だれからの束縛も受けない。
100%自由なのだ。
ある高齢な方との出会いから、
「内なる時間の速度差」に興味を持って、
この第4回まで進めてきた。
「内なる時間」「心理的時間」が
速く経過することは、
すなわち、「外なる時間」「物理的時間」の
経過を遅く感じること。
この現象は、「(未知の)未来を楽しみに
生きている感覚」から生まれているのだと、
つくづく感じた。
内なる時間 Ⅲ
前号には多くのご感想や
「心理的な時間」に関する科学雑誌などの
資料をいただき、
このDIARYを継続する励みになりました。
ありがとうございました!
「内なる時間」に関してはさまざまな
研究結果がすでにあったのです
(この事実はぼく個人にとっても発見でした)。
下記のような人は時間経過を遅く感じる
(反対の人は速く感じる)可能性が
高いことがわかっています。
1)時間への注意が頻繁な人:
(例)頻繁に時刻・カレンダーを確認する人
2)時間経過中に起こった出来事が多い
(と感じている)人:
(例)多種多様な出来事が起こった(と感じている)人
/日常生活に変化がある(と感じている)人
3)からだの機能(代謝など)のテンポが良い人:
(例)新陳代謝・エネルギー消費が高い人
/未知なことへの興味・関心が高い人/頻繁に思考する人)
「何もしない日曜日は早く終わる」
とか
「交通事故の瞬間は(コマ送りで)一秒を何十秒にも感じる」
などの体験談もいただきました。
新鮮な経験や未知の出来事に刺激されると
脳の働きは活発になり、それらを記憶することに
集中します。
脳の働きが活発になると時間経過を遅く
感じるということがわかりました。
【つまり、「内なる時間」の経過が速くなれば、
物理的時間(外なる時間)の経過を
相対的に遅く感じることになる。
この循環に入ると、「元気」や「若さ」を保つことが
できるということにもなりますね。】
というご感想もいただきました。
その通りなのです!
内なる時間 Ⅱ
その高齢の方は、アレクシス・カレル
(フランスの外科医、生物学者/1912年に
ノーベル生理学・医学賞を受賞)
が発見した「内なる時間」について
話してくださった。
時間には2種類あって、一つは「物理的時間」だ。
この時間は地球上のどこでも、同じ速度で流れている。
もう一つは「内なる時間」。
この時間をカレルは川の流れに例えた。
流れている川に沿って、
常に同じ速度で歩いている人間を
イメージしてみる。
早朝に起きて元気よく歩いているときは、
川の流れがとても遅く感じる。
夕方になって疲れてきた頃には、
同じ速度で歩いていても、川の流れが
速まっていると感じるという。
このように感覚する時間をカレルは
「内なる時間」と名付けた。
この話を伺って、長年、不思議だと
思い続けていたことが氷解した。
自問自答してみると、
ぼくの場合の速度とは
速く歩くというような物理的な速度とは違う。
「未来にこの世界はこう変化しているはずだ」
として、あれこれ思い描く習慣がぼくにはある。
この習慣が「早く時間が経ってほしい」
とか
「時間の流れが遅い」と感じさせたり
しているのだろう。
その未来を検証したいがために現在を
生きているという感覚がどこかにあるために、
「その未来の到来を待ち焦がれる気持ち」が
常在してしまっているとでも言おうか。
「もういくつ寝るとお正月♪....早く来い
来いお正月♪」
と、無意識に歌っているということなのだろう(笑)。
内なる時間
これまで同級生などから、
「この10年、20年あっという間だったね」とか、
「年を重ねると、年々時間が速く過ぎていくよね」
というような、「時間が過ぎるのは速い」という
実感を耳にしてきた。
ぼくは、本音ではその感覚にピンと
こなかったどころか、
「時間が経つのはむしろ遅い」と一貫して
感じてきたし、実は今でも変わらない。
そして、「この時間感覚は誰にも
理解されない感覚で、
自分はみんなと違って充実した人生を
歩んでいないとiいうことになるのだろう」と、
少し無理をしながらも
自分を納得させてきた。
先日、ある高齢の方に、
この感覚について恐る恐る告白してみた。
そうすると、その方は、「それは君が歩くのが
速いからだよ。心身ともに前向きだから遅く感じる
んだよ。
たとえば、この10年間を何年くらいに感じる?」と、
おっしゃった。
「この10年は20年くらい経ったように感じます。
だから、まだ10年しか経ってないのかと感じます。
実年齢を書く際にはいつも、まだこんなに若いのかと
感じてきました。」
「そうか。では、ぼくが間違っていた。
君は速く歩いていたのではなく、走っていたと
いうことになるな」
と、笑いながら、おっしゃった。
日本とベトナムの交流史Ⅱ
前号で触れた
スリランカへの高校交換留学(1984年~85年)について
ご質問をいただいた。
詳しくは、「スリランカ留学を想起する」(計31話)
http://ameblo.jp/v-express/entrylist-11.html
を
ご覧ください。
ベトナム人は親日的だ。
先月の出張を機に日本とベトナムの交流史を
調べてみた。
交流史の中でもっとも印象的だったのが、
松下光廣とクオン・デの交流だった。
松下は明治末期に、15歳で長崎・天草から
仏印(フランス領インドシナ)へ
出稼ぎ目的で渡り、
商社「大南公司」を設立し大成功を
治めた起業家。
当時の日本では、
飢饉が頻繁な地方の若者は、
男女問わず、身一つで海外へ出稼ぎに
出ることがあったという。
クオン・デはベトナム王朝の末裔で、
フランスからの祖国独立を目指していた。
その頃、日本が日露戦争に勝利したと
知り、日本へと脱出した。
そして、白人支配からの脱却への支援を
日本に求めてきたのだった。
むろん、クオン・デは日本人の
アジア主義者たちに受け入れられ、
物心両面で支援を受けた。
一方、ベトナム在住の松下はフランス人に
虐待されていたベトナム人に心底同情し、
日本にかくまわれていたクオン・デを始めと
した祖国独立を目指す革命家らに呼応し
てさまざまな活動をしていた。
また、松下はホー・チ・ミンとも
親しかった
仏文学者・小松清や作家・小牧近江とも
ベトナム独立の志を同じくして、
深い親交があったという。
松下は現地で商社機能を発揮して
ただ儲ければよいというだけではなく、
ベトナム独立のために物心両面で
尽くした偉人であった。
大いに刺激になった、日本とベトナムの交流史だった。
独立自尊 Ⅱ
先々週に、友人(海外在住者)と話した。
世界第2位の対外債権を持つ中国。
中国人民銀行は、先月14日(土)に「16日(月)から
人民元の対米ドル変動幅を1%に引き上げる」
と、突然発表した。国際通貨に向かう動きを
具体化してきている。
「中国の国内産業にはすでに国際競争力が
ついていて、
2015年までに人民元を国際化して上海国際市場に
外資を呼びこむ戦略という合わせ技があるので、
外資が大量に引き揚げても大きな問題は
世界No.1の債権国の安全通貨である日本円
とNo.2の国際通貨、中国元に対外資金が
集中投下されることが起こりうるともいう。
その際には、
対外債務大国の米国、英国、フランス、イタリアなどの
欧米諸国のファイナンスに
両通貨建てが採用されている可能性すらあるという。
通貨大国に躍り出た国家は例外なく潤う。
国際競争力はさらに上昇し、国内景気も
活性化して、
名実ともに「独立自尊」の国家へと
駆け上がるのは世界史が示すところ。
その際には、
国内政治が安定している状態、
つまり、挙国一致内閣が必要になるが。
日本とベトナムの友好
4月中旬にベトナム・ハノイに出張した。
1980年以来、
アセアン各国へは20回以上
訪れているが、
ベトナムには友人も仕事もなく、
今回が初めてだった。
一言でいえば、首都ハノイは25年前の
タイ・バンコクにそっくりだった。
その頃タイに高校交換留学していた、
現在ハノイ駐在している日本人の
感想も同じだった。
ちなみに、ぼくが高校交換留学した
1984年当時のスリランカの
首都コロンボは
昭和20年代後半の日本と
そっくりだったらしい。
通学に自転車を購入してもらったことが
自慢になる時代だったらしいが、
ハノイはもうこの段階はクリアーしている。
では、現地は日本のいつごろと似ているのか。
昭和30年代中頃に似ていると
当時東京在住だった方に伺った。
クルマは庶民にはまだ手が届かなかった
移動手段だった。
ハノイの大通りは、
30年前の台北や25年前のバンコクで
目の当たりにした光景と同様、
「バイク、バイク、バイク」だった。
独立自尊
先週は、海外在住者と話す機会があり
下記のような話になった。
「独立自尊」は、
(一万円札の肖像になっている)福沢諭吉の造語。
彼は自らの根本思想として、
一身の独立を論じ、一国の独立を
生涯を通じて念じた。
日本は1945年に敗戦し、
1971年に経常黒字を達成してから、
「独立自尊」で現在も経常黒字を続け、
世界最大の対外債権国(21年連続)となっている。
ドイツも1945年に敗戦し、
1985年のプラザ合意後、
米国から日本円と同様にドイツ・マルク高を
強要され、
国際競争力の低下を恐れて、
1999年に欧州共通通貨ユーロ体制を構築した。
日本は自助努力で自国通貨高を
克服したが、
ドイツは国際競争力に劣る
南欧諸国(の通貨)を巻き込んで
統一通貨ユーロを生み出し、
自国のユーロ圏内外に対しての
輸出を有利にもっていき、
経常黒字体質を続け、世界第3位の
対外債権を保持している。
問題解決の実権はどこにあるか
北朝鮮の衛星打ち上げは失敗した。
北朝鮮は今回の打ち上げについて
米国に通告したと、
昨年12月に報じらていた。
その後、今年2月に米朝交渉は
和解を見たが、
発射中止は条項に入っていなかった。
2ヵ月後の4月にもし発射されれば、
この和解が白紙に戻ると
予想できたはずなのに
不思議だ。
ただし、
オバマ政権は、議会のねじれに伴い、
その外交方針が交錯しているとみれば
この現象も理解できる。
これから
米国は合意した食料支援を
中止する可能性が高いが、
その代わりには中国から食料が
供給されるだろう。
イランやシリアの問題と同じく、
この問題解決の実権は
常任理事国のうち中国とロシアが
掌握しつつあると思われる。
日本や米国の報道よりも、
中国とロシアの問題へのスタンスを
知るほうが現象を理解することに
つながると思う。