世界から見た日本
前号には多くのご感想をいただきまして、
継続する励みになりました。
ありがとうございました!
そのうちの一つ、
世界中を取材・執筆をしながら訪ねている
日本人読者の方からのメッセージ
を以下に紹介します。
「これはあくまで僕の印象ですが、
世界を回っていて思うこと。
それは、(日本が)他国に従属する
とかしないとか、そういうこととは
まったく関係なく、日本の文化、
文明などを、どんな角度から見ても、
日本は、どんな国ともまったく違う、
自主独立の国家だということです。
日本は、本当にすごすぎると思います。
だから、他国は日本が怖いんだと思います。
TPPにしても、尖閣にしても、何にしても、
どんな形であれ日本をやっつけておかないと、
自分たちの弱さが露呈してしまう、
それが怖いんだと思う。
宗教にしたってそう。
一神教のそれらは、みんな中央集権と独占、
国民からの収奪のために作られた
いわば虚構のようなものであって、
日本のような道徳を重んじる国民の
精神性がものすごく怖いんだと思います。」
今年に入って奇しくも
ほぼ同様のメッセージが
外国人の友人2名から送信されてきて
いたことを思い出した。
日本国内ではめったに触れることのない、
このような本音のメッセージは貴重だと思う。
夢におぼれ~現実のみを追って
ある読者の方から、
「DIARYを継続していることへの褒美」として、
下記のことばをいただいた。
「夢におぼれて現実を見ないのは狂気だ。
現実のみを追って夢を持たないのも狂気だ。
だが、一番憎むべき狂気とは、
あるがままの人生に折り合いをつけてしまって、
あるべき姿のために闘わないことだ」
【ミュージカル 「ラ・マンチャの男」
~「ドン・キホーテ」が原作のセリフより】
たいへん共感した。
石原慎太郎氏が80歳にして
新たな挑戦を始めた。
彼はあるがままの人生に折り合いを
つけない選択をした。
彼が政治家になって以来一貫して追求している
「日本のあるべき姿」は、
他のどの国にも従属していない
自主・自立している姿だ。
日本の歴史上、
第二次大戦敗戦~現在に限っては
他国の軍隊が常駐する
国家になったので自立していない。
主人公ドン・キホーテは
年老いてからも夢、希望、正義を
胸に遍歴の旅を続けた。
闘う人物を嘲笑するのは
憎むべき狂気だと思う。
デモや労働争議はビジネスチャンス!
製造機械を輸出している友人と話をした。
日本の工場が
急速に機械化し始めたのは、
労働争議が頻発した後からだったという。
人件費の高騰が原因でもあったが、
デモや争議が同時多発すると、
人手よりロボットに製造を委ねようと
する動きが加速する。
デモや労働争議が絶えない
中国は今この状況にある。
先日、世界最大のEMS企業 フォックスコンが
今後3年間で1兆3000億円を投資して
ロボット100万台を導入する方針を発表した。
高性能の製造機械・ロボットは日本企業の
お家芸なので
ビジネスチャンスは拡大している。
ノーベル賞の季節
ノーベル賞が受賞される季節になった。
先日は
人材開発に従事している方と
エイブラハム・マズロー(米国の
人間性心理学者、1908~1970)
の「欲求の5段階」の話になった。
生理・生存欲求
→安全・安心欲求
→社会的欲求
→自己尊厳欲求
→自己実現欲求
この順に人の欲求は昇華されていくと
説明されることが多いが、
マズロー自身は、この階層は
必ずしも固定的ではなくいつでもどこでも
適用できるわけではないとも説明している。
たしかに大半の人々はこの順番通りに
経験していくが、
たとえば、創造性が強いタイプは自己実現欲求に
駆り立てられるため、
自己実現欲求をその他の低位の欲求に
優先させることは多々ある。
マズローは人間の可能性を阻害する
6つの要因についても言及している。
1)いたずらに安定を求める気持ち
3)つらいことを避けようとする姿勢
3)現状維持の気持ち
4)勇気の欠如
5)本能的欲求の抑制
6)成長意欲の欠如
自己実現欲求が強く、
これらの阻害要因を払拭できた人物が
ノーベル賞を受賞してきたのであろう。
学校の目的は大学教授を育成すること?
TED Conference(テド・カンファレンス)とは、
学術・エンターテイメント・デザインなど様々な分野の人物が
プレゼンテーションを行なうイベント。
楽しみにしていた、下記のプレゼンテーションを先日NHKで観た。
ケン・ロビンソン「学校教育は創造性を殺してしまっている」/2006年収録
http://www.ted.com/talks/lang/ja/ken_robinson_says_schools_kill_creativity.html
英国人らしいジョークを織り交ぜた語りは聴衆を魅了していた。
わが意を得たり!と感嘆した部分は、
「エイリアンがこの惑星の学校教育について
調査してどんな生徒が優秀とされているか_
その傾向を知ったら_学校の目的は大学教授を
育成することだと思うでしょう」
☆同感!
個々に潜在しているさまざまなな能力を
引き出すという役割が軽視されすぎている。
将来、大学教授を目指す割合は全体のごくわずかなのに....。
「ジョナス・ソーク (1914年-1995年/
米国のポリオ・ワクチンの開発者/
ポリオ・ワクチン開発に際して安全で
効果的なものをできるだけ早く開発することだけに集中し、
個人的な利益は一切求めなかったことで有名。)
いわく、
もし地球上の全昆虫がいなくなったら_
50年で全生物が絶滅する。
もし人類が消えたら、50年で他の全生物が繁栄する」
☆とくに先進国の賢明な人々は、
人類のエゴを源とする「地球環境を守ろう!」という
やみくもなスローガンの偽善性に気付いて辟易し始めている。
ブータンが世界一幸福な国だと先進国から
言われているが、
人々には「自分や人類を中心に世界を見ない。
自然を中心に世界を見る」
という仏教の価値観が根底に横たわっている。
よく遊べ、たくさん遊べ、仲間と遊べ
本日から下半期が始まった。
先週末には
「仕事とは何か」と考える機会があった。
「ウェザーニューズ」という会社がある。
今期の最高益企業リストで30位に輝いた会社だ。
同社の社是をご紹介したい。
「よく遊べ、たくさん遊べ、仲間と遊べ」
その例として
・人は遊ぶ時、とにかく楽しんでいる。
・人は遊ぶ時、自分の意思で遊ぶ。
・人は遊ぶ時、冒険心を持っている。
・人は遊ぶ時、失敗を恐れない。
・人は遊ぶ時、自分を磨くことを覚える。
・人は遊ぶ時、新たな発見をする。
・人は遊ぶ時、知れば知るほど、やればやるほど面白くなり、
上手くなればなるほど、さらに面白くなることを知る。
・人は良い仲間と遊ぶとき、より大きな楽しみをみいだす。
・人は良い仲間と遊ぶとき、今までにない自分をみいだす。
・人は良い仲間と遊ぶとき、自分をさらけだせる。
・人は良い仲間と遊ぶとき、仲間を思う心が芽生える。
・人はさらに多くの仲間と遊ぶとき、より大きな喜びをみいだす。
誰しもこんな経験があるだろう。
これらの「遊ぶ」を「仕事する」に置き換えて、
じっくりと味わってみたい。
近攻遠交
1969年、文化大革命の最中に、
毛沢東は国際情勢を大変厳しく捉えていた。
国境地帯でソ連と交戦する中、
「北と西からソ連、南からインド、
東から日本が団結して我が国を攻めてきたら、
どうするか?」と話したという。
世界大戦は避けられず、すぐそこまで
近づいているとして、
中国は臨戦態勢に入っていた。
そのとき、毛沢東は「近攻遠交」という言葉を思い出す。
「近攻遠交」とは「孫子の兵法」にある戦略で、
対立する隣国に対して優位に立つためには、
隣国の背後にある「遠くの国」との外交関係を
確立するということ(挟み撃ち戦略)。
このとき、
中国にとっての「遠くの国」は米国だとした。
その後、1972年にニクソン大統領が訪中して、
米中国交正常化が果たされた。
その後、40年が経ち、米中は戦略的互恵関係にあり、
日中間では尖閣問題が激化してきた。
この場合、
日本にとっての「遠くの国」とはインドやロシアではあるが。
米国は現時点で不介入を貫いているようにみえる。
今後、米国はこの問題にどう関与していくのか。
その戦略が帰趨を決めることになるのだろう。
転換期
先日は、先輩と議論をした。
「世界の価値観が大きく
揺らぎつつある」と、ぼく自身は
考えていたが、
その揺らぎを歴史的にとらえることが
できずにいた。
先輩の考えは明確だった。
この100年余り続いた、
1)市場経済システム
2)民主政
3)非宗教による統治システム
の転換期に今我々は直面していると。
1)が行き着いたのは「グローバリズム」
であり、 それへの反作用としてのブロック経済
国家主義、民族主義が世界各地で横行し始めている。
2)民主政の効力が、この日本に置いてすら
問題とされ始めている。
3)ロシア、米国、英国などでは、政治と宗教の
距離が急速に縮まってきている。
また、
個人が認める「価値」は、
市場や社会が提示する「価値」(マネーが典型)よりも、
個々の「関心事」へとパラダイムシフトしていると、
ある経営者が強調していた。
この転換期には多くの混乱が起こる。
暴風雨が本格化すると台風になる。
日本は
先進国の中でいち早く「内向き」になって久しいが、
他国の一般人も日本の後追いをする傾向が強まり、
起こっている諸問題から距離を置こうとするだろう。
ゴール型の特徴
スポーツの専門家と話す機会があった。
小・中・高校生の時期に集中して
取り組んだスポーツは、
その人が社会人になってから物事に
取り組む姿勢に影響を与えるという。
スポーツは
「ゴール型」、「ネット型」、「ベースボール型」
「採点・測定型」、「武道・対人的競技型」
に分けられるという。
同じスポーツとはいえ、
その競技を通して体得する
資質の特徴は異なる。
ぼく個人は、小・中・高とバスケットボールを
していたので、
とくに「ゴール型」の話に興味をもった。
日本における
「ゴール型」の代表格を競技人口順に
並べると、サッカー、バスケットボール、
ハンドボール、ラグビーとなる。
「ゴール型」は球技の中でも
相手選手と(ときには激しい)
身体接触が常態の中でチームプレーが行われる。
「ゴール型」を経験してきた社会人は、
ボールとゴールを見つけると
水を得た魚のようになり、
障害(身体接触?)をものともせずに、
チームプレーで取り組んでいく習慣が
ついている可能性が高い。
ただし、
「ボールとゴールとメンバー」がそろわないと
呆然としてしまう(笑)、
そんな特徴もあるように思う。
パズルの完成形
先週は小学6年生と遊んだ。
彼らは喜怒哀楽や好き嫌いを素直に表現するので、
ぼくも楽しくなる。
そして、
自分の小6のころを思い出した。
ぼくの担任は、
授業中に多くの質問をすると、
最後には「常識がないのか!!」と叫んで
ぼくを叱責したものだった。
ぼくが授業進行の常識(予定調和)を崩すのが
厄介だったのだろうと、今は思う。
その担任が指名して答えさせる生徒は、
ほぼ一定だった。
その生徒の一人だった、
自分からはまったく質問をしない、
正答率100%の優等生に「なぜ答えられるのか?」を尋ねてみたところ、
「毎回の授業内容は塾で教わったのと同じだから」
と答えた。
担任には、
毎回の授業をパズルに見立てて
それを時間内に完成させるために
一つ、一つのピースとして優等生たちを活用している、
そういう感覚があったと思う。
もはや、現代の小6にはその方法は通用しない。
彼らはすでにインターネットによってさまざまな情報を得ているし、
とくに池上彰さんが日本と世界の大人の実態(裏表)を
小学生向けにも明らかにしたりしているからだ。
そもそも完成形がないと、パズルは成り立たない。
彼らは、大人自身に完成形が欠乏していることを感じ取っている。
彼らは彼らの本能で、
その完成形が想定できなくても、
仲間と協力して「何か」を建てているように、ぼくには見えた。
うれしかった。