一体自分の子どもにどんな教育をしてるんだ?というフレーズ | 音楽見聞録

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この頃「一体自分の子どもにどんな教育をしているんだ?」という罵声に近いことばを耳にします。

・・・音楽ブログだし、あまりこういう話題には触れたくないのですが少しだけ。

こう言った声を上げる方は、例えば子どもは自分の教育方針通りに育つものと考えているのでしょうか?また、そうなっているのでしょうか。

もしそうならなかったら?どうしますか?
世の中に迷惑かけるくらいなら抹殺しろ、とでも?

いくら教え諭しても、こうなって欲しいという自分の信念どおりにならなかったとしたら、それも全て罵声を浴びるべき責任なのでしょうか。
成長過程で介在できる事には限度があります。出来る事は限られているし、多くの人は専門家ですらない。

せめて一定の範囲まで、と前置きしても、その一定の範囲は誰が判断し決めるのだろうか。

もし皆が胸をはれるようなら世の中は本当に多くの素晴らしい教育者の資質を持つ方ばかりだと言うことになります。ん~む。少なくとも私にはその資質は欠片もありませんな。

逆に思った通りに育つ子どもっているのでしょうか、という疑問もわきます。
黙って親の言うことに従う子は良い子ども・・・もちろんそんな単純なことではないですよね。
それに、「育てたように育つ」ってホントかな、とも思う。

私の子どもは、私とは全く異なる価値観を持ってます。
相容れない部分も本当に多くあります。というより結構根本的な部分で相容れないことばかりです。きっちり別の価値観を持った別の人格として存在しています。
まあ、自分自身を顧みても仮に親と同じ価値観持ってるね、なんて言われることを想像するとかなり抵抗を感じます。だったら子どもから見てもそうなんだろうな、と思う。

方針を持って教え諭す、というのはいかにも偉そうな言葉で嫌いなのですが、ある程度はそうしてきたつもりです。それでも教育方針通りになんてまるで育っていません。

方針があり、後は方法論さえしっかりすれば必ず達することが出来る事なのか?

人間として最低限守るべき部分って言うのも言葉で言うのは簡単だけど非常に難しいことです。恐らく誰に聞いても同じ答えを言う人は二人といないのではなかろうか。

「人に迷惑をかけない」とも良く言いますが、実際には人に迷惑をかけずに生きることはできませんしね。

少なくとも自分が向けようと思う方向には向きませんでした。
特に道徳的な点で。ん~ん。でも良く考えると道徳って何でしょうね・・・私は何を考えて育ててきたのかな、とあらためて自問するとますます混沌として分からなくなります。

だいたいが自分自身の価値観さえ今に至るまで色々と揺らぎ続けているようなバカな人間なので、ましてやその人間に他の人間の教育なんて正直無理ですよね。

結局のところ彼は彼という個性になりました。なるべくしてなった、という印象です。

親の責任、学校の責任、社会の責任、国の責任・・・転化してしまえば物事は簡単です。
誰かを悪者にして攻撃するのは刹那的な感情としてホント分かりやすいし楽ちんだから。

生きている以上、最後は自分で自分に責任を持つしかないのかなと思ってます。