この曲、なんとなく聴きやすくて聴いてしまう曲なのです。
(知ってる一番最近の曲じゃなかろうか? 笑)
良い曲だな、と直感的に感じるのですがその理由って何なのだろうか?と。
今回は曲の構造を少しだけ考えてみたいと思います。
この曲のコード進行は恐らく、
Dmaj7→Bm7→Em7→A7(sus4)
D→Bm→Em→Aという基本的なコード進行が出来、そこにメロディとテンションを加えて完成させた感じでしょうか。
基本的にこのコード進行がループするだけです。
Ⅰ→Ⅳ→Ⅱ→Ⅴ と循環するので、最後のⅤからまたⅠに意識が向く構造です。
曲の最後、フェイドアウトではなく、わざとⅤで曲を切ることで妙な浮遊感が残ったまま曲は終わります。
ここも計算されたものでしょう。
流石のヒットメーカーなので単調な展開ながら細部の作りこみは素晴らしいです。
ここで疑問になるのが、なぜヒトはⅤからⅠに行きたくなる感情にさせられるのか?という点です。(やっぱりさせられているのでしょうね)
構成音の中の一音がⅤ→Ⅰに戻るときに半音上がることで、なぜか人間の脳はこの半音上がる動きを強く「解決」に向かう!と感じる傾向にあるようです。
人間の脳は「予測して」→「確認する」という動きを繰り返しがちで、これらはもう無意識のうちに行われているようです。
つまりⅤのあとにⅠが来ることをまず脳が予測している。
Ⅰが来る期待感が上がる。そして予測が当たると「不確実性」が減ったことで脳は安心・安定・収束を感じる。
このように解放に向かうことで報酬系のドーパミンが働く=気持ち良くなる、という構図です。
また、最後のⅤ→Ⅰへの動きは予測通りの動きではありますが、直前のⅤが緊張をぐっと貯める役割も担っているようです。
予想が外れるとそこには緊張感と不安感が生まれる。
そして予測が外れることをより嗜好する脳の持ち主もいる。
予測を外されること自体が楽しくて気持ち良くなるという聴き方です。
経験への開放性(どれだけ新しいもの・未知のもの・複雑なものを受け入れて楽しめるかを表す性格の指標)が高い人ほど複雑で予想外の音や展開を好む傾向があるようです。
「解決しない」という感じそのものを楽しめる人、開放性が高い人ほど脳内では「未知のもの」を「危険なもの」ではなく「面白いもの」として処理する傾向があり、予想外の音を「不安」ではなく「刺激」として感じ、解決しない感じを「未完」ではなく「余韻」とさえ感じることになるようです。
但し、音楽的にそのような感じ方の聴き方こそが深いと言う話ではなく、あくまでも感じ方のスタイル差でしかないことです。
つまりどちらの聴き方の方が「上等」なのかという議論にはなりません。
敢えて音楽的に成熟している状態はどちらなのか、と問われればこの「両方」の価値を理解できる、受け入れられる状態と言えるかもしれません。
緊張を解消することで意味を作るパターンと、緊張を維持して外すことで意味を作るパターン。
調性の完成が絶対であるのか、流動性に重きを置くのか、完結であるのか、持続なのか、、まあ両方を楽しめた方がより柔軟性があり様々な音楽を楽しめるような気はします。
どちらかだけだと聴ける範囲が狭まりそうですしね。
しかし、どちらにせよ脳にコントロールされてるのですねー。
まあ耳で聴いているとは言え、最後は脳で処理されるものなので仕方ないです。なんだか「本能」と同様にあらかじめ埋め込まれているみたいでイヤな感じになりますが、これがヒトという生物の限界なのかもしれません。
あまりに予想どおりだと退屈になり、適度な外れは快ではあるけれど、崩しすぎると不快もしくは無意味になる、、、リスナーはこれらの間を揺蕩っている感じでしょうか。しかし、無意味を楽しめる人もいるんでしょうね。
そしてどのような予想をしがちなのかによって聴く音楽の傾向も異なるのかもしれませんね。
