Solitude Standing / Suzanne Vega | 音楽見聞録

音楽見聞録

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Solitude Standing/Suzanne Vega
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 このアルバム、とりあえず佳曲が多いです。NYっぽいおしゃれ感もあるし。アコースティック・ギターの使い方も効果的。日本のCMでも結構流れてましたね・・・

 外観的なスタイルだけでも十分に通用する音楽。ではあるけれど、私にとってはやはり収録曲の「Luka」にとどめをさす。私の中ではこの1曲でこのアルバムが忘れがたい名作となった。


 「Luka」ではその素晴らしい楽曲もクールネスを湛えたスザンヌの歌声も良い。けれど最高なのは現状を切り出したような歌詞です。


 児童虐待という社会問題に対峙し、自分の主義主張を交えずに淡々とした報告が行われる。下手に感情的な意見を吐露するよりよほど伝わるものが大きい。冷静に状況を語る事で状況の重さが余計に伝わってくる。もはや「告発」たり得ていると思います。

  初めてこの歌詞を読んだ時の衝撃は忘れられない。社会的問題を題材にした曲ではブームタウン・ラッツの「哀愁のマンディ(なんという邦題か!・・)」以来か。


 2階に住んでいる「ルカ」が彼女に淡々と身の上話しを語る。けれど肝心な部分は詳細を語らない・・・もしも夜中におかしな声が聞こえてもボクにそれが何かはきかないでね・・・切ないなあ。これが彼に話せるせいいっぱい。
 自分の身に起きている事を誰にもストレートには話す事のできないルカ。それは親を庇うためなのか恐れからなのかは分からない。でも、誰かに助けて欲しい思いとあきらめ半分の絶望が彼の中でせめぎあっている。

 話を聞いた彼女も何をどうすれば良いのかわからない閉塞した状況。


 一体問題の根本はどこにあるのか?誰がルカを救ってあげられるのか?何とかしたい、何かしなければならない。(してあげたい、ではなく。)という悲痛な思いが歌詞の行間から浮かび上がってくる重い告発の歌である。


 虐待問題は、社会の中に「通念」として存在している、親が子に施すいわゆる躾を含んだ教育とは根本的に異なる次元にあるもので非常に難しい問題です。


 虐待の裏にある根本的な原因を考えようとする時、実は視点が全く違うのではないかと思える事がある。


 例えば米国ではこの方面の研究はかなり進んでおり、既に30年ほども昔から児童虐待問題の根本原因ではないかとも考えられている「家族のあり方」と、かたやそれに対して準備され提供されるケアやサービスの類が実は全くかみ合っておらずミスマッチを起こしているのではないかという議論さえも行われている。
 つまり児童虐待の多くのケースで原因となる最大の要因が実は心の問題などではなくまずは物理的、経済的な生活環境にあるのではないかという考え方です。
 ネバダ大学ソーシャルワーク大学院のペルトン教授はこの考え方に基づき、問題を持つ人にカウンセラーとの会話を勧めたり、自助グループへの参加を勧めると言う家族単位・個人単位の働きかけをするより、失業対策や住宅問題への社会的対策を考え実施する方がよほど虐待防止に効果がある!という主張をしている。
 この教授は「米国では児童虐待やネグレクトが強く貧困や低収入に結びついているという事実を超えるような、児童虐待やネグレクトに関する事実はひとつもない」とまで言い切る。

 ここまで異なった角度からの深い議論が進められているにもかかわらず米国の児童虐待の現状はますます深刻になっているようである。


 スザンヌ・ベガはこの辺りの議論も承知の上で告発というより「社会に対して現実をそのままむき出しで見せる」という意味を込めてこの曲を書いたのだろうか?

 社会的責任を回避して原因を個人の責任や資質の問題に収束させようとする態度をとる限りこの問題はなくならない、という意思表明なのかもしれない。とにかく現状を知って欲しいという願い。


 日本でもこのところ「格差社会」が大きな問題になりつつあります。前述のペルトン教授の説が正しいと考えるなら、それにより今後、日本の児童虐待問題もますます深刻になって行くと考えると恐ろしい限り。


 元々、私は音楽を聴く際には「歌詞」は二の次なのだがこれはそれを無視できない数少ない歌の一つです。