昔、昔、私が、商学部経営学科というところの学生だった頃、
「経済学なんとか」という一般教養科目で、
「労働価値説」と「効用価値説」なんていう、ことを習ったことがあります。
僕が学生だった、まだバブルの香りが残っていた、あの頃は、
同時に、経済学では、「マル経」と「近経」なんていう言葉も残っていました。
今も、昔も、ヘリクツコキの僕は、
「 価値 」って、どこから来るの?
という、話は、とても面白く、学校を卒業してから15年以上経った今も、
印象に残っています。
「投下労働価値説」という言葉もありましたね。
商品の価値は、投下された労働の量によって決まる、だったかな?
でも、2000年代もフタケタに入った今、
その商品に、どれだけの労働が投下されていようと、
その量に関係なく、商品の価格は決まってしまいます。
でも、どんなに経済が発展しようと、
投下された労働量が、大切な場面もあります。
それは、愛情や気持ちが、関わる場面です。
お金を出して、即物的に買ってきたものと、
苦労して、汗をかいて、作ったものと、
どちらが価値があるでしょう?
「グローバル貨幣経済的に」ではなく、
「人の心情的に」です。
うつ病患者は、一見、何もできないので、
何も分かっていないように思えてしまいますが、
相手の心、気持ちに関しては、
とても、センサーが発達しています。
例えば、少し回復して、職場復帰にチャレンジするとき、
職場全体の雰囲気として、
その人の復帰を応援して、ウェルカムな感じなのと、
表面上は、職場復帰を受け入れる体を装うけれども、
実は、あまり歓迎していないような場合とでは、
職場復帰の成功確率が、段違いだと思うのです。
「 労をいとわず 」
という言葉もありますが、
多少効率が悪くても、自分自身の体を動かし、
時間をとって、相手のために、何かをしてあげる、ということは、
本当に大切なことです。
病院に行くときに、
「タクシー代と、ついてに食事でもしてきたら」と言って、5000円渡すのと、
仕事を午前中だけ休んで、自分で車を運転して、病院に付き添うのとでは、
うつ病患者は、どちらが嬉しいでしょうか?
もちろん、様々な状況がありますので、
金銭の力を使って、ショートカットすることで
ケアする体制を維持していくことも大切です。
時と場合に寄りますが、
今日、言いたかったのは、
「多少、効率が悪くても、わざわざあなた自身が体を動かす」
ということは、とても暖かい印象を、患者に与えるんですよ!ということです。
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ぜひ、お越し下さい。
http://ameblo.jp/utu-sapo/entry-11020176646.html