鴨崎暖炉さんの「密室黄金時代の殺人ー雪の館と六つのトリック」を読みました
殺人で起訴された被告人が「密室の不解証明は現場の不在証明と同等の価値がある」として刑事裁判で無罪になったことをきっかけに、密室殺人が流行している(法務省による公式の密室分類まで存在している)という設定の下で、かつて著名な推理作家の注文により建てられた雪白館を舞台に連続密室殺人が繰り広げられるという作品です
そんなに殺人ニーズがあったのならば、なぜこの世界でアリバイ殺人が流行していないのかは疑問ですが、それはさておき、密室についてはすでにアイデアが出尽くしているのではないかと思っていたところ、本作ではその可能性が徹底的に追求されています
唯一の部屋の鍵が蓋のついた瓶に入れられて密室内に転がっているとか、密室の死体の周りからドアにかけて完成したドミノ倒しが続いていて、犯行後にドアの開閉があり得なかった状況になっているとか、見せ方のバリエーションがすごい
きっと作者は寝ても覚めても密室のことを考えて過ごしていたんだろうなと思います
ただ、ここまでハウダニットに凝ってしまうと、フーダニットやホワイダニットはどうしても置いてきぼりになってしまいますね
誰が犯人で、動機が何であっても、かなりどうでもよくなってしまうので、小説としてのバランスが崩れてしまうところはあります
ただ、いわゆる「犯人当て」においてもしばしば似たような雰囲気になることとパラレルに考えれば、やむを得ないともいえるでしょう
むしろ、問題は、トリックが超絶すぎて「推理」のプロセスをたどることが不可能になってしまい、ど天才の探偵がノーモーションで「解説」する形になってしまっているところでしょうか
とはいえ、これも物理トリック系ではよくあることですし、本作ではノックスの十戒だけでなくモーゼの十戒まで取り入れるサービス精神も見事でしたので、十分満足しました
ところで、現実の世界において、密室が不解であることを理由に殺人が無罪となることはあり得るのでしょうか
まず、刑事訴訟法256条3項が、起訴状には日時・場所・方法をできる限り特定して記載しなければならないと定めていますので、犯行方法を極端に抽象化して「何らかの方法により死亡させて殺害したものである」という記載は許されません
しかし、密室殺人であっても死因はわかっていることが通常でしょうから、たとえば「被告人は、正当な理由がないのに、○年○月○日、東京都××区××被害者方に、不詳の方法で侵入した上、同日△時△分頃から同日△時△分頃までの間に、同所において、同人(当時□歳)に対し、殺意をもって、その腹部を包丁(刃体の長さ約☆センチメートル)で1回突き刺し、よって、同日◎時◎分頃、同所において、同人を腹部刺創による失血により死亡させて殺害した」という記載は許されます
したがって、ゴリゴリの密室殺人であっても、公判請求自体は可能になることが通常でしょう
そこで、問題は、被告人が犯行時刻以前に犯行現場にいたことがないはずなのに、犯行現場に被告人の指紋が残されていたり、血痕や体毛などから被告人のDNAが検出されたりしている状況がある上に、被告人にアリバイもなく、それにもかかわらず密室となっている理由が絶対にわからないというような場合において、裁判所が被告人の犯人性を肯定できるのかという点になります
犯行現場から誰も出ることができなかった以上は、「不詳の方法で侵入した」という認定もできなくなるのかどうかの問題です
デスノートを使うことが殺人罪の実行行為に該当するのか否かと同じように難しい問題ですが、犯行時刻において犯行現場に被告人がいたことが十分な証拠をもって説得的に説明されるのであれば、いくら「疑わしきは被告人の利益に」という原則があるとしても、無罪判決をとることは難しいのではないでしょうか
あくまでフィクションの世界での話として、そのまま受け取って楽しむのが一番ですけどね