…って、それほど難しいことはない!!って思いますよね(笑)。


それができたら、人間何の苦労もしません。


だから、これから心の中を少しずつお掃除していきましょう。


お掃除すれば、お部屋だってきれいになります。


心だって、きっと清らかになっていけるはずです。



しばらくは、瀬戸内寂聴さんのご著書をヒントに書かせて頂きます。


単刀直入に申しますと、お釈迦様は、「心を清らかにすれば煩悩をたち切れる」と悟られたそうです。


そして心を清らかにするというのは、何事にしても、心にわだかまりを持たないということなのだそうです。




…前回の記事の初めに触れた、「人はなぜ生きているのか」という問題についてですが、まずはそこから考え改める必要があると思います。


寂聴さんのお言葉を引用させて頂きますと…。




『何のために、この世に生まれたか。


それは、親が産んでくれたということです。


何か知らない宇宙の大きな生命が、あなたが世の中の役に立つと思って生んでくれているんですよ。


だから、自分はどんなに小さなことでもいい。


人の役に立つ人間にならなければいけないんですね。』




『あなたがいるために、周りのだれかが幸せになる。


あなたはそのために生きているのよ』




『私たちはみんな何かのおかげでもって、今幸せに生きていることに気付くでしょう。


感謝すれば、自分も何か人の役に立ちたいと思うでしょう。


そう思ったら、それが生き甲斐なんです。』




( 光文社 瀬戸内寂聴 『寂聴 あおぞら説法Ⅰ』 より )




これらのお言葉からもきっと分かって頂けるように、私達は、あまりにも自分自身に対して一途になりすぎているのではないでしょうか?


もちろん、自分を犠牲にしてでも人のために尽くすべきというのではありません。


仏教ではもちろん、寂聴さんも、まずは自分自身が幸せにならなければ、人を幸せにすることはできないとさえおっしゃっています。


そして、その自分自身の幸せとはいったい何であるかを、私達はもう一度考え改める必要があるのではないでしょうか。


誰かを幸せにすることが、自分の心からの幸せだと思えるように…。


次の記事からは、そんな「清らかな心」への階段を、少しずつでも上がっていきたいと思います。

私達を苦しめている「煩悩」を断ち切ることは、私達が人間である以上、無理なことかもしれません。


なぜなら、煩悩があるからこそ、私達は完璧ではない、不出来な生き物だと言えるからです。


煩悩を完全に断ち切ることができるなら、それはもう仏様の領域なのです。




しかし、そんな私達でも、少しでも仏様のような人に近づこうと努力することはできるのではないでしょうか?


煩悩を無くすということは、「うつ」に直接働きかける効果もきっとあると、私は信じています。


「煩悩」という言葉に触れた以上、今の私にとって、教科書のような存在である瀬戸内寂聴さんの本のお言葉を、またいくつか引用させて頂きたいと思います。




…まずは、煩悩の原因となる、人間の欲についてです。




『みんな、自分の持っていないものに憧れ、それを手に入れられない苦しみで不幸だと思いこんでいるのです。』



『人間の欲望というものは、一つの段階に達すると、次の段階のものを望みます。どこまでいっても、もうこれでいいということはありません。』



『(この世のものに対する)人間の欲望とは何と虚しいものか…どんな権力を以ってしても、どれほど無尽蔵のお金を積んでも、止めておくことの出来ない人の命について考える時、与えられ、今、生きているこの一瞬一瞬が、何と惜しいものかと思われます。』




…そして、そのことについて、このように言われています。




『こういう状態を仏教では餓鬼(がき)ということばであらわしています。

…どうしたら餓鬼にならないですむでしょうか。

それは自分の心に歯どめをかけることを覚えるべきだと私は思います。』



( 講談社 瀬戸内寂聴 『寂庵説法』より )




では、その「心に歯どめをかける」ためには、いったい何から始めればいいのでしょうか。


次はそれについて考えていきたいと思います。


人はなぜ「うつ」になるのか。


それは、人はなぜ生きているのか、という疑問につながるのではないかと私は思います。




人間がなぜこの世に生まれてくるのか、それは誰にも分かりません。


どんなに科学が進んでも、それを説明することはできないでしょう。


つまり、私達には想像もつかないような、何か巨大な力によって、人は生かされているのだと思います。


それを、どう受け止めるか。


それは、人それぞれの自由です。


自分が一番納得できる答えを見つけ出せれば、それが一番いいと思います。


この問題については、また追々話していくことにしましょう(笑)。




…ここに、私が読んだ瀬戸内寂聴さんの本の中の一文を書かせて頂きます。




『私たちの欲望のすべては、自我から生まれるのです。


自分が愛されないと人は苦しむ。


自分が認められないと人は口惜しがる。


自分が裏切られると人は怨む。


自分よりすぐれている者を人は妬む。


どれも自分という我に固執することからおこる苦しみです。』



( 光文社 瀬戸内寂聴 『寂聴 あおぞら説法Ⅰ』より )




うつ病の人は誰も、好きでそんな病気にかかったわけではありません。


しかし、何もかもすべてのことが自分に向いてしまうことから起きる状態であるとは思いませんか?


もちろん、そんなことは分かっているけど、自分でもどうにもできないから苦しいんですよね。




仏教では、人の心に起こる様々な欲望のことを『煩悩』(ぼんのう)と呼ぶそうです。


そしてこの煩悩は、人の心に無限にあると言われています。


そんな欲望が常にあるから、人は自分が幸せになりたいと願い、苦しむのです。


私達が日々の生活の中でうつ状態に陥ってしまうのも、人間として当然のことかもしれません。




「うつ」とは結局、私達自身の心が作り出してしまうものなのではないでしょうか。


この世には、『感情』なんて存在しません。


喜びも、悲しみも、すべて私達人間の心が勝手に決めているものです。


良いことがあれば、人は嬉しい。


悪いことがあれば、人は悲しい。


良いことも、悪いことも、すべては人の心次第で、喜びにも悲しみにもなるのだと思います。




では、どうすればこんな苦しみとさよならすることができるのでしょうか?


それには、「煩悩を断ち切る力」が必要になってくると思うのです。


「うつ」とは、そんな力を養うためにも与えられた、“神様からのプレゼント”とも言えるかもしれません。


そんなふうにでも考えたら、ちょっとラッキーなことだとは思えてきませんか…?