こんにちは。
この頃期末考査が近づいてきていて忙しくあまり更新出来ていませんね、このブログ。
さて一つ今日確定したことなのですが、この度このトロント大学での留学が終わり次第,
短気ながらももう一度留学することが決定しました。
場所はSan Francisco State Universityというアメリカのサンフランシスコ州にある大学です。ここではマーケティングを学びそれを実践、実際のツーリズムマーケティングプランを作るというプロジェクトです。
東京大学や早稲田大学、慶応大学からも人が来るそうなのですがそのプロジェクトになぜか公立校の私の大学が入っているという幸運な展開。
就活なんて全然考えもせず、即決でこのプロジェクトに参加を決めたので終わった後どうなることやら(笑)
まあなんとかするでしょう。UofTのハードな経験に比べれば、なんとかなるはずです。多分。
このプロジェクトのいい所は交通費や宿代など全くかからないということですね。
食事費と教科書費だけでよいということで、これは参加するしかないでしょうと。
色々メンバーもハイスペックな人たちになりそうで、私自身が彼らと張り合えるか少々の不安はありますが何事もチャレンジ。おそらくこれが私にとって学生時代での最後で最大の自分への投資になることでしょう。
自分へ投資出来るだけ投資をし、自身を高めて行きたいと思います。
夏休み何もやることが無かったので、いい経験が出来そうです。
それでは皆様、良い一日をお過ごしください。
えび
こんにちは。
もう既に3月という期末シーズンが近づいてきていて勉強に忙しなくなっております。
もうあと留学も少しだと思うとやはり感慨深いものがありますね。
私にとってはこの留学が人生で2度目ということで、一度目の留学が思い出されます。
留学は人間性を高めるためにはもってこいという様に様々な経験が出来ます。
しかし私のこの2度目の留学では主に「学問的」に留学することが目標でありました。
1度目でも学んだことはたくさんありましたが、2度目で深く深く感じたこと、学んだことと言えば、やはり次の一言になるでしょう。
「井の中の蛙大海を知らず」
当たり前の格言のようでいて、その実あまり経験できる機会がないのではないかと思います。そしてすぐに忘れてしまう可能性があるものだとも。経験することはあっても「毎日」経験することはないと言っていいでしょう。その毎日を経験することによってこの諺は私にとって忘れがたいというよりは忘れられない諺になりました。
なんだか、題名と内容があってないとそろそろ感じ始める方もいらっしゃるかと思うのでこの話はここで一段落つけます。おそらくは留学が終わってからもまたじっくりに書くことになるでしょうから。(笑)
さて、題名にあります「幸福とは」。
これは今日の夕食時の何気ない質問がきっかけでした。
私のカナダ人の友人が政治学のクラスで資本主義についてのペーパーを書いているということで、一応経済専攻である私にアイデアを聞いて貰いたいということでした。
封建制度から始まり、共産主義社会主義、そして資本主義と時間軸を辿り論じていく中でかの比較生産費説のリカード、そして神の手アダム・スミス、カール・マルクス、マックス・ウェーバーの唱えた説も触れていました。
まあ、詳しい過程は長いので省略します(決して過程が長すぎて忘れたとかではありませんよ、ええ違いますとも笑)
全てを論じ終えた所で、その友人が何度も言っていた「happiness—幸福—」をどのような意味で言っているのかが気になりました。また違う友人からの質問、
「そもそもHappinessって何?」
よくぞ聞いてくれた!とその時どれほど思ったことか。彼のHappinessの定義が今ひとつわからず話を進めるものですから幸福とは何のかがよくわかっていない限りはひどく抽象的すぎていたのです。
そのカナダ人の彼は、
「幸福とは定義不可のものである。それはひどく主観的な観測から見出されるものであるためだからだ」
と哲学専攻の面目躍如というところの答え。
ふむ。それはそうなのです。
しかし私が面白いと思ったことは経済学では「Happiness Index」、違う用語では「Utility function」という幸福指標とでも言うのでしょうか、そのような指標があるのです。
それは「どれだけ消費しているか」が幸福指標を左右します。
消費が多ければ多いほど幸福は大きく、少なければ少ないほど幸福度が少ない。
何とも現実的で具体的な「幸福」でしょうか。
経済には「お金」というおそらくは全ての学問の中で一番はっきりとしたStandard(基準)と言いますかMeasurement(指標?)があるので、当然幸福もそれを基準に考えられます。(なんだかここまで来ると経済って宗教的って思いませんか?ただひとつのお金というものに絶対服従、縛られて人間は働き自分の「幸福」のために邁進するのですから)
私はやはり経済専攻であるためにこの考え方はすっと入ってきます。どれだけ消費できるかはどれだけお金を持っていて、一昔ではどれだけの生産力があるかを物語るものでありましたからね。
幸福とは何なのか。それからずっとディスカッションが続きました(笑)
そして資本主義と社会主義をベースにUtilitarianism(功利主義)とLibertarianism(自由主義)の話にもなりましたね、そういえば。功利主義とは簡単に言えば、全体の最大幸福を高めるということで自由主義は自由平等競争不平等結果という考えです。あ、あと共産主義を忘れてはいけませんね。
最大幸福論か、はたまた不平等社会か、もしくは完全平等社会か。
「幸福度」を高めるためにはどれがいいのでしょうね。人との違いで差別化をし幸福を得るのか、はたまたみんながみんな平等で幸福を得るのか(幸福追求の権利とでもいいましょうか?憲法上に幸福追求権というものがありますが、ここではその意味で使っていません)、それとも最低限の幸福度を底上げしつつある程度の不平等を認めるか。
このことについても1時間くらいディスカッションで計2時間も夕食の場で「幸福とは」の議論が続いていました。
皆さんはどれが一番「幸福」だと思いますか?
とても有意義な時間と議論であったので、備忘録としてここに残しておきたいと思い長い長い記事を書かせて頂きました。
それでは、皆様、良い一日をお過ごしください。
えび
もう既に3月という期末シーズンが近づいてきていて勉強に忙しなくなっております。
もうあと留学も少しだと思うとやはり感慨深いものがありますね。
私にとってはこの留学が人生で2度目ということで、一度目の留学が思い出されます。
留学は人間性を高めるためにはもってこいという様に様々な経験が出来ます。
しかし私のこの2度目の留学では主に「学問的」に留学することが目標でありました。
1度目でも学んだことはたくさんありましたが、2度目で深く深く感じたこと、学んだことと言えば、やはり次の一言になるでしょう。
「井の中の蛙大海を知らず」
当たり前の格言のようでいて、その実あまり経験できる機会がないのではないかと思います。そしてすぐに忘れてしまう可能性があるものだとも。経験することはあっても「毎日」経験することはないと言っていいでしょう。その毎日を経験することによってこの諺は私にとって忘れがたいというよりは忘れられない諺になりました。
なんだか、題名と内容があってないとそろそろ感じ始める方もいらっしゃるかと思うのでこの話はここで一段落つけます。おそらくは留学が終わってからもまたじっくりに書くことになるでしょうから。(笑)
さて、題名にあります「幸福とは」。
これは今日の夕食時の何気ない質問がきっかけでした。
私のカナダ人の友人が政治学のクラスで資本主義についてのペーパーを書いているということで、一応経済専攻である私にアイデアを聞いて貰いたいということでした。
封建制度から始まり、共産主義社会主義、そして資本主義と時間軸を辿り論じていく中でかの比較生産費説のリカード、そして神の手アダム・スミス、カール・マルクス、マックス・ウェーバーの唱えた説も触れていました。
まあ、詳しい過程は長いので省略します(決して過程が長すぎて忘れたとかではありませんよ、ええ違いますとも笑)
全てを論じ終えた所で、その友人が何度も言っていた「happiness—幸福—」をどのような意味で言っているのかが気になりました。また違う友人からの質問、
「そもそもHappinessって何?」
よくぞ聞いてくれた!とその時どれほど思ったことか。彼のHappinessの定義が今ひとつわからず話を進めるものですから幸福とは何のかがよくわかっていない限りはひどく抽象的すぎていたのです。
そのカナダ人の彼は、
「幸福とは定義不可のものである。それはひどく主観的な観測から見出されるものであるためだからだ」
と哲学専攻の面目躍如というところの答え。
ふむ。それはそうなのです。
しかし私が面白いと思ったことは経済学では「Happiness Index」、違う用語では「Utility function」という幸福指標とでも言うのでしょうか、そのような指標があるのです。
それは「どれだけ消費しているか」が幸福指標を左右します。
消費が多ければ多いほど幸福は大きく、少なければ少ないほど幸福度が少ない。
何とも現実的で具体的な「幸福」でしょうか。
経済には「お金」というおそらくは全ての学問の中で一番はっきりとしたStandard(基準)と言いますかMeasurement(指標?)があるので、当然幸福もそれを基準に考えられます。(なんだかここまで来ると経済って宗教的って思いませんか?ただひとつのお金というものに絶対服従、縛られて人間は働き自分の「幸福」のために邁進するのですから)
私はやはり経済専攻であるためにこの考え方はすっと入ってきます。どれだけ消費できるかはどれだけお金を持っていて、一昔ではどれだけの生産力があるかを物語るものでありましたからね。
幸福とは何なのか。それからずっとディスカッションが続きました(笑)
そして資本主義と社会主義をベースにUtilitarianism(功利主義)とLibertarianism(自由主義)の話にもなりましたね、そういえば。功利主義とは簡単に言えば、全体の最大幸福を高めるということで自由主義は自由平等競争不平等結果という考えです。あ、あと共産主義を忘れてはいけませんね。
最大幸福論か、はたまた不平等社会か、もしくは完全平等社会か。
「幸福度」を高めるためにはどれがいいのでしょうね。人との違いで差別化をし幸福を得るのか、はたまたみんながみんな平等で幸福を得るのか(幸福追求の権利とでもいいましょうか?憲法上に幸福追求権というものがありますが、ここではその意味で使っていません)、それとも最低限の幸福度を底上げしつつある程度の不平等を認めるか。
このことについても1時間くらいディスカッションで計2時間も夕食の場で「幸福とは」の議論が続いていました。
皆さんはどれが一番「幸福」だと思いますか?
とても有意義な時間と議論であったので、備忘録としてここに残しておきたいと思い長い長い記事を書かせて頂きました。
それでは、皆様、良い一日をお過ごしください。
えび
こんにちは。
トロント大学での留学生活があと残り1ヶ月半となりました。
ついこの前中間考査が終わったと思ったらもう期末考査。
期末試験の日程もWebページに更新されていて、2日連続で期末試験があるという最悪の日程に…orz
しかも色々な情報を頭に入れなければならない宗教学と環境経済学が連続という何ともまあ救いようのない事態。出来る限り頑張っていこうと思います(笑)
そして残り1ヶ月半ということで頭に入れて置かなければならないことがもう一つ。
進路です。
就活するのか大学院進学を目指すのかをそろそろハッキリ決めておかなければならない時期になってきました。
しかし、私としては留学中に決断を出そうとは思っていません。
あくまで留学後に結論を出そうと思っています。遅いと思う人もいるでしょうが、やはり留学は留学で集中し思う存分勉強したいという意味もあるし、この重要な決断を忙しい勉強の中で中途半端に決めたくないという意味もあります。
仕事につくために勉強するのではなく、知りたいからあるいは純粋な知識欲から勉強をするというのが私の信条と言いますか、勉強への態度です。
私は決して将来のために勉強しているわけではないという色々否定的な意見もありそうな考え方ですが、これが私を作っているものでそして私が勉強を続けられた理由です。
将来を考える、これは大事なことで「現実的思考の私が」いつも自分自身に問いかけてくるものです。
しかし、仕事のために、就きたい職業のために勉強するというのは私にとっては「学習、勉強」という意味が違うものになってきてしまうとも感じています。
知りたいから勉強し、その結果さらに興味を惹かれ、その分野が関係する職業や研究に携わる。これが私の考える勉強、学習の流れです。
例えるなら現代の資格試験、取得のための勉強の意味ですね。
多くの人が、資格を取得するために試験をパスするために勉強し受かったらそのまま。
本来私が考える資格とは、知りたいから勉強し、その結果もしくは更に研究に携わるために資格を取得するはず。順序がまったく逆なのです。
「資格のブランド化」が原因なのでしょうか?これについては話がとても長くなるので割愛。
取り敢えずは、自分の純粋な知識欲に従い、今のこのアカデミックな環境を思う存分味わって「留学では苦労したけど自分の投資になった」とまずは、自分に十分に言えるようになりたいと思います。
では、長くなりましたが今回はこのへんで。
皆様、良い一日をお過ごしください。
えび
トロント大学での留学生活があと残り1ヶ月半となりました。
ついこの前中間考査が終わったと思ったらもう期末考査。
期末試験の日程もWebページに更新されていて、2日連続で期末試験があるという最悪の日程に…orz
しかも色々な情報を頭に入れなければならない宗教学と環境経済学が連続という何ともまあ救いようのない事態。出来る限り頑張っていこうと思います(笑)
そして残り1ヶ月半ということで頭に入れて置かなければならないことがもう一つ。
進路です。
就活するのか大学院進学を目指すのかをそろそろハッキリ決めておかなければならない時期になってきました。
しかし、私としては留学中に決断を出そうとは思っていません。
あくまで留学後に結論を出そうと思っています。遅いと思う人もいるでしょうが、やはり留学は留学で集中し思う存分勉強したいという意味もあるし、この重要な決断を忙しい勉強の中で中途半端に決めたくないという意味もあります。
仕事につくために勉強するのではなく、知りたいからあるいは純粋な知識欲から勉強をするというのが私の信条と言いますか、勉強への態度です。
私は決して将来のために勉強しているわけではないという色々否定的な意見もありそうな考え方ですが、これが私を作っているものでそして私が勉強を続けられた理由です。
将来を考える、これは大事なことで「現実的思考の私が」いつも自分自身に問いかけてくるものです。
しかし、仕事のために、就きたい職業のために勉強するというのは私にとっては「学習、勉強」という意味が違うものになってきてしまうとも感じています。
知りたいから勉強し、その結果さらに興味を惹かれ、その分野が関係する職業や研究に携わる。これが私の考える勉強、学習の流れです。
例えるなら現代の資格試験、取得のための勉強の意味ですね。
多くの人が、資格を取得するために試験をパスするために勉強し受かったらそのまま。
本来私が考える資格とは、知りたいから勉強し、その結果もしくは更に研究に携わるために資格を取得するはず。順序がまったく逆なのです。
「資格のブランド化」が原因なのでしょうか?これについては話がとても長くなるので割愛。
取り敢えずは、自分の純粋な知識欲に従い、今のこのアカデミックな環境を思う存分味わって「留学では苦労したけど自分の投資になった」とまずは、自分に十分に言えるようになりたいと思います。
では、長くなりましたが今回はこのへんで。
皆様、良い一日をお過ごしください。
えび
お久しぶりです。
今、トロント大学はReading Weekという丸々一週間の休みに入っています。
このReading Weekとは、読んで字のごとく授業に追いつくためだとか、課題のためだとかに時間を割くために取られた週です。
まあ、殆どの生徒は旅行行っちゃったりするんですけれど(笑)
私は絶賛、このReading Weekを休養と専ら課題や読書にあてています。
課題が結構あるので、この機会にやっておかないと大変なことになっちゃうのでこちらも必死です。
そしてプラス、高校生の英語小論文添削も同時進行しているので少々きつい状況。
幾人かに手伝ってもらってるとは言え、さすがにまだ複数人のエッセイ同時並行添削はきついものがあります。
しかし!こんなことには負けていられない!TAはこれの何倍ものエッセイを見て、さらに自分の論文を仕上げるのだから、これで音を上げては大学院なんて夢のまた夢!!!
頑張ります。
では、皆様、良い一日をお過ごしください。
えび
今、トロント大学はReading Weekという丸々一週間の休みに入っています。
このReading Weekとは、読んで字のごとく授業に追いつくためだとか、課題のためだとかに時間を割くために取られた週です。
まあ、殆どの生徒は旅行行っちゃったりするんですけれど(笑)
私は絶賛、このReading Weekを休養と専ら課題や読書にあてています。
課題が結構あるので、この機会にやっておかないと大変なことになっちゃうのでこちらも必死です。
そしてプラス、高校生の英語小論文添削も同時進行しているので少々きつい状況。
幾人かに手伝ってもらってるとは言え、さすがにまだ複数人のエッセイ同時並行添削はきついものがあります。
しかし!こんなことには負けていられない!TAはこれの何倍ものエッセイを見て、さらに自分の論文を仕上げるのだから、これで音を上げては大学院なんて夢のまた夢!!!
頑張ります。
では、皆様、良い一日をお過ごしください。
えび
こんにちは。
いよいよ明日、最後の中間考査です。科目は環境経済学。
もう本当にこの科目には苦しめられるばかりです。工学も学ばなければいけないなんて思いもしなかった…(笑)
そしてテスト前ということで勉強以外に頭が働かなかったのか、人生で初めてお金を盗まれました。
いや、完全に私のせいなんですけれども。
図書館で勉強していてトイレに行った時、財布をトイレに忘れちゃったのです。
10分後に「っは!!!」と気付き、トイレに駆け込んで財布を発見!!!
「よかった!!」と思い中身を確認してみると入っていた$60がない……
まあ、デビットカードやクレジットカードは盗まれてなかったので不幸中の幸いですが、一応悪用されていないか確かめるためにすぐにオンラインで確認。
もう一つのクレジットの請求明細も親に注意して見てもらうようにメールしました。
色々IDとかも入ってたのでお金だけで済んでまあ、良かったと言ったら語弊がありますけどまあ全部なくなるよりは良い。ということでまた更に勉強に集中するために頭を切り替えます。
海外で一回財布を置き忘れたり無くしたりしたら普通は二度と戻ってこないので、皆さんはくれぐれも気をつけてくださいね。私もここにこれを書いて教訓とします。二度とこういうことが起きないように。orz
ああ、しかしお金ちゃん、使ってあげられなくてごめんね(笑)
出来ることなら私の手で君を使いたかったよ…(笑)
ということで、こんなことにめげてもいられないので勉強します。
明日が試験なので(笑)
皆様、良い一日をお過ごしください。
えび
いよいよ明日、最後の中間考査です。科目は環境経済学。
もう本当にこの科目には苦しめられるばかりです。工学も学ばなければいけないなんて思いもしなかった…(笑)
そしてテスト前ということで勉強以外に頭が働かなかったのか、人生で初めてお金を盗まれました。
いや、完全に私のせいなんですけれども。
図書館で勉強していてトイレに行った時、財布をトイレに忘れちゃったのです。
10分後に「っは!!!」と気付き、トイレに駆け込んで財布を発見!!!
「よかった!!」と思い中身を確認してみると入っていた$60がない……
まあ、デビットカードやクレジットカードは盗まれてなかったので不幸中の幸いですが、一応悪用されていないか確かめるためにすぐにオンラインで確認。
もう一つのクレジットの請求明細も親に注意して見てもらうようにメールしました。
色々IDとかも入ってたのでお金だけで済んでまあ、良かったと言ったら語弊がありますけどまあ全部なくなるよりは良い。ということでまた更に勉強に集中するために頭を切り替えます。
海外で一回財布を置き忘れたり無くしたりしたら普通は二度と戻ってこないので、皆さんはくれぐれも気をつけてくださいね。私もここにこれを書いて教訓とします。二度とこういうことが起きないように。orz
ああ、しかしお金ちゃん、使ってあげられなくてごめんね(笑)
出来ることなら私の手で君を使いたかったよ…(笑)
ということで、こんなことにめげてもいられないので勉強します。
明日が試験なので(笑)
皆様、良い一日をお過ごしください。
えび