Happiness—幸福とは— | ノッティンガム大学留学記 Experience at University of Nottingham

ノッティンガム大学留学記 Experience at University of Nottingham

旧トロント大学留学期(2012-2013)/現ノッティンガム大学院留学記(2015-現在)

こんにちは。
もう既に3月という期末シーズンが近づいてきていて勉強に忙しなくなっております。
もうあと留学も少しだと思うとやはり感慨深いものがありますね。
私にとってはこの留学が人生で2度目ということで、一度目の留学が思い出されます。
留学は人間性を高めるためにはもってこいという様に様々な経験が出来ます。
しかし私のこの2度目の留学では主に「学問的」に留学することが目標でありました。
1度目でも学んだことはたくさんありましたが、2度目で深く深く感じたこと、学んだことと言えば、やはり次の一言になるでしょう。
「井の中の蛙大海を知らず」
当たり前の格言のようでいて、その実あまり経験できる機会がないのではないかと思います。そしてすぐに忘れてしまう可能性があるものだとも。経験することはあっても「毎日」経験することはないと言っていいでしょう。その毎日を経験することによってこの諺は私にとって忘れがたいというよりは忘れられない諺になりました。
なんだか、題名と内容があってないとそろそろ感じ始める方もいらっしゃるかと思うのでこの話はここで一段落つけます。おそらくは留学が終わってからもまたじっくりに書くことになるでしょうから。(笑)

さて、題名にあります「幸福とは」。
これは今日の夕食時の何気ない質問がきっかけでした。
私のカナダ人の友人が政治学のクラスで資本主義についてのペーパーを書いているということで、一応経済専攻である私にアイデアを聞いて貰いたいということでした。
封建制度から始まり、共産主義社会主義、そして資本主義と時間軸を辿り論じていく中でかの比較生産費説のリカード、そして神の手アダム・スミス、カール・マルクス、マックス・ウェーバーの唱えた説も触れていました。
まあ、詳しい過程は長いので省略します(決して過程が長すぎて忘れたとかではありませんよ、ええ違いますとも笑)
全てを論じ終えた所で、その友人が何度も言っていた「happiness—幸福—」をどのような意味で言っているのかが気になりました。また違う友人からの質問、
「そもそもHappinessって何?」
よくぞ聞いてくれた!とその時どれほど思ったことか。彼のHappinessの定義が今ひとつわからず話を進めるものですから幸福とは何のかがよくわかっていない限りはひどく抽象的すぎていたのです。
そのカナダ人の彼は、
「幸福とは定義不可のものである。それはひどく主観的な観測から見出されるものであるためだからだ」
と哲学専攻の面目躍如というところの答え。
ふむ。それはそうなのです。
しかし私が面白いと思ったことは経済学では「Happiness Index」、違う用語では「Utility function」という幸福指標とでも言うのでしょうか、そのような指標があるのです。
それは「どれだけ消費しているか」が幸福指標を左右します。
消費が多ければ多いほど幸福は大きく、少なければ少ないほど幸福度が少ない。
何とも現実的で具体的な「幸福」でしょうか。
経済には「お金」というおそらくは全ての学問の中で一番はっきりとしたStandard(基準)と言いますかMeasurement(指標?)があるので、当然幸福もそれを基準に考えられます。(なんだかここまで来ると経済って宗教的って思いませんか?ただひとつのお金というものに絶対服従、縛られて人間は働き自分の「幸福」のために邁進するのですから)
私はやはり経済専攻であるためにこの考え方はすっと入ってきます。どれだけ消費できるかはどれだけお金を持っていて、一昔ではどれだけの生産力があるかを物語るものでありましたからね。
幸福とは何なのか。それからずっとディスカッションが続きました(笑)

そして資本主義と社会主義をベースにUtilitarianism(功利主義)とLibertarianism(自由主義)の話にもなりましたね、そういえば。功利主義とは簡単に言えば、全体の最大幸福を高めるということで自由主義は自由平等競争不平等結果という考えです。あ、あと共産主義を忘れてはいけませんね。
最大幸福論か、はたまた不平等社会か、もしくは完全平等社会か。
「幸福度」を高めるためにはどれがいいのでしょうね。人との違いで差別化をし幸福を得るのか、はたまたみんながみんな平等で幸福を得るのか(幸福追求の権利とでもいいましょうか?憲法上に幸福追求権というものがありますが、ここではその意味で使っていません)、それとも最低限の幸福度を底上げしつつある程度の不平等を認めるか。

このことについても1時間くらいディスカッションで計2時間も夕食の場で「幸福とは」の議論が続いていました。
皆さんはどれが一番「幸福」だと思いますか?

とても有意義な時間と議論であったので、備忘録としてここに残しておきたいと思い長い長い記事を書かせて頂きました。

それでは、皆様、良い一日をお過ごしください。

えび