閉店SALEがそんなに長いわけがない -16ページ目

閉店SALEがそんなに長いわけがない

タイトルとは無関係の極私的読書感想文

本書は、著者が書いたものだが、著者が編んだ作品ではない。彼の死後にいわば遺稿集として編まれたもので、編者は沢木耕太郎がつとめた。文庫の元になった単行本には、彼が記者時代に書いたニュース記事や評論なども含まれている。この文庫では、エッセイと小説だけを独立させて収録している。

近藤紘一の活動のルーツは、ベトナム戦争やカンボジア紛争にある。エッセイはもちろんだが、数少ない小説においても、その世界は彼が東南アジアで見聞きしたこと、が基盤になっている。

しかしながら、たった一編だけ全く異なる時期に書かれた作品がある。彼が亡くした最初の妻のために書いた「夏の海」である。

二度と戻ることのない温かな日々を綴るこの作品からは、近藤の絶望に近いほどの痛さをともなった悲しみが、胸の奥の方に感じられる。

あとがきで沢木も指摘しているように、近藤の作品には、ほのぼのとした日常の中に潜むある種の諦念といおうか、突き放したような描写が垣間見える時がある。

人生におけるなにかを放棄したような気持ちは、近藤作品の明るさの中に見える影となって、独特の魅力を形作っている。

その原点こそがこの「夏の海」で、この小品を読むたび彼の悲しみの深さに胸が詰まる。


『目撃者「近藤紘一全軌跡1971~1986」より』文集文庫/近藤紘一
古森義久はべトナム戦争の最終局面、サイゴン陥落前後に活躍したジャーナリストである。4年にも及びベトナム滞在は際立って長く、その長さゆえのスクープもものにしている。

同じ民族が大国の後ろ盾を背景に争う悲惨な戦いの渦中にあって、心情をやや南の市民たちにおきつつも、冷静な分析で戦争を見つめている。

彼がしばしば言及するのは、北べトナム勝利以後に明るみに出た数々の欺瞞や嘘であり、革命が持つ本質がいかに無慈悲であったかということだ。

自由な報道を許しているように見えて、不利な情報を流すプレスを巧みに国外へと追いやる新政権には、非常に手厳しい。

歴史的な大義と現実のバランスが、いかに危うい基盤の上にあるのか、またそれを見抜く眼をジャーナリズムが持たないといかに危険かがよく分かる。

残念ながら絶版。

『べトナム報道1300日 ある社会の終焉』講談社文庫/古森義久
キーンさんは日本人より日本に詳しい。三島由紀夫も安部公房も、キーンさんの翻訳で世界に広まっていった。

キーンさんは日本語通訳として第二次大戦を軍人として過ごした。多くの日本人捕虜と出会った。過酷な経験もしたろうと思う。

それでもキーンさんは日本を、日本文化を愛し続けた。この本のあちこちから、それが感じられる。

通訳を付けた取材に憤慨する場面があった。身も心も日本人だなこりゃ。

私と20世紀のクロニクル/ドナルド キーン