私たちは知性体です。世界を理解しようとします。
私たちは有限です。一方、世界は無限です。実際は世界も有限だと言われていますが、ここで言いたいのは、世界は私たちよりもとてつもなく大きいということです。
小さいものに大きいものは、そのままでは入りません。何らかの圧縮が必要です。あるいは、部分的に切り捨てる必要もあるかもしれません。どちらになるかは、やってみなければ分かりません。
圧縮とは、冗長性を発見することです。冗長性とは何か、例え話をします。きれいな柄のタイルが敷き詰められた床を表現するのに、床全体をそのまま記憶するには大きな記憶が必要です。一方、代表となる1枚のタイルの柄と、タイルが縦横何個ずつ敷き詰められているのかという数値を記憶すれば、小さな記憶で足ります。このような表現の変換が圧縮です。タイルの同じ柄が繰り返されていることと、タイルが乱雑ではなく規則正しく並んでいることが冗長性です。
世界を理解する場合の冗長性は、自然法則です。一見混沌としている世界の中に、法則を見出すことで、多数の個々の具体的な配置や運動状態を知らなくても、全体を理解したと解釈するのです。有限の私たちが無限の世界を理解するには、自然法則を発見するしか無いのです。
もしかすると、世界には自然法則など無くて、真に混沌としているのかもしれません。有限な私たちが無限の世界を理解しようと無理をすることで生まれた幻想が、自然法則なのかもしれません。でも、それを確信することは、決してできないのです。この不安は受け入れつつ、前に進むことになります。