古来より時間と空間はまったく異なる概念でした。古典的なニュートン力学では時間は空間とは独立した特別な変数です。ところが相対性理論が開発されると、時間は空間と本質的には同じものであると考えられるようになり、時空という概念で統一されました。
一般相対性理論をそのまま適用することで、時空を捻じ曲げることで作ったワームホールを利用するなどして、時間旅行が可能になるという理論が存在します。ところがそうすると過去に戻って自分の親を殺したら、自分は生まれないことになって、と言うことは親は殺されないことになって、と言うことは自分は生まれることになって…あれれ? という、親殺しのパラドックスなどの、因果律的に困った問題が生じることが、すぐに分かりました。
これに対しホーキングは時間順序保護仮説というものを提唱しました。過去への時間旅行が可能なある分類のワームホールは実現しないことを量子重力論の観点から数学的に論じた上で、それを一般化し、一般に過去に戻る構造は作れないという仮説を提唱しました。過去に戻る構造を作ろうとすると、必ず何らかの物理法則によって阻まれる、ということを信じて良いだろう、ということです。
ここまでは物理学の話です。ハイ、神秘主義に突入しますよ? 神秘主義では「今、ここ」が重要視されます。実在するのは現在だけであり、過去や未来は幻想だと言うのです。物理学では時間や空間を数値として扱うのが常ですから、過去や未来が幻想だと言われても困ります。また、一般相対性理論では原理的には過去に戻れることが示唆されているので、これによれば過去が現在と同程度に実在すると考えて良いことになります。
ところがここで時間順序保護仮説です。過去に戻れないと言うことは、現在の物体は過去の物体と相互作用しない、と言うことです。と言うことは、過去は存在しないと言って良いことになります。(「すべては物質」や「世界はひとつ」と同じ論法です。)これは神秘主義を支持していると言えないでしょうか? 過去に戻ろうという企てを阻むように物理法則ができていると言うなら、物理法則自体が過去に戻ろうという企てによって現われる幻想かもしれません。そもそも物理法則はこの世界の冗長性を表現したものであって、現在から過去や未来を知るために使えるものです。物理法則があるから過去や未来を知ることができる、と普通は解釈するわけですが、過去や未来を知ろうとすると物理法則という幻想が現われる、と言えば神秘主義的になります。
こんなわけで、ある意味、時間順序保護仮説は神秘主義の味方ではないか、と思った次第です。と言っても、ここで論じているのは、過去や未来の実在性についての哲学のみであり、神秘主義一般を擁護しているわけではありません。それでも、神秘主義に科学的裏付けを求めようと無茶をする人たちにとっては、おいしいネタになるのではないでしょうか。

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