台湾師範大学で中国語を二年勉強した私は、当時まぁそこそこの中国語力はあったように思います。


台湾では「HSK」という中国のテストを受験することができないのですが、その代わりというか、台湾で実施している「TOP」というテストがあり、二年勉強したあとには「TOP高等級」の6級に合格していました。最高級が7級なので、まぁ二年という期間で考えれば良いほうだとは思いますが、台湾に住んでいるんだから、それくらいとって当たり前だろうと皆思われる程度の成績です。


二年を過ぎた後、韓国人の一人の留学生に出会ったのですが、彼が本当にすごい能力の持ち主で、私よりも3歳年下だったのですが、語学そして知識能力に優れていてかなり尊敬する人だったのです。韓国の専攻も中国語文学で、韓国の大学院に半年通っていたようですが、「自分の求めているものと違う」のと「台湾人の彼女が見つかった」から、台湾の大学院受験を決めたそうです。もしかしたら後者の理由が主だったのかもしれませんね。彼のすごかったのは、発音に「台中訛り」があったこと、学校の講師も「台湾人のような発音」と評価しており、「ほとんど訛りがない」ともいわれていたほどです。そして、台湾のテレビ番組が韓国よりも面白く、バラエティーの作り方、笑いの「つぼ」も韓国よりも好きだったこと等・・・・自分には出来ていないことが彼はできていて、本当に刺激を受けました。特に「文化」を抵抗無く受け入れている彼に羨望な気持ちを抱いておりました。


かってに彼を「ライバル」と決めつけ(といっても、とても仲が良かったです。私もいい大人ですからね)、彼を目標にしていました。そして、彼が入った学部に前から興味があったのですが、彼が合格したことで私も受験してみたいと思うようになりました。このように受験までの大きな動機付けとなる人がいて、私はよかったと思いますが、もしかしたら自発的に「勉強したい」というものではなかったのかもしれません。というより、自分が台湾で大学院生になれるとは思えませんでしたし、入学しても授業に着いて行けず挫折するだろうと弱気な気持ちがあったからです。ただ、こうして同じ「外国人」の友達が入学できたことで、遠いと感じていた「入口」が少しだけ「近い入口」に変わったのは事実です。ちなみに、その素晴らしい能力を持っている韓国人の彼は、なんと2ヶ月で「休学」してしまいました。理由は「英語の資料が多すぎる」のと「授業がつまらない」からだそうです。


学部にもよりますが、「英語」の資料は本当に多いので、英語が苦手、もしくはうまく解釈できない人は本当に大変だと思います。教授によっては、授業を全て英語で行う教授もおりますから・・・英語で説明する方が早いとおっしゃっておりましたが、なかなか英語が苦手な人にとっては難しい問題だと思います。


その頃は、中国語のスピーキング、ヒアリング、読解能力強化以外に、作文能力を強化することを行っておりました。その方法については次回にて書きます。

先日も書きました、台湾の大学に関しての事柄ですが、今回も関連性のあることを書き記したいと思います。


今後、台湾での学生生活を送る方、制度は異なりますが、中国大陸での留学を検討されている方の何らかの参考になってくれると嬉しいです。


台湾で私は今から6年前の2004年、中国語の勉強を始めました。日本で一年中国語をNOVAの「お茶の間留学」で勉強しておりました。この「お茶の間留学」って今あるんですかね?2003年当時はまだNOVAも語学学校の中でも1、2位を争う有名な企業でしたが、その後の経営状況はみなさんもご存知の通りです。話しがずれましたが、この「お茶の間留学」は通信制でテレビ電話を使用しての学習方法で、正直初級者の私にはそれほど効果のあるものではなかったように思います。中国語はやはり「発音」が命ですし、ある程度の基礎があれば、こういった学習方法も効果のあるものではあると思うのですが、当時の私には一回40分のレッスン料金約2500円の価値がある内容ではなかったように思います。


そんな程度の語学力でしたので、台湾へ来てから中国語を学習した期間がほとんどです。こちらへ来てからの一年は、授業費を結構費やしました。

一、師範大学の授業→毎日2時間×5日/一週間に10時間

二、個人語学スクールの授業→一週間に2回×2時間/一週間に4時間

三、日本人の先生の授業→一週間に一回2時間


一週間の授業時間/合計16時間


師範大学での授業は、クラスに10名もの学生がいたので、効率的には5段階の「3」程度、プライベートは「4-5」の効率はあったように思います。特に、日本で日本人の先生から中国語を学んだことのない私には「日本人の先生から中国語を学ぶ」ということは大変有意義でした。


2004年当時の授業料は

一、師範大学の3ヶ月分の授業料→約18500元(保険などの手続き費含む)

二、個人語学スクール一時間→350元(3ヶ月で約16800元)

三、日本人の先生一時間→400元(3ヶ月で約9600元)


合計:約45000元


これが一年なので、45000元×4=14万元(当時のレートで約日本円55万円程度)


うーん、どうでしょうか。これだけ充実した内容ですから、教材費を入れても一年で60万円もしなかった授業料は私からすれば価値のあるものであったように思えますが・・・ほとんどの学生は、語学学校での授業のみでしたので、そうすると、一年いても25万円程度ですからね、安いでしょう。


このような学習生活を一年続けました。台湾人に日本語を教え、台湾人から中国語を学ぶ「言語交換」をたまにしましたが、初心者の私、そして日本語上級者の相手とが一緒に言語交換を行うと、「日本語メイン」にどうしてもなってしまい、「利用されている感」がどうしてもあり、あまり長続きしませんでした。まぁ私の学習姿勢に問題があったのも一因でしょうが、やはり「お金」を介しての学習の方が、緊張感もありますし、効率も良いですよね。


2年目からは、

一、師範大学の授業→毎日2時間×5日/一週間に10時間

二、師範大学の個人授業→一週間に1回×2時間/一週間に2時間


と、学習状況を変更しました。


師範大学の個人授業代金は、外の語学学校よりも150元高い「500元」でしたが、先生を指名できるので、そこはポイントが高かったです。


以上のような学習生活をしている2年間、私はほとんど「語学勉強」のみしておりました。時々翻訳の仕事も引き受けてましたが、もらえる金額は僅かなものでした。日本で貯蓄していたお金(300万円ほどあったと思います)で過ごしておりましたが、いくら物価が低い台湾でも2年が限界だと思います。


次回は3年目以降の学習、生活状況を振り返ってみたいと思います。

私事ですが、去る12月24日クリスマスイブ、論文の口述テストがありました。


この口述テストが終われば、論文修正、提出→卒業となります。この口述テストがずっと心配だったのですが、何とか無事終了しました。当日に点数も発表されるのですが、自分の予想よりも遥かに良い点数で、とても嬉しく思いました。点数がどうのこうのよりも、この論文が書き終わり、そして口述テストが終わったことで、本当に肩の荷が下り、長かった大学院生生活を終了できることに心から喜びを感じております。


私は日本の大学を卒業して、それから日本で4年間仕事をしておりました。仕事をしている際、台湾人と関わることが多く、そして台湾に旅行へ行く機会が4年間で3回あり、3度目に訪れた際、「中国語を勉強したい」と真剣に思い、当時アメリカへビジネス留学をしようと考えていたのですが、その計画を「台湾への語学留学」に変更しました。年齢も25歳でしたし、その年齢で語学留学をすることに不安も感じていましたが、それよりも台湾へ行きたい気持ちが強く、楽しみの方が大きかったように思います。


それから、6年の時が過ぎ、まさかこうして台湾の某国立大学の大学院を卒業できるとは、本当に思いもしませんでした。授業についていけず、そしてレポートをうまく書けず、退学しようと10回以上は考えたことがあるのではないかと思います。能力以外でも、自分の年や経済面、友人の出世など、本当に自分が学生として勉学に励むことがプラスになっているのか・・・そんな葛藤の日々を送っていた2年半だったように思えます。同時に、素晴らしい教授との出会い、一つ一つのレポートを書き終えることで得られる満足感、研究から自分の能力を広げることができたこと、そんな経験は何にも代えられない貴重な宝物となっているように思えます。


今思うのは、こうして学業を終える(まだ卒業しておりませんが)ことができたのは、周りの人に支えられていたからだと本当に思います。まして、こうして国外で暮らしていると、自分の力では処理できない事も正直多々あります。そんな私の力になってくれた方々には心から感謝しています。


台湾での大学院生活を振り返ると、教授もクラスメートも、日本よりも親しみやすく、学業に対して真剣だったように思います。何かあると電話をわざわざかけてきてくれた教授もいました。解らない中国語やできたレポートの中国語訂正をしてくれたり、参考資料をくれたクラスメートもいました。学部には日本人学生は私一人で、心配な事も多くありましたが、今はこういう状況だったことが本当によかったと思います。


今後留学を予定されている方も、自分の不安に負けずがんばってください。きっと得るものがたくさんあるはずです!